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後藤絵美「ノーベル平和賞をどういかすか」

東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 後藤 絵美

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10月6日に「ノーベル平和賞」の受賞者が発表されました。今年はイラン人のナルゲス・モハンマディさんが選ばれました。モハンマディさんは、長らく、イランでの女性に対する抑圧を非難し、死刑の廃止を求めるなど、人権の擁護を訴える運動の先頭に立ってきました。

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今年51歳だそうですが、すでに13回逮捕され、そのうち5回で実刑判決を受け、これまで合わせて31年間の刑期を言い渡されたそうです。今も収監中で、心臓には病気を抱えており、またフランスで暮らす活動家の夫やまだ15、6歳の双子の子供たちとは、何年も会えていない状況だとのことです。

今日は、モハンマディさんの受賞という話題をきっかけに、私たちがノーベル平和賞をどのように捉えて、またどう活かしていけるのかを考えてみたいと思います。

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ノーベル平和賞は、スウェーデンの発明家アルフレッド・ノーベルの遺志により、1901年に始まったものです。一年に一回、平和の促進や軍縮、人権擁護や民主化の進展などに貢献した個人や団体に贈られます。選考は、ノーベルの遺言に基づいて、ノルウェーの議会が任命した5名の委員が行います。

特定の人々が選考するわけですから、時代や地域的な価値観の影響を受けます。ノーベル研究所のウェブサイトには、長らく、受賞者のほとんどが、ヨーロッパやアメリカ出身の「白人エリート男性」で占められていたと記されています。他の地域出身の男性が選ばれ始めたのは1960年代のことでした。欧米以外の女性たちがそこに加わったのは、1970年代です。

最近の選考では、地域的にもジェンダー的にも、バランスが考慮されているようです。また、その年に、とくに注目された地域やテーマに関係する人々が選ばれる傾向があります。ここで過去七年間の受賞者のリストを見てみましょう。

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2018年、性暴力との闘いが評価され、コンゴの医師、デニ・ムクウェゲさんとイラクのヤズィーディー教徒の女性、ナディア・ムラドさんが選ばれました。これは同じ頃に、世界各地に広がった性暴力の告発と根絶を訴えるMeToo運動の影響もあったと考えられます。そして昨年、2022年は、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が大きなニュースになりました。この年の平和賞は、ベラルーシ、ロシア、ウクライナの三国で、平和と民主主義のための市民運動を担ってきた個人や団体が選出されました。

選考の理由をみてみると、十数年ほど前には、女性の活動家が女性のために尽力したという表現が目立ちました。男性の活動家が男性のために尽力したと言われることはありませんし、女性であっても、性別にかかわらず、社会全体のためにと活動する人はたくさんいます。それでも、女性だから「女性のためにがんばった」と言われてしまう時期もありました。

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しかし、今回のモハンマディさんの受賞理由には、「イランでの女性に対する弾圧との闘い」に加えて、「すべての人の人権と自由を守る闘い」を行ってきたという言葉があります。ここにも、価値観の変化が映し出されているようです。

イランでは、2022年9月に当時22歳のマフサー・アミーニーさんが、ヒジャーブと呼ばれる「髪や身体を覆う装い」のまとい方が悪いとして逮捕された後、意識を失い、数日後に亡くなるという事件がありました。それ以来、女性たちの服装や、人々の日常の自由を制限したり、暴力が正当化されたりする社会の現状を批判し、抗議の声をあげる運動が急激に広がっていきました。

この運動ですが、実は昨年、突然、始まったものではなく、2003年にノーベル平和賞を受賞したシーリーン・エバーディーさんや、今回の受賞者のナルゲス・モハンマディさんを含めて、多くの女性たちや男性たちが、長年にわたって続けてきたものでした。今回の平和賞の候補者の中にも、同じくイランで、人権や自由のために活動を続けてきた人々の名前が数多くあったと言われます。中にはモハンマディさんのように、刑務所で長い年月を過ごした人もいました。今年の平和賞はそうして闘ってきた人々の存在と、その努力に光をあてるものだったと言えそうです。

一方で、気がかりなこともあります。それは、「平和」のために設置されたこの賞が、さらなる対立や分断をもたらしうるということです。

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ノーベル委員会のライスアンデシェン委員長は、10月6日の平和賞発表に際して、「イラン当局が正しい判断を下せば、モハンマディさんは釈放されるだろう。そうすれば、彼女はこの栄誉を受ける場に来ることができる」とコメントしました。モハンマディさんの受賞について知ったアメリカのバイデン大統領も、彼女の活動を讃えるとともに、イラン政府に向けて、モハンマディさんや他の活動家たちの即時釈放を強く求めるという声明を出しました。一方のイラン政府の関係者は、モハンマディさんの選出や、こうしたコメントや圧力が、政治的な介入に他ならないと抗議しています。イランの国内でも、平和賞をきっかけに、体制派と運動を担う人々のあいだの対立が、さらに深まっていくことが懸念されています。

はじめに言いましたが、ノーベル平和賞は、一個人の遺志で始まった私的な、プライベートな賞です。一定の地域に暮らす、一定の立場にある人々が、受賞者を選ぶのであって、そこに世界中の人々の合意があるわけでも、「平和」や「人権」、「民主化」といった概念をめぐる決定的なあり方が示されるわけでもありません。それでも、ノーベル平和賞に、今年はどんな理由で誰が選ばれるのか、多くの人が注目します。

私はノーベル平和賞を、政治的に利用したり、誰がいい人で、誰が悪い人か、「敵」や「味方」を見極める場にしたりするのではなく、「人間らしく生きるとはどういうことか」「よりよい世界とはどのようなものか」を考える機会にしたらよいと思っています。たとえば、モハンマディさんの受賞の背後には、昨年来注目されてきたイランでのヒジャーブをめぐる抗議運動があります。では、その運動には、どのような歴史的な経緯があるのか、思想的な背景があるのか、人々の葛藤や軋轢があるのか。それを解決するためには何が必要なのか。そうした問いを立てるのです。モハンマディさんを含めて、運動に参加してきた人々は、日々、何を想いながら、どのような活動をしてきたのか。愛する家族と離れ離れになってまで、穏やかな日常生活を犠牲にしてまで、闘い続けてきたのは、そうしなければならないと思ったのは、いったいなぜなのか。それを考えてみるのです。

モハンマディさんと同じように、人権や自由、社会の改革を求めて活動を続ける人々は、世界中にたくさんいます。モハンマディさんのノーベル平和賞の受賞をきっかけに、他のたくさんの人々にもスポットライトをあててみる。一つ一つの語りに耳を傾けて、一人一人の人生や願い、希望を知ろうとするのです。少なくとも一年に一度、そんな時間が持てれば、やがて世界は、少しずつでも、皆にとって「生きやすい場所」になっていくのではないか、そんなふうに期待しています。

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