2007年11月19日 (月)視点・論点 「限界集落 消えゆく前に」
長野大学教授 大野晃
65歳以上の高齢者が集落人口の半数を超え、冠婚葬祭をはじめ農業用水や生活道の維持管理などの社会的共同生活の維持が困難な状態に置かれている集落を、わたくしは限界集落と呼んでいます。
昨年、国土交通省が過疎法に指定されている755の過疎市町村の6万2271集落を対象に行った調査では、全国で限界集落が7878集落(12.6%)、消滅の恐れがある集落が2641集落(4.2%)あることが明らかになりました。
限界集落の世帯では、老人夫婦世帯と独居老人世帯が大半を占めており、こうした世帯の生活実態調査を、わたくしは21年間続けています。
ある老人は、「戦後の食糧増産に励み、子供を都会へ送り出し、気がついた時は農業、林業は低迷し、激しい労働で残ったものは、老人のシワと神経痛だけだ」と語っています。また、ある古老は、「山間部集落が一つ二つと消えていく。これは一種の癌のようだ。早く手当てをしないと取り返しがつかなくなる」とため息をついています。
こうした高齢者が暮らす限界集落を抱えている山村では、いま耕作放棄地の増大、林業不振による人工林の放置林化で「山」は荒廃の一途をたどっています。
何年も人の手が入らない杉林。日光が届かず下草も生えない地表面。野鳥のさえずりもなく、枯枝を踏む乾いた音以外に何も聞こえない「沈黙の林」。
これが病める現代山村のいつわらざる姿であり、<限界集落と沈黙の林>はその象徴です。
すみかを奪われた野鳥が姿を消し、荒廃し保水力を失った人工林は、水枯れの沢を生むだけでなく、時として鉄砲水をよび、これが水棲昆虫やエビ、カニ、川魚のすみかを奪っています。また、むき出しの表土が雨で河口に流され、沈澱堆積し磯枯れした死の海をつくり出しています。
保水力の低下した「山」は、渇水や鉄砲水による水害を発生させ、下流域の都市住民や漁業者の生産と生活に大きな障害を生んでいます。限界集落の問題は、いまや山村住民の問題にとどまらず、都市住民や漁業者が無視できない状況に立ち至っており、国民総意で考えていかなければならない問題になっています。
では、限界集落を抱えている山村の地域再生をどう考えたらよいのでしょうか。この問題を次の4点に絞って述べることにします。
第1は、山村自治体の地域再生には、集落の状態に応じた対応が必要だということです。現状の山村集落の動向をみますと、図に示されているように存続集落が準限界集落へ、準限界集落が限界集落へ、さらに限界集落が消滅集落へ移行しています。ですから、準限界集落の状態にあるときに存続集落へ再生していく手立てを講ずることが地域再生のポイントです。限界集落の状態にある集落を存続集落へ再生していくのは多くの困難が伴います。限界集落になってから対策を考える「後追い行政」ではなく、準限界集落の状態にあるときに存続集落へ再生していく対策を講ずるような予防行政の視点に立った対処が重要です。
では、限界集落への対処をどうしたらよいのでしょうか。限界集落で暮らしている高齢者の多くは、現在住んでいる所で暮したいと考えています。それは「山」で60年、70年暮らしてきた老人にとって「山」は自分の生活に溶け込んでいる存在であり、そこで暮らすことが最もストレスのない生活の場になっているからです。ですから老人が街へ降りなくても生鮮食料品の確保や年金が引き出せるような最低限度の生活、「ライフ・ミニマム」が維持できる施設を行政が設置し、豊かな老後を送れる手立てを考えるべきです。こうした施設があれば、団塊世代や山村暮らしに関心を寄せている若者にとっても山村に入り易くなることをつけ加えておきます。
第2は、流域共同管理の必要性です。山と川と海は自然生態系として有機的に結びついている総体的存在です。ですから、上流、中流、下流の流域社会圏の中で下流域住民が上流民の問題を自分たちの問題としてとらえ、上流への多面的支援を行いつつ流域住民が一体となって流域環境を共同で保全管理していくことが必要です。「山」を豊かにすることが、川や海を豊かにし、これが流域に暮らす人々の生活の豊かさにつながることを認識することが大切です。
第3は、草の根からの政策提起による地域再生の重要性です。21世紀は地方の草の根からの政策提起が国政を動かす時代です。京都府の綾部市は、全国に先がけ限界集落化した水源の里を市挙げて守っていくために「水源の里条例」を制定し、水源の里への全面支援に乗り出し、全国的に大きな反響を呼んでいます。綾部市にみる草の根の政策提起を全国の自治体が自分の問題として受けとめるとともにこの政策提起を国の施策に結実させていくことが日本の将来を展望する重要なカギです。
第4は、「人間と自然」の複眼的視点に立って地域再生の方向性を考えることです。都市機能を集約するコンパクトシティーの発想は、人間社会に焦点を当てた単眼的視点です。「人間と自然」がともに豊かになるような地域社会の実現を目指すこと、これが明日の日本を見つめる方向性であり、重要な視点です。
最後に、政策提起型の地域づくりについてふれておきます。これからの地域再生を考えるとき、アイデア提案型の地域づくりにとどまらず、自分たちの地域を自分たちの手で活性化していくため、住民自らが政策立案を行い、地域づくりの実践主体になるような政策提起型の地域づくりが重要になってきていることを指摘し、今日の話を閉じたいと思います。
投稿者:管理人 | 投稿時間:23:06
