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「尾張名古屋は城が木!?」(くらし☆解説)

増田 剛  解説委員

日本を代表するお城のひとつ、名古屋城をめぐる話題です。増田解説委員に聞きます。

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Q1)
増田さん、まず、このタイトル、「尾張名古屋は城が・・もく!?」って、どういう意味でしょう。

A1)
民謡の「伊勢音頭」の唄いだしで、「尾張名古屋は城でもつ」という有名な一節がありますよね。あれに引っ掛けました。つまり、昔の尾張、今の愛知県ですけれど、そのシンボルともいえる名古屋城の天守、これは、戦争で焼けてしまったものを、戦後再建した天守なんですが、これをいったん取り壊して、木造で復元し直そうという、一大プロジェクトが、今、進んでいる。そして、様々な議論を呼んでいるという話題です。
文化庁によりますと、戦後、鉄筋コンクリートで再建された天守が、木造で復元されるのは、全国で初めてのことです。

Q2)
名古屋城の天守って、金のシャチホコで有名な、あれですよね?

A2)
そうです。あの天守が、木造復元の調査や工事を行うため、先週7日から立ち入り禁止になったんです。

Q3)
あの天守に、入れなくなったんですか。

A3)
そうなんです。計画では、木造天守が完成して、再び中に入れるようになるのは、2022年12月。4年7か月後です。

【VTR】
今の天守に入れる最後の日だった今月6日、大型連休最終日の様子をみてください。開門から1時間ほど経った午前10時ごろですが、城の内堀に沿って、ぐるっと、行列になっています。なかでも、最上階は、今の天守からの最後の眺めを目に焼き付けようと、この人ごみ。
連休中の9日間は、去年の1.5倍以上にあたる17万2000人が訪れました。

「名古屋人としては、このお城が誇りみたいなものなんで、目に焼き付けたり、写真撮ったりしようかなと思って」。

Q4)
やはり、地元の方は、思い入れが強いですね。

A4)
そうですね。これだけ愛されるのは、なぜなのか。
名古屋城の歴史を振り返ってみます。

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名古屋城は、徳川家康が、諸国の大名を動員する「天下普請」で築いた城です。1612年に天守が完成しました。関ヶ原の戦いに勝利し、江戸幕府を開いた家康ですが、当時はまだ、ライバルの豊臣氏が大阪で健在でした。この豊臣氏を封じ込めるために、家康は大阪城を囲むように各地に城を築きました。そして、包囲網の総仕上げ、かつ東国防衛の拠点として築かれた巨大城郭が、名古屋城です。
天守は5層5階で、石垣上の高さは36メートル。のべ床面積は4564平方メートルです。江戸城や大阪城の天守は、江戸時代前期に焼失しましたので、名古屋城は、その後の300年間、日本最大の天守として君臨しました。そして、1930年・昭和5年には、城郭としての国宝第1号に指定されたんです。

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Q5)
なるほど。地元の方が誇りに思うわけですね。

A5)
ところが、名古屋城は、昭和20年5月14日、今からちょうど73年前、太平洋戦争でアメリカ軍の空襲を受け、焼失してしまいます。

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この写真。天守が燃え上がる瞬間を捉えた貴重な一枚です。B29が投下した焼夷弾で、天守は炎と煙に包まれて焼け落ちました。

Q6)
ショッキングな写真ですね。

A6)
そうですよね。
ただ、戦後、復興が進むと、城の再建を願う市民の声が高まります。多くの寄付が集まり、昭和32年、再建工事に着手。2年後の昭和34年、当時の主流だった鉄筋コンクリート製の天守が完成しました。これが今の天守です。内部は、博物館になっています。今では、名古屋を代表する観光名所になり、昨年度の入場者は、年間190万人。再建以来の入場者の累計は、なんと8000万人に達しています。


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Q7)
8000万!すごい。まさに名古屋のシンボルですね。

A7)
はい。ただ、再建から半世紀以上が経過して、設備の老朽化が進み、耐震性を強化する必要性も出てきました。そこで、「この際、天守を作り直そう。せっかく作り直すなら、木造で正確に復元しよう」という声が出てきたんです。名古屋城は、焼失前の図面や写真が豊富に残っていて、史実に忠実な復元ができる唯一の城郭といわれています。また、最新の工法を導入すれば、木造でも、コンクリート以上の耐震性を確保できるとされています。
そして、この構想を強力に推進したのが、名古屋市の河村市長。

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「名古屋人として自慢できるものがほしい。本物志向の観光客を呼び込み、名古屋を盛り上げたい」と、木造復元を主張し、去年4月の選挙では、これを公約に掲げて、4回目の当選を果たしました。
河村市長の就任以来、対立することが多かった市議会も、この選挙の直前、関連予算を認めました。その結果、全国初となるプロジェクトが実現に向けて動き出したんです。
今後のスケジュールですが、先週、調査のため、天守が閉館しました。早ければ、来年9月から天守が解体されて工事が始まり、2022年12月に完成する予定です。

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Q8)
だいぶ、雰囲気が変わりますね。

A8)
そうですね。
ただ、この計画に対しては、反対意見も根強くあります。
まず、この構想が浮上した頃から言われているのが、「耐震強化なら、コンクリートのまま、補強すれば良いではないか」という意見です。名古屋市は、木造復元について、505億円の費用がかかるとしています。「どんなに正確に復元しても、しょせんレプリカに過ぎない。そんなにお金をかけてまで、木造にする必要があるのか」という意見です。
それに、「市民は、今の天守に愛着がある。コンクリート天守こそ、二度と燃えないようにという市民の願いが込められたものだ」という意見もあります。

Q9)
そう言われると、一理ある感じがしますね。

A9)
また、名古屋城は、今は国宝ではありませんが、特別史跡ですので、解体や復元工事にあたっては、文化庁の許可を得る必要もあります。
さらに、復元後の入場者数について。
名古屋市は、完成直後の2023年度は、年間452万人に達し、2025年度以降のおよそ50年間、年間366万人程度で継続する。このため、505億円の事業費も、将来の入場料収入で全て返済できると試算しています。
これについて、中京大学経済学部の内田教授は、「木造復元は、観光都市としての名古屋ブランドを高めるポテンシャルがある。完成直後は、市の予測の452万人を達成する可能性も十分あると思う」としながらも、「それ以降、数十年先までは予測不能で、単なる事業費返済の前提条件に過ぎない」という見方を示しています。

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そして、さらに別の議論もあるんです。

Q10)
何でしょう。

A10)
復元後のバリアフリーのあり方です。
名古屋市は、忠実に復元したいとして、新しい天守にエレベーターを設置しない方針です。これに対し、障害者団体は、「車いすを利用する人も天守に登れるようにしてほしい」と、エレベーターの設置を求めています。そして、「名古屋市の方針は、愛知県の障害者差別解消推進条例に違反する」として、県に申し立てました。近く、文化庁に対して、工事を許可しないよう要望する意向も明らかにしています。これを受けて、大村知事は、今週初め、「障害者の基本的人権に関わる極めて重大な事案だ。県として何ができるかも含めてしっかり検討したい」と表明しました。この問題をめぐって、名古屋市の河村市長、愛知県の大村知事が対立する格好になったんです。

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このように、名古屋城天守の木造復元は、市民の多様な意見や願い、それに、政治家の思惑まで絡んで、なお様々な議論を呼んでいます。
また、歴史的な建造物の復元とバリアフリーをどう両立させるかという、現代的な課題を考える、格好の事例ですので、今後、どういう経過をたどるのか、注目したいと思います。

(増田 剛 解説委員)

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