2007年11月01日 (木)視点・論点 「文学談義」

現代詩作家 荒川洋治

11月3日は、文化の日。
文化といっても、多様であり、いろんな世界がありますが、文学作品の感想を語り合うことも、身近な文化のひとつです。
すぐれた文学作品は、想像と思考の力を育てます。
人の心を伝え、見えにくい現実を知らせます。
現実世界を生きる人間にとって、たいせつなものです。
「文学は実学である」と、ぼくは思いますが、いまは文学をだいじにしなくなりました。
本らしい本を読む人も少ない。人が集まると、何人かは文学談義をしたものですが、いまは見かけません。


学生のときでした。ある学生たちの雑誌は、現代文学論だけでなく、一休さんの漢詩を論じるなど質の高いものでした。
そこに所属する友人から届いた七円の官製はがきに、こんなことが書かれていました。
三十六年前の、大学生の文章です。「あなたと談合するのはたのしいことにちがいありません。
おひまなときに、自由な手紙をください。本の話でもしてみたいなとおもっています」。

「談合」とは、話し合う、語り合うという意味でしょうが、いまとは語感がちがうので、おどろきます。
こういういい方があったのですね。
彼とは会うたびに、本の話をしているはずなのに「本の話でも」とあります。
もっと話したい、話し足りないということなのでしょう。

いまは文学部の学生でも、文学の話はしません。うっとうしいらしく、たがいの内部にふれない、さらっとした話題を好みます。
それでも先日、講義のあと、学生がこんな質問をしてきました。
「あのう、何年か前、講義で聞いたのですが、なんとかという外国の作家が、近郊のいなかを、はじめて歩いて、詩でも小説でもない、とてもいいものを書いたと。
ずっと気になってて。誰の作品なのでしょうか」。う
わあ、めずらしい。文学談義ではないか。
途中で、ぼくはその作品が何かに気づきましたが、すぐには答えず学生の説明を聞きつづけました。
とても貴重なひとときですから。
それは、のちにノーベル文学賞をうけるスペインの作家カミロ・ホセ・セラが、若いときに書いた紀行小説『ラ・アルカリアへの旅』です。

マドリッドに住む青年が、そこからあまり遠くないアルカリア地方へでかけます。
十日間のひとり旅。夕方村に着き、次の朝、その村を発つ。
ひとつの村に、二泊はしない。
昔ながらの地域の自然と、農村の生活が詩情ゆたかにつづられます。
日本人の旅は、遠くへ行く。西欧の人たちは近くをしっかり歩く。
いいね、とぼくは学生に話しました。文学談義といってもこの程度なのですが、話している間は、何もかもが消えて、白い光につつまれる心地になります。
文学談義は、その場にいま話題にしている本がない、参照できないときのほうがむしろおもしろいものです。
階段を上がる途中でも、あることばをきっかけに、

そんな話になると、そのままの姿勢で話しこんだりもします。
本も何もないから、あて推量で進み、停止線が見えたところで、沈黙。
さほど大きなものには育たない。でも、そこに妙味があるのではとおもいます。

この間、ある店で友人と、作家・高見順のことを話していました。
向こうにいた、若い会社員らしき人が、それは「敗戦日記」ですね、と話しかけてきました。
そして彼は言います。「うろおぼえですが、高見順の小説で、上野の不忍池の弁天様か何かの裏に回ってみたら、面白いものが見えたか、誰かが何かをしていたか、そんなの、ありますね」と。
それは「都に夜のある如く」かなとぼくは答えました。
たまたまこの作家の作品はほとんど読んでいるものですから。
でも、あとでたしかめてみようと思いました。

文学談義は、「何か」とか「誰かが」とか「どこだったか」とか、そんなあいまいなことばを起点に、寄り道しながらゆっくりと進みます。
「知る、わかる、それで終わり」の時代に、それとはちがう、やわらかな空気がそこにはあります。
文学談義が登場する小説といえば明治時代に書かれた、国木田独歩の名作「巡査」でしょう。
独歩その人と思われる青年作家が、ふと知り合った巡査と、巡査の下宿で話をする。押入れから次々と、仕事や人生を詠んだ自分の詩を取りだす巡査。いいな、そのとおりですよと、その詩の心を楽しむ作家。二人のようすは、とても楽しいものです。  
   
この間、二つ年上の友人が、独歩の「山の力」っていう作品、いいですねと。
これまた文学談義ですから、はっきりとした説明がありません。
「いいなあ、あれはいいな。昔は、ああだったからなあ」と。
ぼくは「そうですかあ、ぼくも読みたいなあ」。
「山の力」は、子供たちが、鉄を吸い寄せる磁石石(じしゃくいし)を探しに、調べるための縫い針をもって、山に登る。なかなか見つからない。
それが磁石石でも、そこにいくつかあると磁力がはたらかないので区別できないのです。
子供たちは、いっぱい家に持ち帰って、ひとつひとつ石を調べます。
文学談義も、それとにているかもしれません。
あとで調べてわかるときよりも、それがそれだとわからないまま、石をひろう。
そのときのほうがよろこびにみたされるのかもしれません。
           
佐多稲子の短編「水」。いなかから出てきて東京で働く、少女。
いなかの母が危篤との知らせに、上野駅へ。
ホームにしゃがんだまま少女は、母を失うかなしさに、激しく泣きつづけます。
ホームの端に水道があり、誰かが閉め忘れたのか、水が出つづけている。
ふとそれを見た少女は、起き上がり、そこまで歩いていき、栓を閉める。
それからわれに返り、もとのところにもどって、また泣きつづけるのでした。
心に残る名編です。
水道の蛇口をみるとき、ふと「水」の少女が、「石」を見るとき「山の力」の子供たちのすがたが、というように普段の光景と、先人たちの描いた光景がつながります。
さらにそれを友人と語り合えば、感動はより深いものになります。  
           
イタリアの幻想文学の作家、ブッツァーティの短編「マジシャン」。
どういうわけかマジシャンといわれるスキアッシ教授と、ある作家が文学談義。
芸術なんていう役に立たないものにしがみついて、と教授は、作家を攻め立てる。
こちらは、うちのめされながらも、なんとかやり返します。
そのうち、ふと、芸術というものの本質と役割に気づき、不思議な風が流れてきて、作家はひそかに自信をとりもどすという短編です。
教授は、徹底した議論、談義を通して、逆にその人を勇気づけるマジシャンだったのです。
語り合うことで、見えてくる。確かめられる。それも文学談義のよいところかもしれません。

いまも、読書はつづいています。
でも一人で読む、それで終わる、というのはさみしいことです。
個人の世界で完結するのではなく、自由に語り合って、話の動き、心の流れを楽しむ。それも、たいせつなことでしょう。

投稿者:管理人 | 投稿時間:23:32

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