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「菜の花は神さまからの贈り物」(くらし☆解説)

後藤 千恵  解説委員

福島県南相馬市では今、菜の花を植えて農地を再生し、新たな活路を見出そうという動きが広がっています。
 
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舞台は福島県南相馬市です。東京電力福島第一原子力発電所の北にある町です。もともと農業が盛んな地域なのですが、震災や原発事故の影響、風評被害などもあって、今、厳しい状況におかれています。

そんな中で、農家や地域の人たちの期待を集めているのが菜の花、菜種の栽培なんです。大型連休中に「菜の花のお花見会」が開かれるというので行ってきました。

南相馬では今年、例年よりも早く、先月はじめから菜の花が咲き始めて中旬には満開になりました。お花見会を開いたのは「南相馬農地再生協議会」。耕作放棄地を増やさず、地域の活力を取り戻そうと取り組みを続けている住民の協議会です。農家の方や地域の人たちのほか、支援者など100人あまりが全国から集まり、田んぼなどから生まれ変わった4か所の菜の花畑を見て回りました。

今、市内全体で32ヘクタール。これからの3年で100ヘクタールくらいにまで増やしたいと意気込んでいます。

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菜の花に注目した大きな理由は、菜の花の特質です。菜の花には、他の植物に比べて、土壌の放射性セシウムを吸収しやすい性質があります。一方で菜種から絞った油にはセシウムは移行しません。チェルノブイリ原発事故が起きたウクライナでは、日本の専門家の協力で、放射能に汚染された農地を菜種の圃場に変えて農業再生につなげる取り組みが行われていました。農地再生協議会のメンバーは現地に視察に行って勇気づけられたそうです。油のしぼりかすなどは、他の用途に利用した上で、最終的には低レベル廃棄物として処分します。

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農地再生協議会の代表、杉内清繁さんです。杉内さんは、震災が起きた年の秋、田んぼに初めて菜種を植えました。菜種を絞った油を試験機関で測定したところ、放射性セシウムは検出されませんでした。将来を見通せず、農業再生につながる光を探し求めていた杉内さんにとって、菜種油は「神様からの贈り物」のように感じられたといいます。

商品名は、「油菜(ゆな)ちゃん」です。これは、地元の相馬農業高校の生徒さんが考えた名前です。油菜ちゃんは「菜の花の妖精」をイメージしているそうです。市販の大量生産された油とは違って、種に圧をかけて絞り出した、まさに手作りの油です。

風味を生かすため、熱を加えず、生のまま絞る方法を採用しています。手間や時間がかかる分、コストは高めにはなりますが、高い品質にこだわり続けているんです。

こちらのマヨネーズもやはり、相馬農業高校の生徒さんの協力で開発されたものです。保存料や添加物を使わない製品作りにこだわったので、開発は大変だったそうですが、去年、商品化されました。次は、油菜ちゃんを使ったドレッシングを新たに開発しているところだそうです。

さらに今、南相馬の方たちにとって希望の光となっているのが、こちらです。

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イギリスに本社がある世界的な自然派化粧品のメーカーが南相馬での取り組みに注目して、今年の3月、その菜種油を使った石鹸を売り出したんです。イギリス本社で作られた石鹸の生地に南相馬の菜種油を加えて作ります。

南相馬の菜種油を使った石鹸を使って、被災地の復興にも思いをつなげてほしいと、「つながるオモイ」という商品名がつけられました。
100g単位で量り売りされていまして、渋谷や原宿などのショップで人気を集めています。

去年、取れた菜種をもとに作ったので数量限定ではあるんですが、メーカーは、今年はさらに多くの石鹸を作って、いずれは海外のショップでも販売していきたいとしています。

南相馬の農業再生につながる動きになっていくのかどうか?菜種栽培を拡大していく後押しになると思います。ただ、南相馬の農業の将来がそれだけで明るくなるかといえば、それほど簡単ではないんです。

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こちらをご覧ください。南相馬市の農家数を5年ごとに調べたものです。もともと減る傾向にあったところに、震災が起きてガタンと減って、その前の半数近くになってしまいました。震災で多くの方々の命が奪われた上、地震や原発事故の影響、それに風評被害などで農業を続けられなくなった人たちが大勢いるんです。

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このうち、主に農業に従事している方々を年齢別にみますと、ご覧のように75歳以上の方がおよそ3割、60歳以上の方を合わせますと全体の8割以上に上っています。震災後、特に若い世代で農業から離れる割合が高く、一層、高齢化が進んだんです。

若い世代が魅力を感じる農業、そのためには何が必要なのか?
菜種の栽培も、高い収益をあげるには、ただ栽培するだけではなく、加工、流通、販売まで合わせた6次産業化の取組みなど新たな動きが必要になってきます。相馬農業高校が取り組もうとしているのはまさにそれなんです。

連休中に開かれた菜の花のお花見会。相馬農業高校の生徒さんや卒業生も来たんですが、その明るい笑顔が印象的でした。相馬農業高校ではもともと、地元に残りたい、大学は外へ出てもまた南相馬に戻って働きたいという人が多いそうなんです。菜種を中心にした6次産業化を進めて若い世代の働く場も増やし、地域の活性化にもつなげたいと意気込んでいました。

農地再生協議会も、菜種の栽培だけではなくて、色んな展開を視野に入れています。

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たとえば、JR常磐線の全線運転再開に向けて沿線を一面の菜の花畑で黄色く染めて、観光客を誘致していく。また、油のしぼりかすや葉や茎などを発酵させてメタンガスを発生させる「バイオガス発電」に取り組んで、地域の中でのエネルギーの循環を進めていくことも考えています。来年4月には、全国で菜の花の栽培に取り組んでいる団体がこの南相馬で「全国菜の花サミット」を開催することも決まりました。

南相馬市では近く、一部の地域に出ていた避難指示が解除される見通しです。5年ぶりのふるさとでどうやって農業を再生していくのか、大きな課題です。そこでも、菜の花を植える取組みは始まる予定で、さらに南相馬だけではなくて、周辺の自治体にもこうした動きが広がろうとしています。菜種の栽培が農地の再生、そして地域の再生につながる力となっていくように、これからも様々な形での支援やしかけ作りが必要になると思います。

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