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「東大断念!?東ロボくんの挑戦」「くらし☆解説」

土屋 敏之  解説委員

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◆東大合格を目指す人工知能「東ロボくん」がロボットアームで答案を書く様子が報じられた。
 そもそも「東ロボくん」というのは、あのロボットのこと?

東ロボくんの実体はコンピューターのソフトなので形はありません。ただ、それでは「東“ロボ”じゃないじゃないか」なんて声もあり、今回、大手自動車部品メーカーが開発したロボットにつないで、デモンストレーションしました。基本的には、東ロボくんが入試に挑むと言っても、人間が問題をデータとして入力して、それをコンピューター上で解く、という形です。

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 このプロジェクトは、国立情報学研究所などが人工知能の可能性を探ろうと5年前から取り組んでいるもので、毎年大学入試センター試験の模試に挑んでいます。目標として、2016年度にセンター試験で高得点を挙げ、2021年度には東大入試を突破することを掲げてきました。

◆2016年というとまさに今年、センターで高得点を挙げる計画だった?

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 全国26万人が受けたというセンター模試に挑んだ結果、5教科8科目の総計で偏差値が57.1と、受験生の平均をかなり上回りました。科目別に見ると得意不得意がありますが、数字上は国立大学や有名私立大学を含む535の大学で合格率80%以上と判定されるレベルだそうです。
 
◆目標は順調にクリアしているということ?

 実は偏差値57というのは去年から横ばいで「伸び悩んでいる」とも言えるんです。科目別に見ると、成績がよかったのは数学や物理、そして知識量がものを言う世界史などです。一方で国語や英語は伸び悩んでいます。こうした中で、プロジェクトは「東大合格をいったんあきらめる」と決めました。

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◆東大合格をいったんあきらめたのはなぜ?

 現在の研究では、偏差値70以上必要な東大合格は難しい、という判断がありました。理由はまず、苦手分野が克服できないこと。国語や英語の特に長文問題は非常に苦手です。そして、その原因でもありますが、「読解力」が無い、という問題が指摘されています。国語や英語に限らず他の科目でも文章題は苦手な傾向がありますが、それは要するに問題文をちゃんと読み解いて意味を理解することができないからではないかとされます。

◆読解力が無いとはどういうこと?最近はスマホで会話できるようなAIもあって、こちらの言うことを理解できているのでは?

 確かに、こちらの書き込みに応じて会話できる風なAIはありますが、現在のAIが文章を読んだり書いたりする仕組みは、おもに「検索」技術に頼ったものです。これは、ネット上やデータベースの膨大な文章を調べて、例えば「雨降り」という言葉が出てくると高い確率で「傘」という言葉も使われる、など「人間のやりとりではこういう言葉を使うことが多い」というものを統計的に選んでそれらしい答えを返しているだけで、やりとりの意味を理解しているわけではないんです。そして、東ロボくんもこの問題を解決できる目処が立ちませんでした。

◆意味を理解していないと、具体的にはどういうことができないの?

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 こちらは模試の英語で、大半の受験生は正解したのに東ロボくんができなかった問題です。本来英文ですが日本語にして説明すると、AさんとBさんが本屋まで歩いてようやく着きそうになったとき、Bさんが何か言います。それに対してAさんが「ありがとう」と答えるのですが、ではBさんはなんと言ってたのか?という4択です。どれだと思いますか?

◆「ありがとう」とお礼を言ってるから、「靴ひもがほどけているよ」と教えてくれたのでは?

 正解です。でも、東ロボくんは「長いこと歩いたよ」というのを選んでしまいました。おそらく膨大な文章データを検索すると、歩く時間を書いた文の前後には「長い時間」といった表現が来ることが多いのではないかと考えられます。つまり、東ロボくんには「人間がどんな状況でお礼を言うか」という常識が無いですし、「Aさんが、Bさんの言ったことに対して感謝している」という意味が理解できていないため、こういう問題は解けないわけです。東ロボくんは単語の意味や1つの短い文の翻訳などはすごく優秀ですが、複数の文からなる文章や会話になると、もっと常識とか経験に基づいた行間を読む力といった人間ならではの力が必要なようで、これはAIが本質的に抱えている弱点かもしれません。

◆文章の意味をちゃんと理解できるのは人間だけで、人工知能にも得意不得意があるということ。

 そういうわけで、東ロボくんはいったん東大合格をあきらめたわけですが、この研究の過程で別の「進路」が浮上してきました。今回、プロジェクトの一環で人間が文章を読む力について調べようと、全国の中学・高校に呼びかけて読解力のテストを行いました。こちらがその問題の1つですが、読んでみて下さい。

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◆「仏教は東南アジア、東アジアに、キリスト教はヨーロッパ、南北アメリカ、オセアニアに、イスラム教は北アフリカ、西アジア、中央アジア、東南アジアに主に広がっている」
 そして問題が「オセアニアに広がっているのは?」・・・なら、答えは「②キリスト教」のはず。問題文の中に答えが書かれているから簡単では?

 正解、その通りです。ただこれは、文中のそれぞれの言葉がどういう関係か曖昧な文章で、AIに正しく答えさせるためには工夫が必要な問題だと言われます。でも、人間なら容易だと思われそうですが、実は中学生では正解者は6割、つまり4割の生徒は間違えて、高校生でも3割近くが間違えたという結果でした。

◆文章をちゃんと読めないのはAIだけではなく、中高生にもかなり多いというこ?

 そんな傾向が浮かび上がったのです。研究の中心になっている新井紀子教授は、受験生たちが東ロボくんに負けないためにも、将来人間の仕事がAIに奪われないためにも、大切なのはAIが得意な知識の暗記で必死になるより、本来人間が得意なはずの、文章をきちんと読んで意味を理解する力を養うことではないかと指摘しています。そして今後は、東ロボくんの研究を(教育現場で)文章を読むのが苦手な子供たちを指導する方法の開発にも役立てられないか、としています。
 今回、AIの研究自体としては画期的なブレークスルーが得られたとは言えなくても、人間の知性や理解力といったものを考える上では、手がかりになるかもしれません。

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