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「導入できる? デジタル教科書」(くらし☆解説)

西川 龍一  解説委員

タブレットなどで使う「デジタル教科書」について、文部科学省は、4年後の2020年から全国の小中学校と高校で導入する方針を正式に示しました。

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▽デジタル教科書とは
紙の教科書の内容をデジタル化して、タブレットやパソコンなどの端末で使えるようにする、紙でできていた本がデジタル化で電子書籍になったのと同じようなものと考えればわかりやすいと思います。
中には電子黒板と連動して小テストを反復して行ったり、ネットにつないで調べ学習をしたりと、いろんな工夫をして利用している学校もあります。
紙の教科書とは違う、メリットも期待されています。文字や写真だけでなく、音声や動画が利用できることです。英語の教科書であれば、載せられている文章を英語を母国語としている人の音読で聞く。理科なら、実験の様子を映像で確認できる。算数なら、立体図形の展開図をアニメーションで見ることができるなど、様々な教科での活用が期待されていました。
でも、今の制度では、教科書にはできないんです。

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▽なぜ教科書にできないのか
教科書は、教育内容が学習できることを保障するものでなければなりません。このため、「授業で必ず使う義務がある」「無償で配布される」「文部科学省の教科書検定に合格している必要」さらに「法律で、紙の本であることが決められている」ということもあります。現状では、こうした要件を満たしていないと教科書とは認められませんから、デジタル教科書は正式な教科書ではないということです。

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▽でも紙の教科書と内容は同じ
確かに事実上使われているわけですから不合理です。そこで文部科学省は、専門家による会議を設けて去年からデジタル教科書の導入についての議論を進めていました。そして先月開かれた会議で、まもなくまとまる中間報告の中で、デジタル教科書を2020年度から全国の小中学校と高校で正式に導入することを打ち出す方針を示したんです。来年度にも法律を改正して教科書として位置づけることにしています。

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▽教科書が紙からタブレットになるのか
すべてがそうなるわけではありません。当面は紙の教科書は紙の教科書で残ります。一方で、デジタル教科書も教科書として認めることで、デジタルだけを使う授業も認められるようになるということです。専門家会議で、紙には紙のメリットがあることも強調されました。紙の教科書がなくなるというわけではありません。

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実は会議での議論を通して、デジタル教科書のメリットが、デジタル教科書が教科書として認められることの障壁となることもわかってきました。
1つは、著作権などの権利処理の問題です。動画などを取り込めば、これまでにない膨大な量の権利処理を行う必要があります。作家の中には自分の作品を電子書籍化することを認めないという人もいますから、これも新たに問題になるかもしれません。
さらに、教科書となれば、含まれる音声や動画もすべて検定の対象になります。検定作業が間に合うのか、そもそも検定に馴染むのかという意見もあります。

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そこで折衷案として出てきたのが、紙の教科書の内容をデジタル化した部分だけをデジタル教科書として認め、付随する音声や動画などは従来の副教材扱いとするという意見です。当面はこの方式で行くことになりそうですが、これでは同じタブレットの中に、教科書とその他の教材が混在するというちぐはぐな状態になってしまいます。
もっとも、使う側の子どもたちからすれば、そうしたいわば法律上の不都合は、あまり問題ではないかもしれません。それ以上に、教科書制度の根幹に関わる問題もあります。
教科書は無償であるという点です。デジタル教科書は、端末がないと読むことができません。端末は安いものでも1台数万円かかります。専門家会議は、紙の教科書と同じように端末を無償で配布するのは「財政面などから困難」としています。端末はデジタル教科書を使う以外にも様々な用途があることも理由として挙げられています。そうなると、保護者が負担するのか。学校に配備されている端末を使うという意見もありますが、東京荒川区のように、独自予算ですべての小中学生向けにタブレット端末を導入している自治体がある一方で、一昨年度末の全国平均では、児童生徒6.4人に1台の端末しか整備されていないのが実情です。配備状況は、自治体によって大きな差があります。

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さらに、デジタル教科書の教育的効果については、実証するデータがあるわけではありません。その一方で、小学生の頃からタブレットなどの端末を日常的に使うことで視力の低下や睡眠障害といった健康面への影響を懸念する専門家もいます。文部科学省が去年、全国の小中学校の保護者を対象に行ったアンケート調査でも、デジタル教科書の導入に賛同すると応えた人が6割を超えた一方、「書く力や考える力などが充実するとは考えられない」とか「健康面への影響が大きい」などという声もありました。

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結局導入を検討すればするほど、課題は大きいことがわかってきたものの、学習指導要領の改定に合わせて、とにかくデジタル教科書の位置づけだけは決めたという印象です。6年前、IT企業などで作るデジタル教科書導入を推進する協議会ができた時には、「端末1つにすべての教科書が入る」と言ったことがうたい文句のように言われていましたが、現状ではとてもそうは行かないことが明らかになりました。中途半端な導入で、格差が広がるようなことがないよう、しっかりした解決策まで示す必要があります。

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