NHK 解説委員室

これまでの解説記事

「iPS細胞で心臓病治療 臨床研究の意味は」(くらし☆解説)

中村 幸司  解説委員

iPS細胞を使った心臓病の治療の臨床研究が実施される見通しになりました。この臨床研究とその意味について考えます。

k180522_01.jpg

iPS細胞の研究では、京都大学の山中伸弥教授がノーベル賞を受賞しました。今回の臨床研究は、山中教授が作ったiPS細胞を使って、大阪大学の澤芳樹教授らの研究グループが行います。

◇iPS細胞で病気をどのようにして治療するのか

k180522_03.jpg

iPS細胞は、人の皮膚や血液などの細胞から作るもので、神経細胞や骨、肝臓の細胞など体のあらゆる臓器や組織の細胞を作ることが出来るとされています。つまり、「万能性」がある細胞です。

k180522_05.jpg

臨床研究は、iPS細胞から心臓の筋肉(心筋)の細胞を作ります。そして、虚血性心筋症という重い心臓病の患者に移植して、治療しようというものです。

k180522_06.jpg

虚血性心筋症は、心臓の筋肉の一部に血液が十分いきわたらなくなって、心臓の働きが低下する病気です。治療するためには、血液の流れを取り戻すことが必要になります。
たとえば、血管のバイパス手術で、血液が流れるようにする方法がありますが、そうした治療をしても治らない患者が、今回の臨床研究の対象になります。

◇臨床研究と実施時期
いまは、虚血性心筋症の多くの人たちに、この臨床研究が行われるようになるという段階ではありません。
これまで動物実験などでデータを積み重ねてきた結果、人に対して臨床研究を行うことが、2018年5月に国の審議会で了承されたという段階です。計画では、3人の患者に行うことになっています。研究グループは、2018年度中に1例目を実施したい考えです。今後、人でも安全性や有効性が確認されれば、治療法として広まることになります。

◇iPS細胞を使った治療の具体的手順
iPS細胞から心臓の筋肉の細胞を作ります。

k180522_09.jpg

これを増やすと厚さは、0.05ミリ前後、ないし0.1ミリくらいで、直径数センチの薄いシートが出来ます。

k180522_10.jpg

こうしたシート状の心臓の筋肉2枚を患者の心臓に張ります。

薄いシートを張るだけで、重い心臓病がよくなる仕組みについて、研究グループは次のように考えています。

k180522_11.jpg

貼り付けた心臓の筋肉の細胞から出ている物質によって、新たに血管が作られるよう促されるようなことが起こっていると考えられています。
新たな血管は、貼り付けた心臓の筋肉のシートの細胞が血管に変わるわけではありません。心臓がもともと持っている血管を作る能力が引き出されるようにして、血管が出来るものです。
これにより、血液が十分行き渡らなかった部分に血液が届くようになって、悪くなった心臓が回復してくるものと見られています。

◇臨床研究の課題
課題としてあるのが、がんの対策です。
iPS細胞から作られた細胞の中には、一部にがんになる細胞が混ざっている恐れがあります。ですから、各段階でがんに対する対策が必要です。
そのひとつは、iPS細胞作成の過程です。

k180522_13.jpg

今回の臨床研究では、京都大学があらかじめ作って、ストックしているiPS細胞を使うことになっています。京都大学では、作った細胞について、時間をかけて徹底的に検査しています。

k180522_15.jpg

図の下側が今回の大阪大学の虚血性心筋症の患者に行う臨床研究です。
iPS細胞をつかった臨床研究としては、2014年に神戸市の理化学研究所などが行った「加齢黄斑変性」という目の病気の治療があります。(図の上側)iPS細胞から作った網膜の細胞を目の奥に送り込むという方法です。

k180522_19.jpg

この2つを比較してみます。
移植する細胞の数を見てみると、加齢黄斑変性の10万から25万個に対して、今回の虚血性心筋症は、1億個と桁違いに多いのです。
iPS細胞の作製段階だけでなく、iPS細胞から網膜や心臓の筋肉の細胞を作る段階でも、がんに変化するような細胞が紛れ込んでいないことを検査しています。
ただ、徹底した検査をしていても、がんになる細胞を完全には排除できていないかもしれません。したがって、使う細胞が多ければ、その分、がんになる細胞が紛れ込んでいるリスクは高まります。
さらには、網膜の細胞の場合、外から水晶体をなどをとおして、移植した細胞の状態を外から直接見ることが出来ます。これに対して、心臓は外から直接見ることが出来ません。CTなどでがんなどの腫瘍ができていないか調べることになります。

このように心臓の筋肉の細胞は、一気に難易度が増したような印象があります。
加齢黄斑変性は、細胞の数も少なく、外から見えるということで、がんの対策がとりやすい側面を持っています。だからこそ、世界で最初のiPS細胞を使った臨床研究を実現できたともいえます。
一方で、心臓の筋肉は対策が難しく、それだけ慎重に進めなければなりません。
今後、計画されているiPS細胞を使った様々な病気の治療にも、同じようなことがいえます。

◇研究が進められているiPS細胞を使った治療と今回の臨床研究の意味
下の図は、iPS細胞を使った治療が期待されている病気の一部です。

k180522_20.jpg

これらの病気では、治療のためにiPS細胞から作った細胞を数多く身体に入れる必要があるなど、虚血性心筋症の臨床研究と同様に、がんの対策を慎重に進めなければなりません。
iPS細胞は万能性があるがゆえに、病気の治療の可能性も大きく広がっています。一方で、京都大学の山中教授が初めて人のiPS細胞を作ってから11年で、iPS細胞には、まだまだ未知の部分も多いということもいえると思います。
それだけに、今回の臨床研究で、がんにならないよう患者の安全性を確保しつつ、治療効果をえることができるか、予期していないことは起きないかといったことが注目されるのです。
今回の臨床研究は、iPS細胞による治療の今後を占うものになると考えられます。

(中村 幸司 解説委員)


この委員の記事一覧はこちら

中村 幸司  解説委員

キーワード

こちらもオススメ!