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アジアを読む 「モスクワ空港自爆テロ」2011年02月10日 (木)
石川 一洋 解説委員
モスクワの空の玄関口
ドモジェドボ空港で起きた自爆テロ
ロシアの捜査機関は
北コーカサスのイングーシ共和国出身の
20歳の若者が自爆テロの実行犯だと発表しました。
そして北コーカサスにイスラム国家の創設を目指す
テロ組織の指導者が犯行声明を発表しました。
「この作戦は私の命令によって実行した」
しかしテロは誰が何の目的で行ったのか
多くの謎が残されています。
メドベージェフ大統領
「事件が解明されたというのはまだ早い。捜査は継続中だ」
何故ロシア最大の空港の国際便の到着口が狙われたのか。
そして何故この時期にテロが起きたのか。
空港自爆テロの背景を探ります。
「モスクワ自爆テロ・事件の背景と残る謎」
ここから石川解説委員に聞きます。
吉井)石川さん、今回の事件はどこまで解明されたのでしょうか。
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石川)ロシアの捜査当局は、自爆テロの実行犯は、北コーカサスのイングーシ共和国出身の20歳の男と断定しました。ただこうしたテロを実行するのは勿論単独では出来ません。
自爆テロの場合、実行犯はテロ組織の最も末端で、テロを計画し、テロを主導した人間ではありません。捜査当局の調べでは男は強い麻薬を打たれ、判断力が無くされていた可能性があるとしています。また捜査当局では男が自ら爆弾のスィッチを押したのではなく、周囲で監視していた仲間が携帯電話を利用して、男の身に付けていた爆弾を爆発させた疑いもあるとの見方を示しています。爆弾には出来るだけ殺傷力を高めるために金属片が埋め込まれています。
吉井)それでは今回のテロは北コーカサスに拠点を持つテロと断定してよいのでしょうか。
石川)金属片を入れて殺傷力を高めるやり方など自爆テロの手法は北コーカサスのテロ組織に特徴的なやり方と言えます。しかし実行犯がイングーシの若者だとしても、どのような組織がテロを実行したのか、事件の全体像が未解明であるとメドベージェフ大統領も捜査機関に対して厳しく指摘しています。
メドベージェフ「事件の捜査が終わったと言うが解明されたとはとても言えない」「捜査を継続して行うべきだ」
(2月3日メドベージェフFSB長官らと会談)
吉井)どのような組織が今回のテロに関わっていると考えられますか。
石川)8日北コーカサスにイスラム国家創設を目的とする過激なテロ組織イマラト・カフカスの指導者ウマロフ容疑者が、組織のサイトに犯行声明を発表しました。
「1月24日のモスクワでの特殊作戦に関するウマロフ師の声明」(カフカス・センター)
ウマロフ容疑者「このテロは私の命令で実行した。今後もこうした作戦を続ける」
それより前の4日彼らのサイトにウマロフ容疑者のビデオ声明が掲載されました。そこでは空港の自爆テロについては直接の触れられてはいませんでしたが、ロシアに対して、今年は「血と涙の年」になるとして、自爆テロ攻撃を仕掛けると予告しています。
ウマロフ容疑者は、隣に座っている若者がこれからロシアに対する特殊作戦を実施に行くと告げています。
若者「無信者の国を破壊するためにこれから特殊作戦を行う」「無信者から我々の土地を開放する。これが私の最後の言葉だ」
この若者が今回のテロを実行したイングーシの若者に似ているとの報道もあり、捜査当局ではビデオと実行犯との関連を調べています。
吉井)ウマロフ容疑者は去年モスクワで起きた地下鉄連続爆破テロにも関与したと言われています。
石川)私には類似性よりも二つのテロの違いの方が気になります。
確かにどちらもイマラト・カフカスのウマロフ容疑者が犯行声明を出しています。
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去年の地下鉄での連続爆破テロはその前に北コーカサスで起きていたことと深く結びついていました。地下鉄テロ事件の前には既に二月にテロ組織イマラト・カフカスの指導者ドクウマロフ容疑者がロシアの中心部でのテロを予告していました。そしてテロが実行される前に北コーカサスのダゲスタン共和国などではロシアの治安機関による掃討作戦が繰り広げられ、テロ組織の指導者が殺害されていました。テロの実行犯はこうした殺された指導者の妻でした。テロはダゲスタンの武装勢力が実行したもので、ダゲスタン共和国での戦いがモスクワに波及したと言うのが去年の地下鉄爆破事件で、テロの実行者、背後関係なども早期に解明されました。
しかし今回の場合は、もっとも末端の爆弾を身に付けて自爆した若者の身元は、今度はイングーシ共和国と分かりました。またこの若者の姉と弟、そして知り合いの若者もテロに何らかの形で関わったとして逮捕されました。しかしいずれの若者もこれまで過激なイスラム原理主義組織あるいは武装グループに入っていた形跡は無いのです。イングーシ共和国についても去年からはむしろ情勢は安定化に向かっていました。
去年の地下鉄テロ事件と違って、今回の事件の場合、イングーシの若者グループと現地の武装グループとのつながりが見えてこない、ここが最大の謎となっています。武装闘争の経験もない若者グループでこのようなテロを実行できるのかどうか疑問です。北コーカサスの一般の若者にテロに走る思想が浸透していることを示していますが、過激なテロの思想に共感して、テロを実行したいと思うことと、実際にテロを、しかも行ったことも無い都市で実行することの間には、大きな差があります。
この差を埋める組織が何なのかが、まだ見えてこないのです。
吉井)そうしますとやはりイマラト・カフカスがテロを実行したと見てよいのでしょうか。
石川)その可能性が強いとは言えます。ただ北コーカサスのウマロフ容疑者らだけで行ったのか疑問は残ります。と言うのは北コーカサスのテロ組織では去年深刻な分裂が起きたからです。
北コーカサス全体にイスラム国家を樹立しようと言うウマロフ容疑者の方針に対して、主にチェチェンに拠点を置く武装勢力がむしろかつてのようにチェチェンの独立などそれぞれの民族共和国の独立など民族自決に重点を置くべきだとして反旗を翻したのです。
ウマロフ容疑者の影響力は低下していると言われています。
今回のテロについてはプーチン首相がいち早く「チェチェン共和国は関係ない」と断定していることもこうしたテロ組織内部の分裂が影響しているのかもしれません。
もしもイマラト・カフカスがイングーシの組織を使って今回のテロを実行したとしたら、モスクワでのテロを実行することによって北コーカサスでのイスラム過激派内部での主導権を握りたいとの思惑があったのかもしれません。
ただウマロフ容疑者は精神的な指導者で、実際にテロ行為を行ってきたのは各地の武装勢力です。今回、テロの実行犯グループと爆弾を製造し、テロを準備する能力を持つ武装勢力とのつながりが見えないことが謎となっています。
吉井)テロの狙いは何なのでしょうか。
石川)ウマロフ容疑者は地下鉄テロ事件でもそして今回の事件でも犯行声明を出していますが、興味深い違いがあります。地下鉄テロ事件の場合、具体的なロシア軍の特殊作戦に対する復讐をテロの理由として上げています。これに対して今回の場合、北コーカサスだけでなくアフガニスタン、パキスタン、中東などでのイスラム教徒への弾圧をテロの理由として上げていて、ロシア、アメリカ、ヨーロッパ、中国などを、イスラムを弾圧する敵として名指しで非難しています。
「どうして今、世界のイスラム教徒で真実のイスラムを求めるイスラム教徒が殺されている時は、世界は黙っているのに、我々がそれに対する答えとして無信者を殺せば非難されるのだ」
このように声明の内容が、北コーカサスから全世界的な戦いへと広がりを持っていることに注目しなければならないと思います。
吉井)それはテロにも反映されていますか。
石川)去年の地下鉄と言うのは主にロシア人が利用する交通機関でしたが、今回は明らかに外国人も標的とされました。ドモジェドボ空港の国際便の到着口が狙われました。ドモジェドボ空港は国内便の発着も多く行われており、もしも多数の人を殺傷することだけが目的でしたら、国内便の発着口の方が多くの人がいたでしょう。国際便の到着口を狙ったと言うことは、ロシア人だけでなく、ロシアを訪れる外国人にも犠牲者を出すことを狙ったものでしょう。事実爆発の一時間前には日本航空のモスクワ便が到着しており、乗客は僅かな差でテロに会うことを免れました。日本航空の便は予定よりも早く到着しており、予定通り到着していたら日本人がテロの犠牲になっていたかもしれません。日本人観光客を出迎えに来ていたロシア人ガイドが死亡しています。
今回のテロはロシアに投資を進める外国に警告を与えると言う目的もあったのでしょう。
もう一つはテロのタイミングです。テロはメドベージェフ大統領がダボス会議に出発する前日に行われました。ダボス会議にロシアの大統領が出席するのは初めてで、メドベージェフ大統領は外国の投資家にロシアの近代化への投資を呼び掛けることになっていました。
今回のテロはメドベージェフ大統領の意図に冷や水を浴びせかけた形となっています。
メドベージェフ大統領「この犯罪者たちは、さまざまな国の国民を狙い、ロシアを屈服させ、ロシアを防御に廻らせ、そしてロシア大統領がこの会議に出席できないように狙ったものだ。これこそが彼らの狙いだったのだ」(ダボス会議演説)
吉井)北コーカサスの他に今回のテロを実行できるような組織はあるのでしょうか。
石川)北コーカサス以外の組織が関係していないか、十分解明される必要があります。
一つは国際的なテロ組織との関連です。アフガニスタン、パキスタンなどでのテロとの関連が無いのかどうか、また去年フランスやドイツなどでテロの恐れがあるとの情報がもたらされ警戒が高まった時期がありました。そうした情報と今回のモスクワのテロが関係していないのかどうか。
今ロシアはアフガニスタンでのNATOやアメリカの作戦に協力を深めています。一つは陸上、そして空の物資輸送を認めていますし、さらにはロシアの情報将校が参加したアフガニスタンの麻薬工場を撲滅する作戦も行われました。
こうしたロシアとアメリカNATOの対テロ作戦緊密化に対して、国際テロ組織が攻撃した可能性がないのかどうか、ロシアの捜査機関がパキスタンの捜査機関に捜査協力を求めたという情報もあり、テロの背後関係の国際的な捜査も行われているでしょう。
もう一つは、ロシアの政治情勢です。ロシアは今年議会選挙、そして来年3月には大統領選挙が行われます。大統領選挙に向けてはプーチン首相の返り咲きを支持するグループとメドベージェフ大統領の再選を支持するグループに分かれ、さまざまな思惑が絡み、権力内部の軋みが大きくなりつつあります。
吉井)そうしたロシア権力内部の争いがこのテロをもたらした?
石川)私はそうした陰謀論を言っているわけではありません。
ロシアではクレムリンなど最高権力内部の軋みが深まった時に、テロなど様々な事件が起きています。今回の空港での自爆テロにしても、何故警戒が厳しくあるべきはずの空港で自爆テロを許したのか、何故事前に自爆テロの情報を察知できなかったのか、権力内部の軋みが治安機関などの緩みを招き、結果的にテロを防ぐことができなかった可能性はないのか、あるいはテロを防ごうとしなかった勢力はないのか、そうしたロシアの政治的な要素も考慮しなければならないと思います。
どのような組織が背後にいるにせよ、今回のテロはロシアだけでなく、外国人の犠牲も狙ったことは明らかです。昨年からロシアにおけるテロは北コーカサスを越えてロシアに向かっている傾向もあり、ロシアの政情不安もあって、再びテロの恐怖がロシアを覆いつつあると言えるでしょう。
