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「俳句を世界無形文化遺産に」(くらし☆解説)

名越 章浩  解説委員

国連教育科学文化機関=ユネスコの無形文化遺産に俳句を登録しようと、活動を進める協議会が、先月(4月)発足しました。
名越章浩解説委員が解説します。

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【ユネスコの無形文化遺産とは】
遺跡や建物などの不動産が対象の世界文化遺産と違って、無形文化遺産は、人から人へと継承される芸能や祭り、伝統工芸などが対象です。

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例えば、すでに登録されている歌舞伎や、文楽、能楽などが、その典型的なものです。
去年は、山車が登場する全国33の祭り「山・鉾・屋台行事」が登録され、話題となりました。

【俳句の登録を目指す推進協議会が発足】
そして先月、新たに俳句の登録を目指す推進協議会が発足しました。

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協議会には、松尾芭蕉のふるさととして知られる三重県伊賀市をはじめ、正岡子規のふるさとの松山市など、俳句にゆかりのある全国の自治体と、国際俳句交流協会など、4つの俳人の団体が参加しています。
署名活動などを行って、PRしていくということです。

【なぜ無形文化遺産を目指すの?】
では、どうして、無形文化遺産を目指そうということになったのでしょうか。
それは、俳句のもつ特徴が世界に通じると協議会は考えたからです。

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俳句は、五七五の17文字の短い詩です。
つまり、親しみやすく身近な文芸なので、誰でも参加できると、協議会は主張しています。
そして、季語が入っています。
例えば「蛙」は春の季語、柿は秋の季語です。
つまり、自然と協調する文芸である。そして俳句の自然を愛好する心が地球温暖化などの環境問題に対しても役立つのではないか、としています。

【世界で俳句は?】
世界の俳句への理解はどうでしょうか。
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外国にも俳句の愛好者はいて、西洋では「HAIKU」、中国では「漢俳」という名前で呼ばれ、一部では親しまれています。
しかし協議会に参加する俳人の団体の中でも、海外への理解については意見が微妙に違っています。
すでに世界に俳句の愛好者がいるので十分通用するという意見がある一方で、そもそも外国語だと、五七五の形ではなくなりますし、「他の言語に訳すと、日本語のニュアンスが伝わらない」といった意見もあります。

【日本語ならではの魅力も】
確かに日本語ならではの言い回しがあります。
例えば、こちらの俳句。
「むまさうな 雪がふうはり ふはりかな」 (小林一茶)

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なんとも優しい雪が舞い降りてくる様を、一茶は「ふうはり ふはり」と表現しています。
これは、日本語であっても「ふわり ふわり」ではダメで、「ふうはり ふはり」だからこそ、伝わってくる言い回しで、外国語で直訳すると味気ないものになってしまいそうです。
しかも、その雪を見て貧しい農家の出身の一茶は「むまさうな」(美味そうな)と付けていて、これがあるから、私たちはイマジネーションを膨らませて、甘くておいしそうな雪が、ゆっくり、ゆっくりと、空から降ってくる情景が頭に浮かんでくるわけです。
俳句は、その一瞬を切り取り言葉で表現していますが、同時に過去やその背景まで、聴いた人に連想させることができる文芸です。
これをニュアンス通りに伝えるのはかなりの難題だと思います。

【登録に向けた課題はほかにも・・・】
さらに他にも課題があります。
そもそも無形文化遺産への提案は、国指定の文化財であることが現時点では原則なのですが、俳句は文化財にはなっていません。

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ただ、文化財指定を受けていない和食が例外的に登録された実績もあり、俳句はその和食をモデルにしようとしています。果たしてうまくいくかどうか、今後、専門家による調査や研究が必要になってきますし、国の後押しも欠かせません。

このため、今の段階では登録への道のりはかなり険しく、時間もかかると思います。

【俳句の価値を見直す活動には大きな意義がある】
ただ、私は、俳句の価値を見直す活動そのものには、別の大きな意義があると考えています。
現代社会で忘れがちな、自然の草木や神羅万象に目を向ける行為そのものや、それを言葉にする力を取り戻してくれると思うからです。

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忙しい現代社会では、ゆっくり空を眺める機会すら滅多にありませんし、スマホの普及により指先一つでメールやSNSを利用してコミュニケーションがとれる時代です。例えば、メールを打っているときに、平仮名で「はな」と入力すると、「花」「鼻」のほか、「話しましょう」など、人工知能が次の文章の選択肢を自動で提示してくれます。
感情表現には、絵文字を使うこともあります。
その便利さはとても有難いことで、その便利さを否定しませんが、一方で、この便利さに慣れすぎてしまうと、見たもの、感じたものをどう表現するか、自分でじっくり考えるという行為が疎かになってしまいます。
俳句を無形文化遺産にしようという活動は、私たちが本来はぐくんできた想像力を、改めて見直す1つの機会になると思うのです。

【海外にも通じる「想像力」の重要性】
この重要性の認識は、外国の人にも理解してもらえる、共通する話だと思います。
実際、ベルギーの首相やEU大統領を歴任し、自分で俳句の句集も出しているヘルマン・ファンロンパイさんも、共感する1人です。
ことしの1月に、ファンロンパイさんが奈良県を訪れた際にも俳句を詠みました。

「雪の奈良 美は良し悪しを 隠しけり」

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真っ白な雪が、まるで善も悪も無い1つの世界を作り出している様を表していると思います。
ファンロンパイさんは、この句を作った翌日、次のようにコメントしています。
「私たちは世界の調和を夢見ています。自然の美や身のまわりの調和をうたう俳句という文芸は、私たちが夢を見る助けになるのです」

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世界の調和という夢を込めた俳句。俳句を聴く人のイマジネーションを膨らませる句だと思います。
自然と向き合い、様々なことをじっくりと考えるとき、心を外に開いて、いろんなものを受け入れる、受容する心が必要です。
ファンロンパイさんは、その俳句を作る精神が、ひいては差別や偏見などのマイナスな感情さえも抑えてくれると考えていて、「マイナスな感情の解毒剤になる」とも語っています。
気ぜわしい現代社会を生きる私たちは、ついつい気持ちに余裕がなくなってしまうこともあるように思います。
空に浮かぶ雲をじっと眺めたり、花に止まった虫の動きを観察したりするなど、心を静かにして、じっくりと言葉を紡ぐ時間が、今の時代だからこそ必要なのではないでしょうか。

(名越 章浩 解説委員)

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