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飛田桂「"日本版DBS" どうすれば子どもを守れるか」

弁護士 飛田 桂

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「日本版DBS」の議論をご存じでしょうか。子どもを性犯罪から守るための仕組みの一つです。こども家庭庁の有識者会議で話し合いが進められ、今年9月、制度のあり方についての報告書がまとまりました。今日は、日本版DBSについて、なぜ必要なのか、何が問題点なのかをお話しさせていただきます。

子どもは、生まれてから、社会で生きていくためのすべを、周囲の大人から学んでいきます。子どもにとって、大人は皆、先生のようなものです。そのため、悪い大人が、子どもに加害をしようとしたとき、子どもは危険に気づくことができません。
一方で、子どもへの性犯罪は秘密裡に行われることが多く、周囲の大人が気付くのはとても難しいです。事件が発覚するころには、長期間が経過し、その間に子どもは何回も被害に遭ってしまいます。繰り返し性被害にあうことだけでも苦痛ですが、自分に起きたことが性被害だったと分かったときの子どもの傷つきは、筆舌に尽くしがたい甚大なものとなります。特に加害者が小児性愛障害である場合、大変な数の子どもが被害にあうといわれています。

こうした被害をなんとか未然防止できないかと、諸外国では長年取り組みがされてきました。例えば、性被害の疑いが発見されたら速やかに子どもから話を聞き取り、子どもの保護や加害者の処罰に活用できるようなシステムづくりなどもあります。子どもを守るために社会として何ができるか。その取り組みの一つが、性犯罪歴のある大人が、子どもにかかわる職業に就けないようにするための仕組みの構築です。この仕組みは、既に被害者がいることを前提としますので、被害防止のために十分とはいえませんが、次の子どもへの被害防止という観点では有効な一手となりえます。

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イギリスでは、2012年に、DBS(Disclosure and Barring Service、前歴開示・前歴者就業制限機構)が、ボランティアを含む全ての子どもにかかわる職種を対象として、一定の前科・前歴のある者や通報された者が、就業できないようにする仕組みを作りました。イギリスのDBSでは、学校や保育所などの使用者が、DBSに対して就労希望者の犯罪歴チェックを依頼し、チェックが完了すると、DBSが就労希望者に対して無罪証明書を発行するという仕組みです。就業希望者が、自ら使用者に対して証明書を提出します。これが、日本版DBSの議論のもととなったイギリスの「DBS」です。

日本でも、保育士による子どもへの性加害が報道されるなどして、「日本版DBS」が必要であるという声が大きくなり、冒頭に申し上げたように、今年9月、有識者会議の報告書がだされました。

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報告書では、対象となる事業者に対して、子どもの安全を確保する責務があることが法律上明示されるべきとされました。また、具体的な義務として、性犯罪などの影響等について理解を深めるための教員などに対する研修、性犯罪などを防止するための体制整備、早期発見のための窓口の設置、そして対象事業者が応募者の性犯罪歴を確認して適切な措置を講じることなどが挙げられました。
この4番目が日本版DBSです。
日本版DBSでは、対象事業者が、就業希望者の同意をとって政府の犯罪照会システムで、就業希望者の性犯罪歴の有無などを確認し、確認結果を踏まえて適切な措置を講じることとされています。イギリスとは異なり、使用者が、就業希望者の性犯罪歴の有無や種類などを知ることになる点で、プライバシー保護との緊張関係が強いものとなります。また、日本版DBSが導入されること自体は子どもの安全に資することですが、実は一方で、ジャニーズ事務所の性加害問題や学習塾での盗撮などの報道が相次ぐなか、この仕組みでは不十分、という批判が強くなってきているようです。日本版DBSの課題について、子どもの安全確保の実効性の観点から、大きく3つのポイントをご説明させていただきます。

1つ目は、子どもにかかわる事業者が一部の職種に限られている点です。事業者が限定されて、芸能事務所や学習塾が義務の対象外となってしまいました。イギリス版DBSでは、ボランティアを含む全ての子どもにかかわる職種が対象となっています。

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しかし、日本版で確認義務が課されるのは、学校、児童養護施設等の対象事業者だけです。学童クラブ、学習塾、スイミングスクール、芸能事務所といった事業者については、義務ではなく任意となりました。これでは、子どもを狙う加害者が対象外の事業者に雇用されてしまい、被害を防止できないおそれがあります。また、質よりも安さを重視する事業者などが放置され、経済格差が子どもたちの性的安全にまで及んでしまうことにもなりかねません。昨今報道されているような被害を防止するためには、イギリスのように、全ての子どもにかかわる職種に広げることが望まれます。

2つ目は、「性犯罪歴」に限られた点、すなわち性犯罪の前科がある場合に限られてしまっている点です。子どもに対する性犯罪は、証拠が少ないことから逮捕や起訴が難しいといわれています。そのため、子どもに対して暴力をふるって性加害をした場合であっても、有罪として確定するのは傷害罪といった別の犯罪のみということや、そもそも性犯罪では起訴されない、ということも珍しくありません。そのため、犯罪歴に限ってしまえば、実際には多くの加害者が対象外となることが予想されます。イギリス版DBSでは、こういった事情から、前科だけではなく、逮捕歴や、一定の通報をされた場合をも含んでいます。日本版DBSが、仮に、今回は性犯罪歴のみを対象とせざるをえないとしても、子どもに対する性犯罪や(第三者によるものを含む)虐待特有の問題について整理をした上で、子どもに対して暴力や性行為をする加害者を捕捉するための仕組みを検討することが急務となります。

3つ目は、条例違反が含まれないという問題です。日本の実務では、子どもに対する性犯罪について、刑法では処罰ができず、条例違反や児童福祉法違反で処罰してきたという経過があります。子どもの盗撮、子どもへの痴漢行為、子どもとの性交渉など、子どもに対する性犯罪の多くが、刑法ではなく条例違反で処罰されてきました。条例違反が対象外とされてしまえば、長期間、常習的に子どもと性交渉をした前科があっても、日本版DBSの対象外となってしまいます。子どもに対する性犯罪の前科をもつ人が、対象外となってしまう点では、この3つ目の問題点は見逃せないものとなっています。

有識者会議も、今回の提言が十分であるとは考えていないようです。大人の職業選択の自由やプライバシーといった憲法上の権利への制限をともなうため、まずは限定的に開始して、速やかに拡充することを目指しているようです。日本では、子どもの安全を確保するための仕組みづくりについて、十分に議論されてこなかったことを考えれば、まずはできるものを最大限導入するしかないのかもしれません。
今後、議論を重ねて、速やかに、日本の現状を把握し、諸外国で取り組まれている子どもの安全確保のための仕組みを、日本にも導入していくことが待たれます。もちろん、えん罪防止の観点も一層強化する必要があります。
日本版DBSの導入をきっかけに、社会全体で、どうすれば子どもを守れるのかを、実践しながら議論し続けていくことが大切です。

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