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「北方領土 元島民の思い」(くらし☆解説)

石川 一洋  解説委員

北海道 羅臼町の沖に見える国後島、日本の領土がソビエト軍に占領されてから8月で71年を迎えます。返還の日を待ちながら、毎日故郷の島を見ながら暮らしてきた元島民もいます。
脇さん「遠くて、実は近い」「見通しが見えないので遠いが、実は手が届くように近い」
安倍総理が「新しいアプローチ」で北方領土問題の前進を目指す中、元島民がどのような思いを抱いているのか聞きました。
「北方領土 元島民の思い」

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Q.国後島、本当に近く見えますね。

まさに手の届くところに国後が見えます。羅臼町の沖合は、マッコウクジラなどが泳ぐ世界的にも豊かな海で、観光船ではそうしたクジラやシャチを見ることもできます。しかし観光船もロシアが支配する国後島との中間線の向こうにはゆくことができません。

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Q.何故ですか。

A.ロシアの警備船に拿捕される恐れがあるからです。領土問題の存在をヒシヒシと感じます。
終戦の8月から9月にかけて北方四島はソビエト軍に占領されました。四島の住民は脱出したり、強制送還されたりしました。代わってロシア人が島には住んでいます。元島民は、羅臼や根室など北方四島に隣接した町に多く住みました。すぐに帰れる、帰りたいと思ったからです。日本は四島の返還を求め、領土交渉が続いています。しかし固有の領土とする日本と第二次世界大戦の結果ロシア領となったとするロシアの原則的な立場は正反対なままです。

Q.目の前に見ながら帰れない。

A.国後島で生まれ、羅臼で暮らす元島民もいます。元島民で作る連盟の理事長を務める脇 紀美夫さんもその一人です。自分が生まれた国後島を毎日見ながら、町役場で働き、町長も二期務めました。今までの領土交渉に苛立ちを隠せません。

「じゃあ交渉しましょう、スタートラインに着きましょうという合意をしていて、結局一歩も踏み出していない」
「プーチン大統領が訪日したら単にスタートラインに着くだけでなく、一歩具体的に進めてほしい」

Q.元島民のじりじりした思いが伝わりますが、領土交渉の現状は?

A.今年五月、ソチでの首脳会談で、安倍総理は北方領土交渉について「新しいアプローチ」を提案しました。今までの交渉の停滞を打破するためで、今までの発想にとらわれない。
未来志向のアプローチとしています。

Q.未来志向とはどういうことですか

A.返せ、返さないという議論ではなく、北方四島のどのような将来像を描けるのか、両国で考えてみるあるいは平和条約を締結することで日ロ両国はどのような利益を得るのか考える。将来像を考えることによって、問題解決の糸口を見つける、そういう考え方です。

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Q.元島民の方は今の領土交渉についてどういう思いなのでしょうか

A.ソチ首脳会談の後、元島民の連盟は総会を開いて、四島の一括返還を求める決議が採択されました。返還への強い思いが「四島一括」という言葉に表れています。同時に新しいアプローチへの期待も口々に表明されました。一歩も前に進まないのは困る。プーチン大統領の来日を実現して、領土交渉を前進させてほしい。これまで70年以上待ち続けて、結局一歩も進まなかった現状の中で安倍総理の「新しいアプローチ」に最後の望みをかけているのです。
脇理事長挨拶「繰り返し首脳会談を行い新しいアプローチで交渉の停滞を打破していただきたい」

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Q.新アプローチへの期待というのは元島民の切実な気持ちの表れですね。元島民は、今は島に行けるのですか

A.92年に始まったビザなし交流という枠組みがあります。ビザ・つまり査証を取らない。主権をめぐる対立を避けるためにビザ・査証を取らずに、元島民などが島を訪れ、また島に住むロシア人が日本を訪問する枠組みです。ただ回数や訪問する場所も制限され、自由に島を訪れるわけにはいきません。ただビザなし交流によって元島民と今島に住むロシア人の島民の交流が始まり、ロシア語を勉強し始めた人もいます。

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Q.わざわざロシア語を、どうしてですか?

A.鈴木咲子(ロシア語)「мой муж был дома 私の夫は家にいました」
根室市に住む鈴木咲子さんは択捉島出身で、終戦の時7歳でした。占領され、引き上げの時のつらい記憶からロシア人を避けてきました。しかし今は週一回、ロシア語教室に通い、必ず課題の勉強をこなしています。先生も驚く努力ぶりです。早く島が返ってくるよう願い、ここは日本人が住んでいたということを直接ロシア人に伝えたいからです。ロシア語で話すとロシア人の反応が全く異なると言います。
「終わってから総立ちになったんです。私のところに押し寄せてきたのです。私の生まれたところを地図で示したら、ロシア人がここかとい言うのです」

Q.凄い努力ですね。

A.標津町の福澤英夫さんは歯舞群島の多楽島出身でロシアの歌を覚えました。
「何も悪くないのに何でこんなひどい暮らしになるのだ。ある時まではロシア人を憎んでいました。でも考え方を変えました。まてよ、今島にいるロシア人は何も悪くない」
ロシア人と交流して、返還に近付くように思っているから、ロシア語を一生懸命勉強して、元島民としての思いを伝えようとしているのです。そして領土交渉が進んで、島に自由に行き来できる日が早く来ることを待ち望んでいるのです。

Q.こうした元島民の思いは、安倍総理には届いているのでしょうか

A.今年2月7日 北方領土返還要求全国大会の前に脇理事長をはじめ元島民の代表の方々が安倍総理と面会しました。そこで元島民は総理に島に帰りたい気持ちやロシアとの交渉を進めてほしいことなど訴えたと言います。
松原勇さん「安倍さんに返還運動の思いを是非プーチンさんに伝えてほしい、安倍さんに頼っているのだという思いでお願いしました」
児玉泰子さん「私たちの熱い思いも総理に伝わって、それがプーチン大統領にも伝わり、ここに元島民がいるんだということを軸に交渉にあたっていただきたい」

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Q.プーチン大統領にはこうした思いは伝わっているのでしょうか

A.ソチでの会談でも総理は元島民が高齢化している現状や思いをプーチン大統領に伝えたと言います。
元島民の高齢化が進む中で、故郷に帰りたいという彼らの願いが実現していないことは人道問題です。今後の交渉の中で、領土がどちらに属するかという主権の問題の解決を急ぐことが必要です。それと並行して元島民が自分の故郷の島を訪れたり、墓参をしたりする枠組みをもっと広げて、元島民が自由に自分の故郷を訪れることができるよう、首脳の間で人道問題として早急に話しあってほしいです。

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