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「量子コンピューターはくらしを変える?」(くらし☆解説)

土屋 敏之  解説委員

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◆「量子コンピューター」とはそもそもどういうことが出来るもの?

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量子コンピューターは、スーパーコンピューター「京」を使っても時間がかかりすぎるような計算が短時間でできるとも期待されているもので、例えば新薬の開発を加速したり、人工知能を飛躍的に性能アップさせて車の完全自動運転の実現など様々な分野で期待されています。
この量子コンピューターの研究開発がいま急激に進んでいて、近い将来のノーベル物理学賞の候補の一つともささやかれている分野です。
     
◆でも、そもそも「量子」ってなに?

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量子というのは、物質をごく小さなサイズで見ていくと、なぜか「粒子でもあり波動でもある」という不思議な性質を示すようになるのですが、そうしたごく小さな物質やエネルギーの単位を量子と呼んでいます。
しかも、この量子にはさらに不思議な性質もあり、例えば「同時に0でもあり1でもある」といった奇妙なことが起こります。何とも理解しがたい世界ですが、これは「重ね合わせ」と呼ばれる性質で、量子コンピューターのカギになります。

◆量子コンピューターは普通のコンピューターとは何が違う?

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そもそもコンピューターは、0と1の数値データを沢山組み合わせて計算する装置と言えます。このデータの基本単位を「ビット」と呼びます。1つのビットは0か1のどちらかの値を表します。2ビットだとこれを2つ組み合わせて00、01、10、11の4つの数値のどれか1つ、3ビットだと000から111まで8個の内、やはり1つだけ選んで表せます。
これに対して、量子コンピューターでは「量子ビット」というものを使いますが、これは先ほどの「重ね合わせ」によって0と1の両方の値を同時に持つ、なんてことができます。そうすると、2量子ビットだと4個の数値、3量子ビットだと8個の数値を同時に持つことができ、倍々で増えていきますから、例えば40量子ビットだと実に1兆個もの数値を同時に持つことができる、ということになります。これは沢山の計算をまとめてできることを意味します。
左側の「普通のコンピューターくん」は、一度に1個のボールしか扱えないので膨大なデータを計算しようとすると何度も走り回って1個ずつ処理する必要があります。
ところが右側の「量子コンピューターくん」は一度に沢山のボールを持てるので、40量子ビットの量子コンピューターだと、1兆個もの数値の計算を同時に処理できることになります。そこから、超高速コンピューターができる、というわけです。
      
◆実際にそんな装置がもう存在する?

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2011年にカナダのベンチャー企業が、ある種の量子コンピューターと言えるものを売り出しました。1台十数億円するそうです。巨大な冷凍庫のような装置の中に入っているのは超伝導回路による量子ビットの回路です。
このマシン(D-Wave)は、量子コンピューターといってもかなり限られた機能しか持っていないのですが、既にNASAやグーグルなどが導入して使い始めています。

◆どんなことができる?

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例えば、交通渋滞の回避のための計算があります。都市の道路網や交通量の解析から車の走行時間を最適化できるといった報告がされています。また、気候変動の解析に使おうという動きもあります。
NASAは宇宙探査の計画を立てるのに使ったり、探査機にトラブルが起きたとき膨大な部品のどこに不具合があったのか探り出す故障診断などの研究を進めているようです。利用者からは従来のコンピューターの1億倍も高速だという評価も出ています。
そして開発したのはカナダの企業ですが、実は元になる理論を考えたのは日本の研究者です。

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1998年、東京工業大学の西森秀稔(にしもり・ひでとし)さんたちが、量子の特殊な性質を使うことで極めて効率よく計算が出来る「量子アニーリング」という理論を提唱しました。D-Waveはその理論を応用した「量子アニーリングマシン」と言えます。
西森さん以外にも、量子コンピューターの基礎になる分野では日本の研究者が幾つも画期的な研究成果を挙げています。

◆この量子コンピューターは限られた機能しかない、ということだが?
普通のコンピューターは、メールを送ったりゲームをしたり様々な用途に使える汎用性があります。
しかし、D-Waveのような量子アニーリングマシンは大まかに言うと1種類のこと、「膨大な数の可能性の中から最適な組み合わせを選び出す」ということしか出来ない専用機とも言えます。
それだけでも先程のように色々な用途はありますが、現在のコンピューターに置き換わる汎用性は無いということもあり、「本来の意味での量子コンピューターではない」と考える専門家もいます。
そうした汎用性のある本来の意味での量子コンピューターというのはまだ実用化されていませんが、世界中で熾烈な開発競争が進んでいて、実用化が近づいているのは間違いありません。
        
◆汎用の量子コンピューターが実用化されたら私たちのくらしにも変化がある?

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相当な影響があると思います。冒頭で少しふれましたが、まず期待されているのが新薬の開発です。
今、画期的な新薬を開発するには、膨大な候補物質を試してその中からごく希にいいものが見つかる、という積み重ねがあり、これが新薬の値段が高い理由の1つにもなっています。ところが、汎用の量子コンピューターが実用化すると、多数の化学物質の機能を調べるシミュレーションも短時間で出来るようになります。そうすると薬の開発がずっと速くなるうえ、“無駄打ち”が減るため安くできるのではとの期待もあります。
さらに影響が広そうなのが、人工知能への利用です。今や人工知能は囲碁や将棋のプロに勝ったり、病気の診断に使える物も開発されたり、様々な利用が進んでいますが、それを可能にするのが膨大なデータを機械学習、つまりコンピューター自身に学ばせることです。量子コンピューターを使うとこの機械学習が飛躍的に進むと見られています。するとそれぞれの家庭には量子コンピューターが無くても、ネットでつながったクラウドサービスを通じて、例えばスマホの検索機能も今よりずっと速く賢くなったり、完全自動運転が可能になって安全で渋滞も回避できる可能性など、人工知能がさらに高度化する「縁の下の力持ち」にもなるかもしれません。
一方でリスクもあります。以前から「量子コンピューターが実用化すると、金融取引などデータ通信のセキュリティーに使われている暗号が解読されてしまうのでは」と指摘されてきました。現在スーパーコンピューターでも計算時間がかかりすぎて解けない暗号が、汎用の量子コンピューターが進歩すれば、解読されてしまう可能性があるためです。ですから、これに対応できる新たなセキュリティー技術の開発も並行して進める必要があります。
そうした様々な意味で、量子コンピューターの進歩は今後の社会全体に大きな影響を与える可能性があると思います。

(土屋 敏之 解説委員)

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