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ピックアップ@アジア 「中国広東省_ ある村の"民主革命"」2012年02月21日 (火)
加藤 青延 解説委員
(冒頭V)
中国南部にある広東省。その烏坎村(うかんそん)では、去年、村人たちが、汚職にまみれた村の幹部を追い出して、自治組織を結成。村を取り囲んだ警察部隊とにらみあうなど、3ヶ月にわたり緊迫した事態が続きました。
【抗議人たちの声】
「汚職を許すな!」
ところが、村を管轄する広東省当局は、去年暮れ、当初の強硬姿勢から一転して村民たちの要求を受け入れ、今月には、村の代表およそ100人を直接選ぶ選挙まで認めたのです。【村人の声】
「こういう選挙なら公平だと思います」。
村人たちが決死の覚悟で勝ち取った自由な選挙。その勇気ある行動が、中国全体の民主化のさきがけになるのではないか。中国共産党の一党支配に、一石を投じたこの動きを通して、中国の政治体制改革の行方を展望します。
「中国広東省_ ある村の“民主革命”」
(吉井キャスターQ1)
まるでいわゆる「民主革命」が起きた感じすらする烏坎村ですが、この村は、地理的に中国の一体、どこにあるのでしょうか。
(加藤A1)
そうですね。烏坎村という字もちょっと読み方が難しいのですが、その烏坎村のある場所は、
中国南部、広東省の海沿いのこのあたり。
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経済的に発展している香港や珠江デルタからは、ちょっと東側に離れている、漁民も多い、人口およそ1万3000人の農村です。
行政組織で言いますと、一番上は広東省。その下に、汕尾市という大きな市があり、さらにその下に陸豊市という小さな市があって、更にその下に烏坎村があります。本当に末端の行政単位です。
(吉井Q2)
その烏坎村で起きた村人たちの抗議デモ。何がその発端になったのでしょうか。
(加藤A2)
発端となったのは、去年まで、この村のトップとして40年以上もその地位に居座り続けていた村の書記の権力乱用でした。村人たちの訴えによりますと、この村の幹部らは、特権を乱用して、
【V:問題の土地→抗議デモ9月】
村の土地およそ600ヘクタールの4分の3にあたる、467ヘクタールを不正に売却しすずめの涙のようなわずかな補償金で、村人たちの農地を取り上げようとしたのです。
これに怒った村人たちは、去年9月、まず、村を管轄するひとつ上の機関、陸豊市の政府に抗議デモを行ったのがきっかけでした。
(吉井Q3)
村人たちの抗議はすんなりと受け入れられたのでしょうか。
(加藤A3)
残念ながら、そうはなりませんでした。村の上部機関にあたる陸豊市は、当初、人々の訴えをまともに取り合わず、怒った住民たちは、烏坎村の役場や派出所を襲撃し、パトカーを破壊。警察の機動隊と激しく衝突しました。
【死亡男性(写真)】
このとき逮捕されたリーダーの一人が、取調べ中に死亡したことが、事態をさらに悪化させたのです。あわてた当局は、烏坎村を支配してきた村の書記ら幹部を解任しましたが、村人たちの怒りは収まりませんでした。
【V:住民の声】
「当局の発表はうそにうそを重ねたものだ 誰も信じていないよ」
(吉井Q4)
村人たちは、どのような抵抗をしたのでしょうか。
(加藤A4)
村人たちの抗議運動は、その後もいろいろな形で続きました。
【V:村の閉鎖と警備】
12月に入ると、当局側は、村への出入りを禁止し、水道や電気、ガス、食料などの供給を停止して村を兵糧攻めにしたのです。
【V:村人電話ON→村閉鎖】
「政府が村に入る道を鉄条網などでふさいでしまった。村は封鎖されたのだ」。
これに対抗して村人側も、自分たちで、村の自治組織を結成し村はあたかも解放区のような状態になりました。12月11日当局は、朝早く、大量の警察部隊を村に突入させるというさらに強硬な手段に訴えましたが、抵抗する村人達に押し返されるという一幕もありました。
そうした中、当局側は、死亡したリーダーの死因は心臓病によるものだと発表しました。しかし、遺族が見た遺体は、とても病死したものとはいえませんでした。
【V:遺族女性ON→デモ行進】
「顔は紫色で、親指は傷められ、足はむくんで青あざだらけだった」
当局は、病死だといっているが、本当は、取り調べで拷問を行い、殺害したのではないか。当局の発表に、村の人々の怒りが爆発し、村人の半数にあたる6000人がデモ行進して当局側に、▼拘束されている村人の釈放や▼死亡したリーダーの遺体の返還。そして▼自治組織の合法性を認めることを求めたのです。
(吉井Q5)
そのような要求は認められたのでしょうか。
(加藤A5)
中国では、土地収用をめぐる農村の抗議デモが、年間数万件もおきているといわれています。その大多数は、力で押さえ込まれてきたのですが、今回は違いました。村人たちと最後に交渉した最も上の地方行政機関、広東省の副書記は、当局側のこれまでの対応がまずかったことをあっさりと認め、村人たちの要求を呑んでしまったのです。
まず、非合法な自治組織を率いてきた林祖恋氏を、そのまま村のトップ、共産党書記として認めました。
【V:選挙風景】
さらに100人あまりの議員を抱える村の議会選挙について、村人達による自由な直接選挙の実施を認め、今月その投票と、開票作業が行われたのです。
【V:村民(2人)の声】
「初めての公平な選挙なので重要です」
「こういう選挙なら、公平だと思います」
(吉井Q6)
そうした中国共産党の対応は、かなり異例といえるのでしょうか。
(加藤A6)
異例中の異例でしょう。いくら、村の元幹部が汚職腐敗にまみれていたとしても、抗議活動の中心となった非合法組織を合法だと認め、しかもそのリーダーを、村のトップ、共産党の書記にしてしまうことなど、それまでは、考えられないことでした。
(吉井Q7)
どうして、これまで強行だった中国共産党が、そこまで住民に妥協できたのでしょうか。
(加藤A7)
中国では、これまで経済の改革は、熱心に行われてきましたが、政治体制改革は、ほとんど進まなかった。おざなりにされてきたのです。しかし、政治に自分たちの意見を反映できないことへの不満と、民主主義への願望が、13億の人々の間にじわじわと広がり、このままではとても押さえ込めない状態に近づきつつありました。
【V:抗議集会(ネットに掲載された映像)】
今回、烏坎村の人たちは、自分たちが置かれている状況を、インターネットや携帯電話で中国全土に発信していました。当局がいくら村を兵糧攻めにしても、もはや隠しおおせる状況にはなかったのです。烏坎村の出来事は、草の根民主主義の勝利とも言える初めてのケースだけに、その成り行きは、中国全土から注目されました。
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今回の事件がおきた烏坎村が、改革開放政策ゆかりの地広東省にあったということも、プラスに働いたのではないかと思います。
広東省のトップは、胡錦涛国家主席につながる共産主義青年団系列の汪洋書記。汪洋書記は、政治体制改革に前向きな温家宝首相とのつながりも深く、中国の政治体制改革のモデルケースとして、以前から新たな取り組みが求められていました。
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温家宝首相は、今月はじめ、広東省を視察に訪れた際に、「かならず、農民の選挙の権利保障しなければならない。断固として、村民の自治と、村の議会の直接選挙を行わなければならない」と烏坎村の変革を強く支持する姿勢を打ち出しました。
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烏坎村のケースは、汪洋書記による下からの改革、「烏坎モデル」として、注目されつつあります。これは、政治的なライバルで、重慶市のトップ、薄煕来書記が進めてきた「革命の歌を歌って、暴力団を取り締まる」という上からの保守宣伝で政治を動かそうという「重慶モデル」とは一線を画した、新たな政治モデルとして評価されつつあります。
ことし秋の党大会をにらんで、薄熙来氏と最高指導部入りを競い合う、汪洋氏にとっては、政治的な実績作りという側面もあったかも知れません。
(吉井Q8)
烏坎村のような政治改革は、中国全土に広がるのでしょうか。
(加藤A8)
実は、烏坎村の一連の出来事があって、中国各地で、烏坎村に続けという動きが出始めました。しかし中国当局は、そうした動きが中国全土に一気に燃え広がることは強く警戒しているようです。烏坎村の事件は、国内マスメディアの扱いは総じて地味でインターネットでは烏坎村について書き込んでもすぐ削除されるケースが出ているようです。
【V:中国の農作業(資料)】
ただ、小さな村の新たな試みが、やがては中国全体を覆い尽くこともあるのです。たとえば、かつての人民公社による集団農業から、農民の個人経営による農業生産請負制へと大きく変わった発端は、死をも覚悟して掟破りを実行した、安徽省の小さな村が出発点でした。
(スタジオ)
温家宝首相は、来月全人代で発表する中国の重要政策方針、政治活動報告の中に、農村の自治と、直接選挙の重要性を盛り込む意向だという話しも伝えられています。
烏坎村の事件を平和的にひとまずうまく処理できた広東省のトップ汪洋氏が、今年秋の中国共産党大会で、最高指導部、政治局常務委員に上り詰める可能性も高まったと言えます。そうなれば、中国の民主化はさらに進むかもしれない。中国の人々は、烏坎村の出来事が、中国の政治体制改革の出発点になることを何より強く望んでいるのではないかと思います。
