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「バーチャル技術で知る紛争の悲劇」(くらし☆解説)

別府 正一郎  解説委員

シリアの内戦など世界各地で紛争が相次ぎ、多くの暮らしが破壊されています。ただ、深刻なニュースだと思いつつも、平和な日本ではなかなか実態をイメージしにくいと多くの人が感じているのではないでしょうか?こうした中で、国連や援助機関が最新のバーチャル技術を使って、難民キャンプや戦闘の様子を知ってもらおうという取り組みを進めています。

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Q バーチャル技術というのは、確かに最近よく聞きます。

A ゴーグル型の端末をつけて動画を見ると立体的な映像になり、顔の向きにあわせて映像も動くので、あたかも動画の世界に身をおいたような感覚になります。

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Q 娯楽やゲームでよく使われてる技術だと思いますが、紛争や難民のような深刻な国際問題の現状を知るために活用されている、ということなんですね?

A 国連では取り組みを本格化させていて、これまでに、▼シリアから逃れた人が身を寄せる難民キャンプや、▼イスラエルの軍事攻撃を受けたパレスチナのガザ地区に、360度カメラを持ち込んで撮影し、それぞれ10分ほどの動画にまとめてきました。

Q 簡単には訪れることができない場所ばかりですね?

A だからこそバーチャル技術でそうした現場を訪ねたように感じてもらい、そこに暮らす人たちの境遇への理解を深めてもらおうというのが目的です。
まず、シリア難民をテーマにした動画について説明します。動画は砂漠の映像で始まります。シリアの人たちが南隣のヨルダンに脱出する際は、砂漠を何日もかけて歩いて逃れます。ゴーグル端末をつけて顔を右に向ければ右にある景色が見えますし、左に向ければ左の景色が、下を見れば地面が、上を見れば空が見えます。テレビ画面や写真では平面にしか見ることが出来ませんが、ゴーグル端末を通して見ると立体的な三次元映像を見ることが出来ます。

Q 続いては、難民キャンプの中でしょうか?地面は舗装されておらず、道はぬかるんでいますね?

A ヨルダン北部にある難民キャンプです。フェンスに囲まれた場所は食料などの配給所です。キャンプの中の仮設住宅でシドラさんという少女が出迎えてくれ、「私の名前はシドラです。12歳です」と自己紹介してくれます。彼女がキャンプを案内してくれます。ほとんど家具のない部屋で暮らしています。

Q ほかにもたくさんの子どもたちがいますね?

A このキャンプには8万人が身を寄せています。その半数以上が子どもです。キャンプの中では、国連機関などが学校を運営しています。シドラさんも毎日通っています。先生は、質問に対して手を上げない生徒をあえて指すことが多いので、みんな答えが分からなくても、指されないために手を上げるそうです。

Q その気持ちなんだか分かります。

A よく分かります。また、学校の横ではパンを焼く店も出来ました。昼になって授業中に焼きたてのパンのにおいがしてくると、シドラさんはお腹がすいてふらふらしてしまうんだそうです。

Q 難民キャンプといっても、いろいろな施設があるんですね?

A 徐々に出来て、今ではキャンプ全体がひとつの町みたいになっています。それだけ、避難生活が長期化してしまっていることの裏返しです。シドラさんの一番の楽しみは家族との食事です。お母さんが、キャンプで手に入る少ない材料で、出来るだけ故郷の味を出そうとしてくれるんだそうです。時にはユーモアを交えながら、キャンプの様子を教えてくれるシドラさんですが、やはり、シリアのことを想うと悲しくなってしまいます。一人になると、涙をぬぐいながら「ここに1年半もいるけど、長すぎます」と話すのが印象的です。

Q 気丈に振舞っていますが、辛いですよね。難民キャンプの様子がイメージできました。

A 国連機関では街頭での啓発活動でも活用しています。先日、埼玉県内のショッピングセンターで行われたユニセフの募金活動を取材しましたが、ゴーグル端末で一般の人に先ほどのシドラさんの動画を見てもらっていました。実際に体験した人は「荒涼とした砂漠で避難生活する人の様子が分かった」と感想を話していました。
シリアの内戦で国外に逃れた難民は540万人を超えました。ユニセフでは、その一人一人が、シドラさんのように事情や生活があることが伝わって欲しいと話していました。

Q 他にはどういう取り組みがありますか?

A スマートフォンを活用した取り組みも始まりました。赤十字国際委員会は、先月、AR=拡張現実の技術を使ったアプリを公開しました。

Q 最近、流行ったゲームで使われた技術ですね。

A そうです。スマートフォンに無料でダウンロードできて、ゴーグル端末も必要ありません。

Q どんなアプリなんでしょうか?

A 平和な日常が内戦で崩壊する様子を映像と音声で描いています。内戦の恐ろしさを子どもの目線で表現しています。「部屋に入る」というタイトルです。アプリを立ち上げると実際の風景の向こうに扉の絵が出てきます。そして、そこに向かって歩いていくとあたかも部屋に入ったかのようになります。

Q 中は子ども部屋ですね。

A スマートフォンを動かすと、それにあわせて映像が変わります。

Q かわいらしいぬいぐるみもあって、女の子の部屋ですね。幸せな生活が想像できます。

A ところが、この国では徐々に混乱が広がります。

Q 窓の外から銃声と悲鳴が聞こえてきました。

A どうやら市民に向けて発砲があったようです。それから1年が経った場面です。

Q 夜ですね。電球がついたり消えたり、電気が不安定ですね。

A 空襲警報が聞こえてきました。空爆が始まったようです。

Q 女の子、寝苦しいでしょうね。

A 一晩中続いているようです。このあとは、さらに1年が経過した場面になります。

Q 松葉杖があります。女の子は足を怪我してしまった、ということですね。ベッドの上には絵がありますね?

A 戦闘機が爆弾を落とす、空爆の様子を描いています。よく目にしているのでしょう。

Q どーんという爆発音が聞こえました。

A 家の近くに爆弾が落ちたようです。部屋の中のものは爆風で散乱しました。

Q これは大変です。

A それから、さらに1年が経ちました。

Q 暗いですね。ランプで生活しています。もう電気も来なくなったのでしょうね。銃声もひっきりなしに聞こえます。あれ、車椅子ですね?女の子はさらに怪我をしてしまった、ということでしょうか?痛々しいです。

A 動画では、人が亡くなる場面や実際の戦闘の場面は出てきません。赤十字国際委員会では、部屋の女の子の状況を想像してもらい、日常生活にひたひたと迫って来る紛争の恐怖を感覚として感じることが出来るのではないかと話しています。

Q こうしたアプリや、先ほどの難民キャンプの動画についてはどちらに問い合わせたらいいでしょうか?

A アプリは赤十字国際委員会の駐日事務所、動画は国連広報センターにお問い合わせください。

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Q 最新の技術で国際問題を身近に感じました。

A シリアなどの紛争のニュースを見ても、遠い国の話と感じるのは、ある意味自然なことだと思います。安全の問題もあるので実際に行くということにもなかなかなりません。ただ、そうはいっても、世界はつながっていますので、自分たちと関係がないということはありません。遠い途上国の紛争にしても、テロや難民という形で私たちが暮らす先進国にも様々な影響が及びます。最新の技術を活用して、想像し、実感することで、世界のいろいろな問題の解決策を考えるきっかけになるかもしれません。

(別府 正一郎 解説委員)


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