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錦田愛子「ハマス・イスラエル衝突」

慶應義塾大学 教授 錦田 愛子

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《現状の位置づけ》
ガザ地区のハマースを中心とする武装勢力と、イスラエル軍との間で激しい戦闘が続いています。発端となった10月7日のパレスチナ武装勢力による攻撃開始以降、イスラエル側では6日現在、1,400人以上の死者が出ており、前例のない事態にイスラエル側はこの日をイスラエルにとっての「9.11」と位置付けています。またイスラエル軍の攻撃で多くの犠牲者が出ていることへの批判から、各国でユダヤ教徒に対する暴力的な嫌がらせが拡大しています。
他方でガザ地区では連日の激しい空爆と、地上軍の侵攻により死者の数が1万人に迫っています。開戦の3日目から完全封鎖下におかれたことで、水や電気、燃料が届かず、すでに多くの病院が機能停止に追い込まれるなど人道危機が広がっています。アメリカを含め多くの国が戦闘の停止を呼びかけていますが、イスラエル軍が攻撃の手を緩める気配はありません。
なぜこのような大変な事態になってしまったのか、ここではその背景と今後の展望について、やや長期的な視点を交えて考えていきたいと思います。

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現在攻撃を受けているガザ地区は、1993年のオスロ合意で決められたパレスチナ暫定自治区の一部です。合意はイスラエルとパレスチナの二国家解決案を掲げたもので、国際社会はこれを歓迎し支援を拡大しました。その中でガザ地区では、パレスチナ人による完全な自治が行われることになりました。2005年まではユダヤ人の入植地がガザ地区の中にありましたが、当時のイスラエルのシャロン首相の決定で撤退し、以後はパレスチナ人のみが住んでいます。
2006年にパレスチナ暫定自治区では議会選挙が行われ、イスラーム主義政党のハマースが勝利して与党となりました。しかし90年代後半からハマースをテロ組織指定してきた国際社会は、これを認めませんでした。ハマースはオスロ合意体制を担ってきたファタハとの連立を試みますが、長続きせず、西岸地区にはファタハ政府、ガザ地区にはハマース政府が統治する二重政府状態となって現在に至っています。

ハマース政府の拠点となったことで、2007年からはガザ地区に対する封鎖が始まりました。イスラエル側はこれを軍事物資の運び込みを防ぐための措置としますが、実際には日常生活に必要な人の出入りや物流も厳しく制限され、「天井のない監獄」と呼ばれる状態が続いてきました。
これに加えて、ガザ地区では大規模な戦闘が繰り返されてきました。

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2008年に始まり、2012年、2014年、2021年と、ガザ地区では数年おきに空爆とイスラエルの地上軍侵攻が起きています。イスラエル当局はこれを「草刈り」と呼び、定期的にパレスチナ武装勢力の攻撃能力をそぐものと位置づけています。他方でイスラエル側の犠牲者は少なく、今回の衝突が突出したものであることがうかがわれます。
大規模な戦闘が起きるとガザの人々の怒りの矛先は、そのきっかけを作った武装勢力ではなく、家に爆弾を落とし家族の命を奪ったイスラエルに向けられます。軍事的に優位に立つイスラエルに立ち向かうハマースなど武装勢力は、占領への抵抗運動を体現する存在として捉えられます。パレスチナ政策研究所の世論調査では、2000年代のいずれの戦闘の後も、ハマースへの支持率が一時的に上昇したことが確認されます。例えば2014年の戦闘後は、ハマースが勝利したとの意見は8割近くを占め、9割以上の人々がハマースの軍事攻撃を支持しました。平常時は4割に満たないハマースの行動への支持ですが、繰り返されるガザ攻撃は、むしろハマースの基盤強化につながってきたことがここからはうかがわれます。

《今回の戦闘の経緯と特徴》
今回のハマースら武装勢力による攻撃は、こうしたガザ地区での長期にわたる苦しみを背景に始まりました。

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ガザ地区は地中海に面した神奈川県の半分ほどの小さな面積の土地です。度重なるイスラエル軍の攻撃では町や難民キャンプ、港のほか、産業基盤となる農地や工場なども破壊されてきました。開戦以前の段階で、ガザ地区内の失業率は若者の間では64%に達していたと報じられています。未来への希望がもてないガザの若者の一部が武装勢力に参加し、2年以上の準備期間を経て今回の奇襲攻撃が立案されたと考えられます。ガザ地区の人口の7割は、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に難民として登録された人々です。難民の多くは難民キャンプの外にも住んでいます。彼らにとって苦難の原因は、1948年のイスラエル建国以来の長期にわたる占領そのものと捉えられたのでしょう。

《グテーレス発言をめぐる誤解》
こうした占領の問題は、10月24日の国連安保理でのグテーレス事務総長の発言でも触れられています。

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「ハマースの攻撃は、何もないところから起きたわけではない」との指摘は、イスラエルの占領下でパレスチナがおかれてきた状況や、和平に向けた取り組みの停滞を指して述べられたものです。イスラエルのエルダン国連大使はこれを「テロ行為を容認する発言だ」と批判しましたが、それは誤解です。この指摘の前にグテーレス事務総長は、ハマースによる攻撃への批判を明言しているからです。この発言の意図は、むしろイスラエルによる「56年間の占領」という問題を指摘することでした。56年前の第三次中東戦争でイスラエルがヨルダン川西岸地区やガザ地区を占領したことを批判し、占領地からの撤退とイスラエル国家とパレスチナ国家の併存による二国家解決案を支持する姿勢がここには示されています。発言は、この紛争に対して解決を導いてこれなかった国際社会の無力さに対して、反省を促すものだったといえるかもしれません。

《今後の展望》
戦闘は現在、拡大の一途をたどっています。イスラエル軍はガザ地区内に地上軍を展開し、武装勢力の軍事拠点の制圧をめざしています。事態を難しくしているのは240人以上とされるイスラエル側の人質の存在です。ネタニヤフ首相は人質が解放されない限り、一時的な停戦も拒否する姿勢を示しています。これほど多くの人質が取られたことはかつてなく、国内世論でも救出を求めて焦りが強まっているため妥協は難しい状況です。

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ハマースなど武装勢力側は、開戦当初よりカタールを仲介に解放交渉を提示し、むしろイスラエル政府の側が拒否しているとも発言していますが、真相は不明です。このまま戦闘による解放作戦が続き、さらに多くの犠牲者が出るのか、なんらかの交渉が成立して一時的停戦が実現されるのか、注目されます。
今回のような戦闘が今後繰り返されないためには、紛争のより長期的な解決を模索する努力が求められます。ガザの人々から希望を奪ったのは誰なのか。なぜ憎しみがここまでつのってしまったのかを考えるとき、占領と封鎖の長期化を黙認してきた国際社会もまた、その責任の一部を担っていることは明らかです。われわれもまた、国際社会の一員として、この戦闘を一刻も早く止めるため、働きかけを一層強めていかなければならないと思います。

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