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「生活保護家庭の子どもに大学進学の機会を」(くらし☆解説)

増田 剛  解説委員

(岩渕)
今、子供の貧困が大きな社会問題になっています。そして、貧困の広がりに伴って、子供の教育を受ける機会に、格差が生じています。
きょうは、生活保護を受けている家庭の大学進学をめぐる厳しい現状を取り上げ、問題解決に向けた取り組みや、今後の課題について考えたいと思います。
増田解説委員です。

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増田さん、まず、子供の貧困ですが、現状はどうなんでしょうか。
(増田)
はい。実は、日本の子供の貧困は、かなり厳しい状況にあります。

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2012年の厚生労働省のデータによりますと、子供の相対的貧困率は16.3%、つまり、実に、6人に1人の子供が、貧困の状態にあるとされています。おそらく多くの方が想像している以上に、貧困や格差が広がっているのが、日本社会の現状だと思います。
(岩渕)
6人に1人と聞いて、驚きました。確かに、思ったより深刻ですね。
(増田)
そうです。そして、こうした家庭の子供たちの中には、能力や意欲があるのに、経済的な理由で、大学への進学をあきらめる子供たちが、相当数いるといわれています。もちろん、学歴がすべてではありませんが、やはり、高等教育を受けられないと、職業の選択や、働いてからの収入といった面で不利になるのが、現実です。
結果として、貧しい家庭の子供は、貧困から抜け出せず、その子供も貧困になってしまう。教育の格差が貧困の連鎖を生んでいるという、非常に理不尽な状況です。特に、生活保護を受けている家庭の子供は、厳しい状況にあることが、データでも、実証されています。
(岩渕)
どういう状況でしょうか。
(増田)
はい。こちらを見てください。

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平成28年度の高校卒業者の大学などへの進学率は80%にのぼっています。いまや、8割の子供が大学などに行く時代なんです。
その一方で、生活保護世帯に属する子供の場合は33%と、大きく下回る水準です。
(岩渕)
どうして、ここまで差ができるのでしょうか。
(増田)
今の生活保護制度が、子供の大学進学を前提としていないからです。厚生労働省は、今のところ、生活保護を受けながら、昼間の大学に通うことを、原則として、認めていません。生活保護制度は、「働ける状況にある人は、できる限り働いて、制度に頼らない状況になろう」というのが、大きな目的のひとつです。このため、高校を卒業すると、自立を目指して、働いて収入を得ることが求められるのです。
俗っぽく言えば、「大学に行く余裕があるなら、働いてください」ということに、制度的には、なっているんです。
(岩渕)
ただ、生活保護世帯でも、大学に進学する子供は、いますよね。
(増田)
はい。制度上は、世帯分離という形を取ることで、進学を可能にしています。生活保護制度には、「世帯単位の原則」というのがあって、一緒に住んでいる人は同一世帯と認定され、世帯単位で保護が適用されます。

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世帯分離とは、大学に進学する子供を、実際には同じ住居に住んでいるのだけれど、手続き上、生活保護から外すというものです。
世帯分離された子供は、保護の対象ではなくなるので、進学が可能になるというわけです。ただ、その分の保護費は打ち切られます。

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例えば、母と娘の2人世帯で生活保護を利用していた場合、2人分の保護費が支給されていたのが、娘が世帯分離すると、母の単身世帯という扱いになります。実際は、同じ住居で暮らしているにも関わらず、保護費は、月に5~6万円程度減りますので、生活は苦しくなります。このため、親の負担が増えることへの影響を懸念して、大学進学をあきらめる子供が出ているんです。

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おととい、子供の貧困問題に取り組むNPO「キッズドア」の渡辺理事長に話を聞きましたが、学校の先生になりたかったという、ある生活保護家庭の女子中学生は、成績が学校で一番だったこともあるほど勉強が好きだったそうですが、いわゆる進学校には進まず、高校卒業後、就職することを考えて、商業高校を選択したそうです。
世帯分離をすると、お母さんが生活できなくなると考えての決断だったそうですが、子供にとっては、生活苦にある親の保護費が減ることは、それだけつらいことなんです。
(岩渕)
なんだか聞いていて、悲しくなってきました。
(増田)
はい。そして、大学に進学できた子供も、その過程では、大変な苦労を強いられています。先週、名古屋の国立大学に通う、生活保護家庭出身の学生に会って、話を聞いてきました。

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彼の場合、現役で公立大学に合格したんですが、入学金が払えなくて辞退せざるを得なかったといいます。ただ、どうしても進学があきらめられず、自宅で浪人することを決断。世帯分離をした上で、週2日、夜、コンビニでアルバイトをして、生活費を稼ぎ、入学金を貯めながら、毎日、受験勉強をしたそうです。「本当に苦しかった」と話していました。
(岩渕)
そうした厳しい現状を改善するには、どうしたら良いのでしょう。
(増田)
大学進学にあたって、まるでペナルティーのような形で、世帯分離を行わせるのが良い方法だとは思えない。世帯分離をしなくても、大学進学が認められるように、制度の運用を改めるべきではないか。
今、こうした声があがってきているんです。

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実は、かつては、生活保護家庭は、高校への進学も認められず、今の大学への進学同様、世帯分離をしなければなりませんでした。
制度が見直されたのは、1970年。高校への進学率が80%を超え、高校進学が一般化したと認められたためです。
それから半世紀。いわば、止まっている時計の針を前に進めようという動きが、ようやく出てきています。
(岩渕)
どんな動きですか。
(増田)
はい。国会では、子供の貧困対策に取り組む超党派の議員連盟が、
政府への提言をまとめました。

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提言では、「生活保護家庭の子供の大学などへの進学率が低いことは、貧困の連鎖を生んでいる最大の要因だ」と指摘した上で、「昭和45年に、高校に進学する際の世帯分離が廃止されたことに鑑み、大学などへの進学についても、来年度に間に合わせるべく、支援策を講じるべきだ」としています。
つまり、生活保護家庭の子供にも、かつての高校進学と同様に、大学進学を認める方向で制度を見直すよう求める内容です。
議員連盟は、今週、この提言を厚生労働省に提出しました。
(岩渕)
では、制度見直しに進みそうですね。
(増田)
はい。ただ、見直しに向けては、課題もあります。

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▽生活保護家庭の子供に大学進学を認めれば、保護費がかかる分、財源を確保しなければなりませんし、▽生活保護を受けずにギリギリの状況で生活している世帯との公平性も考えなければなりません。また、▽生活保護に頼っている大人に責任があるのではないかという厳しい見方もありますから、そもそも、納税者の理解を得られるかという問題もあります。
ただ、子供は、生まれてくる家庭を選ぶことができません。
考えるべきは、貧困の連鎖をいかにして止めるかです。

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安部総理は、施政方針演説で、「どんなに貧しい家庭で育っても、夢を叶えることができる。誰もが希望すれば、高校にも、大学にも、進学できる環境を整えなければなりません」と踏み込みました。
この言葉を、それこそ「絵に書いた餅」にしないためにも、政治は、新たな一歩を踏み出すときに来ているのではないでしょうか。

(増田 剛  解説委員)

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