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くらし☆解説 「『救急車を呼ぶ前に』~利用者の半数が"軽症"~」

山﨑 登  解説委員

私たちが急病になったり、急なケガをしたりしたときに頼りになるのが救急車ですが、このところ救急車を利用する人が増える傾向にあります。その一方で運ばれた人のほぼ半数が「軽症」で、全国の消防が救急車の適切な利用を呼びかけています。今日は救急車の利用について考えてみたいと思います。救急車を利用する人が増えているのですか?

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《山﨑》
全国で救急車を利用する人は毎年のように増えています。

平成25年は534万117人で前の年より9万人近く増え、過去最高となりました。 
このうち、生命の危険が強い重症が8.9%、生命の危険はないものの入院が必要な中等症が39.5%でした。最も多かったのが入院の必要がない軽症で全体の49.9%でした。救急車で運ばれた人の半数近い人が、帰るときには自分で歩くなどして帰ったことになります。
救急件数が増えるのに比例して救急車や救急隊員が増えているわけではありませんから、救急車が現場に到着するまでの時間が遅くなっています。平成25年は8.5分で、この10年ほどで2分以上遅くなりました。
現場近くの救急車が出動していて、やむなく遠い消防署から救急車が駆けつけるケースが増えていることが要因となっています。東京消防庁では午前中に消防署を出動した救急車が、次から次へと要請が入って夜の11時くらいまで消防署に戻れなかった例もありました。
重症の心疾患の場合、対応が1分遅れると救命率は8%から10%低くなるといわれますから到着の遅れは重大な問題です。

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《岩淵》このデータをみると、救急車を呼ばなくてすんだ人も多かったわけですか?

《山﨑》
確かにそうしたケースもありますが、注意しなくてはいけないことは、あくまでこれは運ばれた先の医療機関で診断された結果だということです。本人や家族が重い病気やケガだと思い込み、大慌てで救急車を呼んで医療機関に行ってみたら「軽症」だったというケースもあるわけです。 
東京消防庁が20歳以上の男女3000人に、救急車を呼んだ理由(複数回答)を聞いています。それによると、最も多かったのが「自分で歩ける状態ではなかった」が43.4%、次いで「命の危険があると思った」33%、「交通事故だったから」25.8%で、やむにやまれず救急車を利用した人が多くなっています。
注意して欲しいのは「夜間・休日で診察時間外だった」17.1%、「軽症や重症の判断がつかなかった」15.3、「どこの病院へ行けばいいかわからなかった」4.6%で、救急車を呼んだほうがいいかどうか判断できなかったり、医療機関の情報がなかったりする人が多いことです。

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《岩淵》軽症か重症の判断がつかないとかどこの病院へ行けばいいかわからないというのはよくわかりますね?

《山﨑》
そうした人たちのために、都市部を中心に救急の相談窓口を作っています。
東京消防庁では、平成19年から「救急相談センター」を24時間体制で開設していて、看護師が緊急性があるかどうかのアドバイスやその時点で診察が可能な病院の紹介などにあたっています。
たとえば20歳代の男性は職場で急に頭痛がし、物の見え方がおかしくなったとして、会社の同僚が相談の電話をかけました。看護師が詳しく症状などを聞き、緊急性が高いと判断して救急車が出動し、医療機関で脳梗塞と診断されました。
また生後10ヶ月の男の子の母親から、熱いミルクを太ももにこぼしてやけどをしたと相談がありました。症状を聞くと、水ぶくれはなく肌が赤くなっているということで、近くの皮膚科のある医療機関を3軒紹介しました。
《岩淵》症状によって適切な対応の仕方を教えてもえると安心ですね?

《山﨑》
東京消防庁の相談センターには、去年はおよそ33万件あまりの相談がありましたが、救急車が出動したのは5%ほどのおよそ1万8000件でした。看護師に相談してみると、救急車を呼ぶまでもない症状が30万件余りあったわけです。
こうした救急の相談窓口はまだあまり知られていないのが現状で、都市によって電話番号が違っています。総務省消防庁は電話番号を統一するなどの工夫をして、周知を図って欲しいと思います。

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《岩淵》本当に必要な人に救急車を使ってもらうために大事な取り組みですね?

《山﨑》
救急車を呼んだ理由の中には「病院へ連れて行ってくれる人がいなかった」4.3%、「救急車で行った方が優先的に診てくれると思った」2.5%、「交通手段がなかった」1.8%という答えもありました。 
東京で実際にあった例を2つ紹介します。20歳代の男性から「ドアに指を挟み爪がはがれた」と救急車の要請がありました。要請があれば駆けつけるのが原則ですから、救急車が駆けつけてみると、けがは爪の先がわずかにはがれただけで出血も止まっていました。救急隊員は軽症と判断し、近くの医療機関を紹介し自分で行くように促しました。
2つめは60歳代の女性からで、今日、病院に入院する予定で「タクシーで行くとお金がかかるので来て欲しい」と救急車の要請がありました。中には日にちと時間を指定して救急車の予約をしようとする人もいるということです。
こうした利用者に対して、消防はより緊急性の高い傷病者に出動することで、より多くの命を救うことができるとして、救急車の適切な利用を呼びかけています。

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《岩淵》今後も救急車を利用する人は増えていくのでしょうか?

《山﨑》
救急要請が増える大きな背景にあるのは社会の高齢化と核家族化の進行だとみられていますから、今後も増加するとみられています。全国で救急車を利用した人の半数以上が65歳以上の高齢者です。高齢者はケガや病気が悪化しやすい傾向がありますし、高齢者の一人暮らしや高齢者だけの世帯が増えています。  
こんな救急要請がありました。一人暮らしの高齢者が、夜中にトイレに行くために立ち上がろうとしてベッドから落ち自分で立ち上がれなくなり、119番通報しました。また一人暮らしの70歳代の女性は、夜中に眠れなくて、誰かに話しを聞いて欲しくて119番に電話しました。さらに若いお母さんが幼い子どもの病気やケガの対処の仕方がわからなくて、119番通報してくるケースもあります。かつてなら多くの家族が一緒に暮らしていたり、隣近所の支えで119番通報しなくてすんだかもしれません。
こうした問題に対応していくためには、消防と医療だけでなく福祉との連携を強めていく必要があると思います。

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《岩淵》救急車の利用の背景には社会の様々な問題がありそうですね?

《山﨑》
消防を長く取材していると、119番通報には社会のひずみが現れることがわかります。今後ますます救急件数は増えるとみられているだけに、社会全体で救急車の適切な利用を考えるとともに、救急要請から見えてくる社会の中で取り残された弱い立場の人たちの問題に目を向ける必要があると思います。

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