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「"ファースト レディ"どう変わる?」(くらし☆解説)

髙橋 祐介  解説委員

アメリカ大統領選挙は、11月8日の投票日に向けて、いよいよ終盤戦に入りました。
共和党のトランプ候補か?それとも民主党のクリントン候補か?
実はいま、両候補の異色のパートナーの存在が、あらためて注目を集めています。
 
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ファーストレディが果たす役割は、どう変わろうとしているのでしょうか?

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ファーストレディは、直訳すると“第1級の女性”。
現在のファーストレディは、ミシェル=オバマさんです。
実は、ファーストレディという呼び方は、アメリカの建国当初にはありませんでした。
記録によれば、19世紀の半ばから20世紀の初頭にかけて、アメリカの草の根から徐々に定着し、しだいに世界に広がってきた非公式な言葉なのです。
このため、合衆国憲法にも規定はなく、大統領の配偶者として、どのような肩書きで、どのような役割を果たすのかは、正式には決められていないのです。

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これまでのコンセンサスはあります。
“国家元首の配偶者”ですから、国民から党派を超えて広く尊敬を集める象徴的な存在です。何かと批判の的になりやすい大統領よりも、ファーストレディの人気が高いことは、よくあることなのです。
これまでは“ホワイトハウスの女主人”として、外国から賓客を迎える際、どのようにもてなすかを中心になって考えたり、ホリデーシーズンには、ホワイトハウスの飾りつけをしたりするのも、ならわしです。
“大統領が最も信頼するアドバイザー”。大統領スピーチを事前に聞いて率直な感想を述べたり、大統領の日常の健康管理のため、細々と気配りしたりもしてくれる頼もしい存在です。
“社会運動や慈善活動”に取り組むことも、重要な仕事です。ミシェル=オバマさんの場合は、子どもたちの肥満解消のため、身体を動かそうというキャンペーンや、兵士の家族たちの支援活動も立ちあげました。
“ファッションリーダー”としての役割も果たしてきました。ファーストレディが就任式の夜の祝いの席で、どんなドレスを着るのかは、国民的な関心事となり、その後、ドレスは、博物館に展示されることもあります。多くのアメリカ国民は、子どもの頃からファーストレディに親しんできたのです。
 
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歴代のファーストレディたちを、その業績や社会に与えた影響、指導力、政権への貢献度などから専門家らが評価し、上位10人をランキング形式にしたものです。
現在のミシェル=オバマさんとヒラリー=クリントン候補の名前もあります。このふたりは、いずれも弁護士資格を持ち、ファーストレディになる以前から、みずからのキャリアを築いてきたという共通の特徴があります。
かつての良妻賢母型の内助の功にとどまらず、その時代ごとに、アメリカが直面する問題に率先して取り組んできたことが、ファーストレディとして高い評価につながっているのでしょう。

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いま大統領選挙を戦っている共和党のトランプ候補と民主党のクリントン候補。それぞれのパートナーは、従来のファーストレディに比べると、異色の存在です。

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メラニア=トランプさんは、旧ユーゴスラビアのスロベニア生まれ。もしトランプ候補が勝利すれば、史上2人目の外国生まれのファーストレディが誕生します。
アメリカに渡ってファッションモデルとなり、不動産王のトランプ氏と出会いました。
トランプ候補にとっては、24歳離れた3度目の妻。
ただ、英語が苦手と言われています。7月の共和党大会でも、みずから書いたと主張するスピーチの一節を、ミシェル=オバマさんの過去の原稿からそっくり盗用したのではないかという疑惑が明るみに出てしまいました。
いまのトランプ陣営が抱える弱点のひとつになっているという見方もあります。
メラニアさんが、どんなファーストレディになるのかは、まだわかりません。

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一方のビル=クリントン元大統領。男性を“レディ”と呼ぶのは、さすがにおかしいので、“ファーストハズバンド”とか“ファーストジェントルマン”といった呼び方が検討されています。しかし、選挙戦のさなかですから、ファーストレディに代わる表現をどうするのかは、さほど大きな問題にはなっていないのです。
むしろ問題は、アメリカ史上初めて“夫婦で大統領”が誕生することから生じるのかも知れません。いまの選挙戦の段階では良くても、元大統領で今なお国民から高い人気を誇る夫のビル=クリントン氏は、果たして妻の政権運営に口出しせずに済むのか?もしそうなれば、大統領の求心力にもかかわり、次の政権運営にマイナスの影響が出かねないと懸念する見方もあります。

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実は、ビル=クリントン氏は、かつて大統領選挙を戦った際、アメリカのスーパーマーケットでよく見かけるフレーズを好んで使っていました。
「ひとつ買えば、もうひとつおまけ」。
つまり、自分を大統領に選べば、優秀な妻も国のために働くのだから、有権者にとっては「お得ですよ」とアピールしたのです。
現に、ファーストレディ時代のヒラリー=クリントン氏は、大統領執務室の近くに専用オフィスを構え、定例閣議にも出席し、常に政権の中枢にありました。その意味では、ファーストレディの歴史を塗り替えたと言っても良いでしょう。

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当時アメリカのメディアが盛んに取り上げた有名なジョークもありました。
ある日、クリントン夫妻が田舎道をドライブ中にガソリンスタンドに立ち寄ると、その店主はヒラリーの元ボーイフレンドでした。
夫のビルが、「君は彼と結婚していれば、今ごろファーストレディではなく、ガソリンスタンドのおかみさんだったのだね?」
するとヒラリー曰く「彼と結婚していれば、今ごろ彼が大統領よ!」

ホワイトハウスへの執念が夫以上に強かったと言われる妻のヒラリー=クリントン氏が、周囲からどう見られてきたのかが、よくわかるアメリカン・ジョークです。
今度は、妻と夫の立場が入れ替わったとしたら、夫は、かつての妻と同じように政権を切り盛りするのか、それとも距離を置いて“影の補佐役”に徹するのか、今のアメリカ政治を考える上で、興味は尽きません。

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5月の伊勢志摩サミットで、各国首脳のパートナーたちが参加した親善プログラム。
唯一の男性は、ドイツのメルケル首相の夫で、大学教授のヨアヒム=ザウアーさんです。
先日、イギリスにも女性のメイ首相が就任しましたから、来年のサミットでは、メイ首相の投資銀行家の夫も、この場に加わるかも知れません。そして、次はどの国に?
ずらり男性が顔を揃えれば、いわゆる“ファーストレディ外交”という言葉も、たちまち過去のものになることでしょう。
女性が政治の世界でもトップになれるのは、今や世界的な潮流です。
日本でも“ファーストレディ”という言葉自体を時代遅れに感じる日を、早く実現しなければなりません。

(髙橋祐介 解説委員)

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