2009年10月27日 (火)アジアを読む 「EU報告書発表・グルジア・ロシア紛争の行方」
(VTR)
去年8月、グルジアからの分離独立を求める
南オセチアをめぐり、軍事衝突したグルジアとロシア。
その後、ロシアの南オセチアの独立を一方的に承認し、
世界に大きな衝撃が走りました。
停戦に大きな役割を果たしたのはEU・ヨーロッパ連合でした。
そしてEUは軍事衝突の起きた原因を探るための独立の委員会を設立、
一年近い調査を続け、先月、その結果が発表されました。
1000ページ余りの報告書、
去年8月の軍事衝突がどのように起きたのか、明らかにされています。
グルジアとロシアのどちらに責任があるのか
EUによる報告書を通して、どちらに責任があるのか。
EUによる報告書を通して、武力衝突の実態を見ていきます。
「EU報告書発表・グルジア・ロシア紛争の行方」
ここからは石川解説委員とともにお伝えします。
Q:EUはそもそも何のためにこの委員会を作り、そしてその性格はどのようなものなのですか。
A:グルジア戦争につきましては、ロシア側はグルジア軍の南オセチアに対する総攻撃に対する防衛だとしているのに対して、グルジア側はロシア軍が先に南オセチア領内に入ってきたので、それに対する自衛攻撃だと主張し、紛争の原因について両者の主張は真っ向から対立してきました。
停戦を調停したEUでは事実を究明し、紛争の再発を防ぐとともに今後の平和構築に役立てるために、独立した事実究明委員会を去年12月、EU委員会の決定として設立することを決めました。軍事、国際法、歴史、政治など専門家チームがスイスの外交官でコーカサスとボスニアなどで平和構築のミッションの経験が深いタグリビアニ大使が委員長に任命されました。
EUとして軍事紛争の原因を究明するこうした独立委員会を設立したのは初めてのことです。そして目的としては事実の究明とともにグルジア、ロシア、南オセチアなど紛争の当事者の行動が国際法、人道や人権に関する法律などの観点で評価し、また戦争犯罪にあたるかどうかも判定するとしています。
Q:8月の軍事衝突の原因について報告書ではロシアとグルジアどちらにあるとしているのでしょうか。
A:直接的なきっかけはグルジアが8月7日の深夜に南オセチアの中心都市、チィヒンバリに総攻撃をかけたことだと指摘しています。
タグリアビニ委員長
「戦争が始まったきっかけは2008年8月7日夜、グルジアがツヒンバリを攻撃したことである。これは明らかに国際法に違反している。これに続いて起きたすべての出来事も国際法に違反すると見なしている」
グルジア側は、ロシア軍がそれ以前に南オセチアに侵攻して、攻撃はそれに対する防御だと主張していましたが、報告書ではそうした主張は根拠が無いと退けています。
タグリアビニ委員長も「攻撃を正当化しないようとグルジア政府が出してきた説明は、ツヒンバリを攻撃するための妥当な説明となっていない」と述べています。
とくにGRADと言われる多連装ロケットランチャーを一般市民も住むチィヒンバリの攻撃に用いたことは無差別攻撃にあたり、国際法に違反しているとして、厳しく非難しています。
Q:ロシア軍の攻撃は正当と認めているのでしょうか。
A:南オセチアには93年のロシアとグルジアなどの停戦協定に基づいてロシア軍が平和維持軍として駐留していました。この平和維持軍の駐留は国際条約に基づく正当なものだとしたうえで、グルジア軍の攻撃によりこのロシアの平和維持軍でも死者が出て、ロシア側には平和維持軍を守るための軍事行動の権利はあったとしています。
ただロシア軍は南オセチアを守るためにも軍隊を進行させたとしていますが、報告書では南オセチアはグルジアの一部であり、外国であるロシアが軍事介入することには論議があるとしています。さらにロシア軍は南オセチアの範囲を超えて、グルジアのトビリシ近郊まで侵攻したわけですが、報告書ではこれは自衛の範囲を大幅に超えて、国際法に明白に違反しているとロシアを非難しています。
Q:グルジア戦争の責任はどちらかといえばロシアよりもグルジアにあるということなのでしょうか。
A:直接の戦争開始のきっかけについてはそうかもしれませんが、紛争そのものをエスカレートさせ、軍事衝突にまで至った点ではロシアの責任も厳しく指摘しています。
ロシアは南オセチアの住民はロシア国籍を持っており、自国民の保護を軍事介入の理由の一つとしていましたが、報告書ではそもそも他国のグルジア領にある南オセチアの住民に組織的に、大量にロシアのパスポート国籍を与えたこと自体が問題だとしています。
タグリビアニ委員長も「グルジア政府の許可なく、グルジアの国民に大量のパスポートを供与したことは、それ自体グルジアの主権を侵害し、グルジアの内政への干渉と見なすことができる」と述べています。
Q:軍事紛争の責任は双方にあるとしているわけですが、この資料も合わせて千ページ余りという報告書の特徴は何でしょうか。
A:一つは調査委員会に歴史家が入っていることからも分かるように、グルジアとロシア、グルジアと南オセチア、アブハジアの関係を200年前のロシア帝国によるグルジア併合の時期にまで遡り紐解こうとしていることです。
今回の紛争というのはそうした長い歴史とともに、やはりソビエト連邦の末期から連邦崩壊、共和国の独立に至る中で起きた民族紛争に根があるわけです。
それぞれの民族での民族主義が目覚める、ところがグルジアではグルジア民族主義が一方ではソビエトからの独立を達成する、ところがそのグルジアの中にさらにアブハジアや、南オセチアのような少数民族の地域があり、そこも自立を目指す中で民族紛争が起きてしまう。
それに実はソビエト連邦末期の権力闘争も関係してくるのです。当時連邦のゴルバチョフ大統領と最大の共和国のロシア共和国のエリツィン大統領が対立していたわけですが、ロシアはバルト三国を含めて、連邦構成共和国へ主権を移す、つまりソビエト連邦を解体する方向でソビエト連邦から共和国に実権を移そうとした、その点でロシアとグルジアやほかの共和国は利益が一致していたわけです。これに対して連邦中央、つまりゴルバチョフ大統領の側はロシアやグルジアなど共和国内部にある自治共和国のアブハジアや南オセチアの権限を格上げし、つまり連邦を維持する中で自治共和国の権限を拡大し、こうした自治共和国の支持でソビエト連邦を維持しようとしたのです。
報告書ではこうした点も踏まえて、それぞれの連邦崩壊前後の民族主義が紛争の原因だと指摘するとともに、アブハジア、南オセチアに独立国として自立する権利があるかどうかについて国際法的な判断を示しています。
Q:それはどのような判断になったのでしょうか。
A:結論から言いますと、グルジアの同意なく一方的に独立する権利は無いということです。その根拠としてはヨーロッパにおける国境線の不変更を定めた1975年のヘルシンキ合意を上げています。
Q:紛争の原因についてだいたい網羅しているということですが、この報告書で触れられていない点はありますか。
A:アメリカの役割ですね。報告書ではアメリカがサーカシビリ政権に多大の軍事援助をして、多数のアメリカの軍事顧問団が紛争が起きた時にグルジアに駐留していたことは指摘されています。
ではアメリカはグルジアの軍事行動を事前に知っていて承認していたのかどうか、あるいはなぜそれを止めようとしなかったのかという点については報告書では書かれていません。
Q:報告書を読まれた感想はいかがですか。
A:去年のグルジア紛争について、中立の立場で紛争当事者を含めてできる限り多様な角度から調査して、事実を認定しようとした良心的な報告書だと思います。
グルジア戦争についてはさまざまな報道や報告がなされているわけですが、今後グルジア戦争について調査する研究者やジャーナリストにとっては、この報告書をまず読み込むことが必要となるでしょう。歴史的な経緯も資料も含めて書かれており、一級の資料集ともなっています。
この報告書で指摘しているのは、この紛争で勝利者はいないという点です。グルジアもロシアもそして南オセチアやアブハジアも得るものよりも失ったものの方が多かった。さらに国際社会も紛争を未然に防げなかったという点で敗者の一人だと指摘しています。
EUにこれだけの調査を行い、報告書にまとめる力と意欲があるのであれば、なぜもっと早く紛争解決に国際社会が積極的に乗り出すことができなかったのか、悔やまれる点でしょう。 ロシアが南オセチアとアブハジアの独立を承認したわけですが、旧ソビエト諸国でさえもロシアに続いて独立を承認する国は無いわけです。
このままでは南北に分断されたキプロスと同じように、分断した状況が固定化する恐れも強まっています。
非常に良心的な報告書だけに、なぜもう少し早く国際社会の関心がこの紛争に払われなかったのか、悔やまれてなりません。
投稿者:石川 一洋 | 投稿時間:18:23
