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「屋内全面禁煙へ たばこの無い五輪は実現?」(くらし☆解説)

土屋 敏之  解説委員

◇4年後の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、たばこが課題になっている。

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2010年から、IOC・国際オリンピック委員会と、WHO・世界保健機関が共同で、「たばこの無い五輪」を推進しています。2012年ロンドン五輪のイギリスも、今年のブラジルも、受動喫煙の防止、つまり他人のたばこの煙を吸わされないように、法律でレストランやバーなども含めた屋内は全面禁煙と決められていて、違反すると罰則もありました。
これに対し日本の受動喫煙対策は、WHOから、世界でも「最低レベル」とされていて、このまま、東京五輪で海外から大勢の人たちを迎えることになるのか?日本のイメージダウンにつながらないか?という懸念もある状況です。

◇なぜ「最低レベル」という悪い評価をされているのか?

日本では、屋外の歩きたばこなどは自治体が条例で禁じている所も多いのですが、周りの人の健康により直結する、屋内の法規制が進んでいないためです。例えば、健康増進法という法律では、飲食店など多数の人が利用する施設で、「受動喫煙を防止するよう“努めなければならない”」としているだけ(=努力義務)なので、実際には対策をとらなくても罰則などはありません。今でも、居酒屋などで分煙さえしておらず、たばこを吸う人と隣り合わせになることもありますよね。

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世界では、既に49カ国で、公共の屋内を全面禁煙とする法律が作られています。国としては色がついていない所でも、アメリカは州単位などで見れば禁煙が進んでいますし、中国も北京では既に厳しい禁煙条例が作られています。この「公共の屋内」とは公的施設だけでは無くレストランや居酒屋など多数の人が利用する全ての場所で、喫煙室などの分煙では無く、完全な禁煙という意味です。

◇世界的に近年なぜこれほど禁煙が進んでいるのか?

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2005年に日本も批准している「たばこ規制枠組条約」が発効しました。この条約は、受動喫煙の防止対策を各国に求めている他、禁煙の医療支援から製品への警告表示の仕方、たばこ税引き上げの提言まで、多岐に渡る内容です。こうした条約ができた背景には、近年研究が進んで、たばこの害がもはや科学的に疑う余地が無くなってきたこともあります。

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例えば、たばことの因果関係が確実とされている病気は、主なものでもこんなにあります。脳卒中、歯周病に糖尿病、心筋梗塞、妊婦の喫煙と乳幼児突然死、そして様々な「がん」。たばこが原因で死亡する人は国内で毎年12~13万人にと推計されています。さらに、受動喫煙と病気の因果関係は分析がより難しいですが、先月、国立がん研究センターが、受動喫煙だけでも肺がんのリスクが増えることが確実になったと発表しました。
こうした中でオリンピックを控えて、日本でもさらに対策が必要というわけで、厚生労働省が有識者を集めて検討会が行われてきました。そして今月2日、その検討会が報告書、いわゆる“たばこ白書”を公表して、国がとるべき対策を提言しました。

◇たばこ白書の主な内容   

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まず受動喫煙を防ぐためには、喫煙室を設置する分煙では不十分で、屋内の100%禁煙化を目指すべきだとしています。これには、法制化を含めた検討が求められます。
そしてこの禁煙化を進めるためにも、吸っている人がやめられるような支援が重要です。禁煙治療を保険で受けられる条件を広げたり、医師や看護師などへの教育の充実も提言しています。そもそも、たばこをやめられないのは“意志が弱いから”では無くて、多くはニコチン依存症という病気があります。自力で禁煙しようとするより、禁煙補助薬を使った治療を受ける方が成功率が3~4倍も高いとされていますから、ぜひ禁煙外来などを受診してほしいと思います。
また条約では、たばこの箱などの表示面の半分以上は、有害だという警告にあてるよう求めています。その中には深刻な病気の写真など、インパクトのある画像を使った警告も挙げています。リオ五輪を開催したブラジルでも既にこうした画像警告表示を行っていて、提言では、日本もこうした警告表示を早期導入すべきだとしています。
さらに、日本のたばこの値段は今でも先進国の中ではとても安い水準なので、大幅な引き上げによって、特に若い人がたばこを吸いにくくすることを求めています。

◇こうした対策は実現しそうなのか?

科学的にはやるべき事は明白とも言えますが、最終的には政治の決断になると思います。一昨年から去年にかけて、開催都市である東京都が屋内禁煙の条例化などを検討しましたが、飲食業やホテル業界などからはお客が減ることを懸念する声もあって、結局、はっきりした結論が出せませんでした。

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今回のたばこ白書では、こうした経済的な影響についても、これまでに行われた研究を分析しました。たばこのプラス面は、売り上げによるたばこ税や関連産業への波及効果も併せて2.8兆円という試算があるのに対して、マイナス面は労働者が病気になることでの生産性損失や医療費の増加などで、マイナス4.3兆円という試算があります。つまり社会全体で見れば、たばこは経済的にもマイナスの方が大きいとも見られます。但し、これについてはまだ研究が少なく、さらに詳しい分析も求められます。

◇たばこ対策は吸う人の問題だけではなく、吸う人をお客としてビジネスをしている社会全体の問題

たばこ対策には、東京都などの条例で進めるのか、それとも全国一律の法律がいいのか?とか、電子たばこなどの扱いはどうすべきか?など、他にも多くの課題があり、社会全体でのコンセンサスも必要です。
ひとつ付け加えると、今から35年前、世界で初めて受動喫煙と肺がんの関係を報告したのは、日本の研究者だったとされます。そこから世界のたばこ対策は進んできましたが、当の日本では政策に十分生かされず、「最低レベル」と言われるほど遅れてしまったわけです。言わばこの周回遅れを4年後のオリンピックまでに挽回できるのか?こうしたチャレンジはメダルの数にはカウントされませんが、注目したいと思います。

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