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「世界遺産登録へ 潜伏キリシタン関連遺産」(くらし☆解説)

名越 章浩  解説委員

日本が、ユネスコの世界文化遺産への登録を目指している「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。
ユネスコの諮問機関の勧告により、今年の登録の可能性が高まっています。
「世界遺産登録へ 潜伏キリシタン関連遺産」というテーマで名越章浩 解説委員が解説します。

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【世界遺産 諮問機関の勧告】
世界遺産の登録に向けた勧告が、5月上旬に出ました。

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今年の世界遺産には、文化遺産の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と、自然遺産の「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」の2つが日本から推薦されています。
ユネスコの諮問機関から潜伏キリシタンについては「登録がふさわしい」との勧告。
奄美大島などについては「登録延期」というかなり厳しい勧告になりました。

このうち、紆余曲折を経て、やっと登録の可能性が高まった「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」について、意義などを詳しく解説したいと思います。

【長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産とは】

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「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、長崎県と熊本県にまたがる潜伏キリシタンの歴史を物語る12資産で構成されています。
日本では、17世紀から2世紀あまり、キリスト教が禁じられ、キリシタンは厳しい拷問を受け、多くの命が奪われました。ですから、当時、彼らは、普段、仏教徒などを装って信仰を守り続けた「潜伏キリシタン」として、生活したわけです。
その歴史を伝える教会や集落などが今回の遺産です。

【これまでの経緯】

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この遺産は、もともと名称が今とは違って、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」でした。
2015年1月末に推薦書が提出され、2016年の夏の世界遺産登録を目指していました。
このときは、潜伏キリシタンの歴史を前面に出したものではなく、教会の建物の価値を主に伝える遺産として推薦されていました。
ところが、そのときに現地調査にあたったユネスコの諮問機関「国際記念物遺跡会議」通称、イコモスから「キリスト教の信仰が禁じられた時期に焦点を当てるべきだ」と指摘されました。
すでに世界にはキリスト教関連の世界遺産はたくさんありますので、イコモスとしては、日本の歴史の特色に注目したのです。
このため、日本政府が2016年2月、推薦書を一旦取り下げ、推薦内容の見直しを進めるという異例の事態になりました。
その後、禁教の時期に焦点をあて、教会を含む集落全体に価値をおき、名称も「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と改めて、去年、再び、正式な推薦書を出し、やっと、ことし夏の世界遺産登録を目指せるようになったというわけです。
イコモスは文化財や建築などの専門家の団体で、その評価結果は登録の是非を大きく左右することになります。
過去、日本が推薦し、イコモス勧告で「登録」と評価されたものが覆った例はありませんので、この勧告により、登録の可能性はかなり高まったといえます。

【今後の課題も】
登録の行方については、地元の人たちは、ひとまず安心でしょう。
ただ、今後のことについては課題もあります。
推薦書の見直しにより、遺産の中心が、人口の減少が進む離島や半島部の集落になったため、今後の保存が大きな課題となっているのです。

例えば、長崎県の五島列島の久賀島は、島全体が世界遺産の対象です。
しかし、昭和25年に4000人近くいた島の人口は、300人あまりにまで減りました。
このうち、国の重要文化財に指定されている旧五輪教会堂が残る五輪地区も、かつては、段々畑や住宅が広がっていましたが、今では森に変わり、住宅も崩れ、荒れた状態です。

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この島は、弾圧を逃れようと、現在の長崎市からこの島に移住した人たちが、ひそかに信仰を続けてきた場所です。
しかし禁教期の末期には、大規模なキリシタンの摘発が行われました。
信仰を明かしたおよそ200人が、狭い牢屋に立ったままギュウギュウに閉じ込められたうえ、8か月間にわたる拷問の末、40人以上が亡くなった、「牢屋の窄」と呼ばれる事件があった場所でもあります。

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この事件がきっかけとなり、欧米列強の抗議を受けて、250年以上続いた禁教政策が終わりを告げることになりました。
 
こうした歴史が、今回世界遺産の候補になった各地の遺産にあります。
これらの集落を保存していくためには、お金も労力もかかり、今後の課題となっているのです。
 
また、保存だけでなく、世界遺産では公開も求められます。
各地にある潜伏キリシタンの集落は、交通の便が悪いところが多く、そこにある遺産の価値をどうやって知ってもらうか、課題が残ります。しかも、教会は、あくまでも祈りの場だということを忘れてはなりません。
 
【VRの活用を】
私は、VR=バーチャルリアリティー(仮想現実)の技術を活用した取り組みは、有効な対策の1つだと思っています。

例えば、大学の研究者や民間企業などが協力して、教会とその周辺を撮影し、それを立体的に見えるように加工して、インターネットで無料公開しています。

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ゴーグル型の端末を装着したり、自分のスマートフォンに専用のアプリを入れたりすると、その場に行ったかのような、疑似体験ができます。

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教会の中にも、仮想現実の世界で入ることができます。
さらに、上空から教会や集落を眺めることも可能です。
ドローンを一気に浮上させて撮影した映像を加工してあるのです。

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上空から見ることで、なかなか行けない離島の集落が、どんな場所にあるのか、よくわかると思います。
海を渡って、必死の思いで島にたどり着いた当時の人々の思いを想像することが可能です。
私は、この技術をさらに応用して、例えば、かつての集落の街並みの写真などを組み合わせ、その時代にタイムスリップしたかのような疑似体験ができれば、より理解の促進につながるのではないかと思います。

【いかに世界遺産の価値を伝えるかが重要】
世界遺産というと、つい観光地としての印象が強くなりがちですが、遺産としての価値を伝えることが重要なのです。なぜ世界的な価値があるのか、そのことを知ってもらわないことには、長期的、継続的に保存することが難しくなってしまうからです。
そういう意味では、潜伏キリシタン関連遺産には、宗教や文化の違いによる争いが絶えない今の世の中だからこそ、学ぶべき、教訓があると思います。
多様性を認め合うことが平和につながる近道なんだというメッセージが込められた遺産として、世界中の人たちに知ってもらう工夫が求められています。

(名越 章浩 解説委員)

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