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視点・論点「シリーズ国民皆保険50年(5) 患者本位の視点で」2011年07月08日 (金)
元中医協委員 勝村久司
国民皆保険制度が始まってから50年。「だれでも」「いつでも」「どこでも」の医療サービスが崩れてきています。
このような状況を作り出してきた根本的な原因は何でしょうか?
それは、患者の視点が欠如していたことです。患者本位で、医療を形作る医療保険制度のあり方を考えてこなかったことだと言えます。
そのことは、これまで患者に対して医療保険やひいては医療に関する一切の情報を与えてこなかったということからも明らかです。
医療保険制度は、健康保険証を提示することで、かかった医療費の大半を、患者すなわち被保険者が加入する健康保険組合などの保険者が支払うシステムです。そのために、医療機関は、健康保険証を元に、患者が加入している保険者に対して、医療費の請求書を送ります。これがレセプト(診療報酬明細書)です。
国は、法的根拠がないにもかかわらず、皆保険制度が始まってから一貫して、このレセプトを患者本人には見せないように指導し、保険者も、その指導通りに患者本人に見せないようにしてきました。つまり、患者は、どのような内容で医療費が請求され支払っているかを知ることができなかったのです。
医療事故の被害者や遺族らによる長年の市民運動によって、1997年の6月になって、ようやく、当時の厚生省は、患者や遺族から請求があればレセプトを開示するように方針を転換しました。
長年レセプトが開示されなかった理由は、「告知の問題」でした。癌や精神疾患の場合などでは、患者本人に本当の病名を言わない方がよい、という考え方によって、あらゆる医療に関する情報を患者である被保険者に伝えないことが当たり前になっていたのです。 しかし、現代では、癌であっても病名や病状を伝えることで、治療法を選択したり、セカンドオピニオンを受けたりすることが当たり前になっています。精神医療においても、患者自身が、病気の状況をしっかり理解して、医療者と共に治療していくことが標準となりつつあります。保険者は被保険者である患者に積極的にレセプトの情報を開示していくべきです。告知が当然となることで、医療機関も患者に対する告知の方法を研鑽していくきっかけにもなります。
医療費の明細の内容が患者に伝えられることで、患者は、自ら受けた医療に関するより多くの情報にアクセスするきっかけを得ると共に、医療保険制度のあり方に関心を持つため情報も得ることになります。
皆保険制度に関するそれぞれの医療費の単価は診療報酬と呼ばれ、基本的に全国一律のルールに基づく公定価格になっています。この診療報酬を決めているところが厚生労働省の中央社会保険医療協議会、一般に「中医協」と呼ばれているところです。そこでは、初診料や再診料の値段から、個々の薬や検査、手術の値段、さらに、それぞれの病院の看護師の配置に合わせた報酬の支払額など、公的医療保険で支払われる全ての医療費の単価が決められています。
医療費の単価を決めることは、医療の価値観を決めることでもあります。それは、患者に対してどのような医療が施されるか、や、そもそもどのような医療提供体制が築かれるかということに、大きな影響を与えます。
例えば、平日昼間に慢性疾患の患者に応対する医療よりも、休日や夜間の救急医療の方が高い価値があると国民が感じていても、診療報酬でそのような価値観に合った報酬が付けられていなければ、医師や病院は、激務の救急医療よりも、慢性疾患の治療にシフトしていくことになるでしょう。
また、成人病などの高齢者の慢性疾患には、介護や看護や生活習慣の指導などの方が、薬や検査や手術よりも価値が高い、と国民が感じていたとしても、診療報酬で、前者の価値が低く、後者の価値が高く設定されているとしたら、医療を提供する側は後者の方ばかりを優先する傾向になり、患者にとって不本意な医療が続くようなことも起こりえるわけです。
医療保険制度に関しては、これまでは単価などの中身の議論は封印され、総額の伸びなど外枠の議論に終始してきました。現在なされている議論も、総額の更なる伸びに備えて、消費税を上げるとか、保険適応の一部を保険から外していくなどが主なものとなっています。
しかし、大切なことは、中身の格差や歪みなのです。でこぼこの形のものを相似形で大きく拡大すれば、でこぼこの格差は、ますます大きくなるばかりです。
医療費の総額を増やしても、救急医療の価値を低く設定していれば、ますます、救急医療は形を失っていくでしょう。それは、これまでも医療費が拡大しましたが、救急医療は一貫して危機に瀕してきました。
また、医師の数を増やしても、医師達の多くが救急医療などに関心を持たず、勤務が楽で収入が多いとされている保険外の美容整形等を行う医師になる者ばかりが増えるのであれば、医療保険制度は維持できません。
したがって、外枠の総額のつじつま合わせの議論だけでは、医療保険制度は健全なものにはなり得ないのです。医療保険の診療報酬である単価を変えたりするような、医療制度の中身を変える仕掛けを患者のニーズや国民の価値観に合わせて、考えていくことが不可欠です。
このように、診療報酬の議論はとても重要であるににもかかわらず、国民は関心を持てずにきました。それは、国民に対して個々の単価が示されてこなかったからです。
私は、患者の代表として初めての中医協の委員になり、その中で一貫して、医療費の単価が記された明細書の情報提供を求めてきました。そして、昨年の春からは、医療機関の窓口での全患者への請求明細書の無料発行が実現しました。
患者の皆さんは、ぜひ、この明細書を大切に保管しておいて下さい。カルテやレセプトは数年の内に破棄されてしまう場合があり、薬害肝炎の被害者らは、手術の際に使われた血液製剤名を証明することができないという大きな社会問題も起こりましたが、自分や家族の明細書を保管しておけば、そのような問題も起こりません。明細書があれば、必要なときにカルテやレセプトを開示請求する場合にも役立ちますし、新たな医療機関にかかる際に前の医療機関でもらった明細書を見せることで、これまでの治療を説明しやすいというメリットもあります。
診療報酬の決定には、医療提供側の既得権益や医療関連企業の経済成長よりも、患者や国民のニーズが、より尊重されるべきです。近年の公害や薬害の問題、さらに原発事故の問題などからもわかるように、医療産業がより発展し、副作用がある薬や検査をより多く濃密に受ければ受けるほど患者が幸福になるとは限りません。このことは、医療以外の分野での、さまざまな社会問題の解決のために税金がどのように使われるべきかの費用対効果の視点と同じです。
患者本意の医療の確立を求めることは、患者側が医療者側と対立することでは決してありません。患者本位の医療が確立したら、それは、患者のために医療を提供したいと願っている、多くの医療関係者の利益とも一致するものです。
患者と医療者が共に情報を共有してそれぞれの患者に必要な医療をしていく時代がようやく到来しました。これに合わせて、医療保険制度に関しても、患者と、患者のための医療を願う医療関係者とが情報を共有し、共に、健全な価値観に沿った皆保険制度の形を作っていくための努力をしていく必要があると思います。
