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ピックアップ@アジア 「イラク映画・バビロンの陽光」2011年06月30日 (木)
出川 展恒 解説委員
【冒頭映像】
イラクのフセイン政権による大量虐殺の悲劇を描いた映画「バビロンの陽光」が、
今、静かに注目されています。
時は2003年春、フセイン政権崩壊を受けて、
12年前、行方不明になった父親を捜す旅に出た少年と年老いた祖母の物語です。
(少年)
「おばあちゃん、ひとりにしないで」。
ヒッチハイクとバスを乗り継ぎ、砂漠の中を進むこと900キロ。
2人は、偶然出会った人々の助けを借りながら、
イラク南部にたどり着き、わずかな手がかりを頼りに、
まだ見ぬ父、そして、愛しい息子を必死に捜し回ります。
(少年)
「お父さん、どこ」。
はたして、2人を待ち受ける運命は。
(ダラジー監督)
「イラクで映画を撮ることが、イラクという国の存在証明となるのです」。
混乱が続くイラクでの撮影を敢行したダラジー監督のインタビューも交えて、
この映画に込められたメッセージと、イラクが抱える重い課題について考えます。
『イラク 終わりなき悲劇 映画・バビロンの陽光』
(吉井歌奈子 キャスター)
「ピックアップ@アジア」、きょうは、出川展恒解説委員です。
Q1:
この映画は、イラク戦争でフセイン政権が崩壊した直後から
始まっているということですが、どんな物語ですか。
(出川展恒 解説委員)
A1:
はい。2003年春、フセイン政権が消滅し、
アメリカ軍の占領が始まったところから、この物語も始まります。
主人公のアハメド少年は、イラク北部に暮らす少数民族のクルド人で12歳。
父親の顔は覚えていません。
片言のアラビア語を話せるアハメドは、
クルド語しか話せない祖母の案内役を務め、父親探しの旅に出ます。
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やっとの思いで、
父親が拘留されていた刑務所にたどり着いたものの、父の姿はありません。
「近くで集団墓地が見つかったから、そこに行くといい」と
追い返されてしまいます。
まだ見ぬ父、そして、愛しい息子を捜す苛酷な旅が続きます。
(吉井)
Q2:
フセイン政権による大量虐殺は、どういう背景で行われたのでしょうか。
(出川)
A2:
「集団墓地」の存在が、大量虐殺の歴史を物語ります。
24年におよんだフセイン元大統領の独裁政権は、恐怖による統治でした。
服従しない者に対しては、情け容赦ない弾圧を加え、
本人、家族はもとより、一族、あるいは、その地域の住民をまるごと殺し、
集団墓地に埋めて、闇に葬っていたのです。
とくに、少数民族のクルド人は、イスラム教シーア派の住民とともに
徹底的な弾圧の対象となりました。
1980年代後半には、化学兵器によるクルド人大量虐殺も起きています。
アメリカ軍によって逮捕されたフセイン元大統領は、
イラク特別法廷の裁判で、大量殺害の罪で死刑判決を受け、
2006年暮れ、処刑されました。
(吉井)
Q3:
出川さんは、イラク戦争やフセイン元大統領の裁判を、現地で取材していますが、
この映画を見た感想は。
(出川)
A3:
想像を絶する規模の大量虐殺と、その標的とされた人々の、
世代を越えた苦しみをリアルに描いています。
映画自体は、フィクションですが、ここで描かれているような出来事が、
フセイン政権時代、日常的に繰り広げられていました。
【映画】
映画の中のワンシーン、少年と祖母が、集団墓地で、父親の遺骨を探す場面です。
実は、こうした集団墓地が、フセイン政権の崩壊後、
イラク各地で、300カ所も発見され、
何十万人もの白骨化した遺体が掘り出されています。
私も、2003年、イラク南部の集団墓地で、
行方不明の肉親を必死に捜す人たちを取材しましたので、本当に身につまされました。
【ニュース映像】
こちらは、映画の舞台ともなったバビロンで、
実際に発見された集団墓地を撮影したニュース映像です。
殺害から20年も経ちますと、身元確認のできる遺体は限られます。
肉親を発見できれば、悲しみのどん底に突き落とされ、
発見できなければ、終わるあてのない旅が続きます。
イラクの人々の多くが、家族や親戚、友人の中に、
こうした虐殺の犠牲者を抱えています。
主人公の少年と祖母のやりとりを通し、
とてつもない悲劇の本質を描き出していると思いました。
(吉井)
Q4:
この作品をつくった監督は、どういう人物ですか。
(出川)
A4:
モハメド・ダラジー監督は、
イラクのバグダッド生まれの33歳、アラブ人です。
フセイン政権発足の1年前に生まれた若い映画監督です。
バグダッドで美術を学んだ後、オランダで、映画やテレビ制作を学び、
さらにイギリスで撮影と演出の修士号を得ました。
そして、2003年、フセイン政権崩壊後、イラクに帰国し、
初監督をした『夢 (Ahlaam)』という作品が
数々の国際的な賞を受賞しました。
監督第2作となる『バビロンの陽光』は、
2008年から2009年にかけて、イラク国内で撮影・制作されました。
ベルリン国際映画祭で2つの賞を受賞したほか、
アメリカ・アカデミー賞の外国語映画賞にもノミネートされています。
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(吉井)
Q5:
ダラジー監督は、どういういきさつで、
「バビロンの陽光」という作品をつくったのですか。
(出川)
A5:
ダラジー監督は、最初の作品に取り組んでいた時、バグダッド南方のバビロンで、
集団墓地が発見されたというニュースを聞いたのがきっかけだった。
イラクの誰もが経験しうる悲劇だと思い当たり、映画づくりを決めたと話しています。
インタビューをお聞きください。
【モハメド・ダラジー監督】
「アラブ人とクルド人の2つの民族の存在が、
イラクの多くの問題の原因となっています。
クルド人の母親が息子を捜すという設定が重要でした。
当時、民族・宗派間の抗争が猛威をふるい、
イラクの一体感が失われていたからです。
至る所で人々が殺し合う状況を、何とかしなければならないと考えました」。
(出川)
つまり、フセイン政権崩壊後のイラクで、
異なる民族、宗派間で殺し合いが起きている現実に胸を痛め、
これを何とか終わらせなければならないと考えたのが、出発点だったということです。
(吉井)
Q6:
この映画の制作にあたっては、どんな苦労があったのですか。
(出川)
A6:
この映画は、少年と祖母のやりとりを丹念に描くことで成り立っていますから、
誰を役者として起用するかが、極めて重要です。
ダラジー監督は、プロではない役者を登用します。
長年行方不明になっている息子を探し歩く祖母の役は、
そうした経験を実際に持つ女性を、半年もかけて、探し当てたということです。
抜擢されたシャーザードさんは、フセイン政権時代、政治的な理由で迫害され、
夫と子ども、そして、兄を失っています。
彼女自身、20年間も、行方不明の夫を捜し回る経験をしていまして、
それが迫真の演技につながっています。
撮影していて、映画なのか、現実なのか、
わからなくなることもあったということです。
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アハメド役の少年も、監督が偶然見つけた子どもですが、
素人とは思えない見事な演技でした。
(吉井)
Q7:
治安が悪いイラクでの撮影はたいへんだったのでしょうね。
(出川)
A7:
本当に大変だったようです。
ダラジー監督は、前作の撮影中、武装勢力に2度も誘拐されています。
ですから、テロが相次ぐ中、
「スタッフの安全確保には非常に神経を使った。
イラク国内の7つの都市を移動し、軍や警察に守られながらの撮影だった。
資金や機材、スタッフの確保にも、たいへん苦労した」
と語っています。
それでも、イラク国内で撮影をやり遂げることは、
絶対に譲れなかったと強調しています。
【モハメド・ダラジー監督】
「イラクの映画産業は、1991年の湾岸戦争の時に失われたままです。
イラク映画の復活が絶対に必要だと考えました。
イラクで映画を撮ることが、イラクという国の存在証明となります」。
(吉井)
Q8:
監督のメッセージは、どんなところに表れていると思いますか。
(出川)
A8:
詳しくはお話ししませんが、
殺し合いを経験したイラク人どうしの和解やゆるし、
国民融和への願いが、いくつかの場面で印象的に描かれています。
たとえば、集団墓地に座り込む祖母に向かって、見知らぬ1人の女性が話しかけます。
クルド人とアラブ人、言葉は通じませんが、
ともに、行方不明の肉親を捜す悲しみを理解し合います。
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また、長い旅の道中、助けの手をさしのべてきた元兵士の男、ムーサ。
実は、クルド人の虐殺に加担した過去が判明し、祖母は激しく拒絶します。
しかし、別れの場面で、
「あなたは、じゅうぶん助けてくれた。だから許します」
と穏やかに語りかけます。
(吉井)
Q9:
イラクの現状に照らして、この映画をどう見ますか。
(出川)
A9:
イラクでは、宗派抗争の嵐が吹き荒れ、
「内戦状態」と言われていた4~5年前と比べますと、治安は大幅に改善しました。
しかし、まだまだ安定からはほど遠く、とくに政治の混乱ぶりは深刻です。
去年、総選挙を経て、第2次マリキ政権が発足しましたが、
異なる政治勢力の主導権争いによって、まともに機能しておらず、
国民の安全や暮らしを守れる状態ではありません。
また、フセイン政権時代に虐殺された人々の集団墓地が、
新たに、いくつも見つかっています。
ダラジー監督は、この作品の完成を機に、
身元確認を促進するキャンペーンを始めました。
癒えることのない歴史の傷痕に、あえて光をあてることから、
新しい国づくりに向かう人々の一体感をとり戻してゆきたい。
この作品に込められたメッセージは、失意や絶望ではなく、
あくまで、イラクの将来に向けた、願いや希望にあるのだと思います。
(吉井)
「ピックアップ@アジア」、きょうは、出川解説委員に聞きました。
きょうご紹介した、映画「バビロンの陽光」は、全国で順次公開中です。
