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各務茂夫「学生はなぜ起業をめざすのか Z世代のキャリア観の変化」

東京大学 教授 各務 茂夫

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私が民間企業から大学教員の職に就いたのは2002年。以来20年間以上にわたり、いわゆる“大学発スタートアップ、または大学発ベンチャー”にずっと関わってきました。

大学の研究成果あるいは特許等の知的財産権を技術基盤とした事業化、学生の斬新なアイデアをベースとした起業、スタートアップ支援のための学内インキュベーション施設の設置・入居企業選定、大学と密接な関係にあるベンチャーキャピタル(VC)との連携といった業務に加え、起業教育・アントレプレナーシップ教育プログラムの開発・運営等に従事してきました。

「大学発ベンチャー」という馴染みのなかった言葉がマスメディアに登場するようになったきっかけは、2001年5月31日に経済産業省が発表した「新市場・雇用創出に向けた重点プラン(通称『平沼プラン』)でした。「大学発ベンチャー企業を3年間で1,000社にする」としたことが大きなインパクトを持って受け止められました。大学は本来、基礎研究をベースとした独創的な知識と技術の集積地であり、その“宝の山”を開拓することによって、我が国の経済を活性化させるという狙いがありました。2023年5月に公表された経産省「大学発ベンチャー実態等調査」によれば、大学発ベンチャー数は3,782社となり、2004年に1,000社を超えて以来、大きく数を伸ばしてきました。
振り返れば21世紀になってから、平成時代の後半20年間は、日本の低迷が鮮明になった時期と重なります。平成の30年間で我が国の産業競争力は低下の一途をたどりました。

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スイスのビジネススクールIMDが毎年「世界競争力ランキング」を公表しておりますが、私がIMDのMBAプログラムに1989年(平成元年)に在籍していた時にランキングが始まりました。当初は、日本は堂々の世界1位でしたが、北海道拓殖銀行が倒産し、山一證券が自主廃業するなど金融システム不安が表面化した1997年には17位に急落し、その後は一時的に上昇する時点はあったものの、基本右肩下がりで、2023年には、過去最低の35位まで落ち込んでいます。

大学発スタートアップを育成・支援する仕組みを大学が本格的に整備し始めたのは2004年度の国立大学法人化という国立大学改革が起点になります。先のIMDの世界競争力ランキングで示されているように、イノベーション創出の担い手として大学が期待され、大学発スタートアップの創出は国立大学法人化が求める大きな成果目標の一つとなりました。
シュンペーターの「経済発展の理論」を持ち出すまでもなく、我が国の閉塞感を打破するのは、資本主義の駆動力ともいうべきイノベーションのための創造的破壊とそれに果敢に挑む企業家(起業家:アントレプレナー)であるという認識に立ったのだと思います。

こうした中、多くの大学で起業教育、あるいはアントレプレナーシップ教育に取り組むようになってきました。中でも東京大学では、国立大学法人化の翌年度(2005年度)、「東京大学アントレプレナー道場」というプログラムを開講しました。来年度は20年目の節目を迎えますが、2020年度は新型コロナ禍の中で、講義プログラムはすべてオンラインで実施したこともあって、教室の収容キャパの制約を受けずに運営できたことも手伝って、プログラム登録者は年間700名を超えました。
今では、広義のアントレプレナーシップ教育プログラム数が東京大学全学で50を超えるまでになっています。学生にとってアントレプレナーシップ教育はより身近なものになりつつあります。
この数年間は、とりわけ学部1年生、新入生に対する教育を大事にしてきました。大学受験という試練を乗り越えた学生ですからたいへん優秀ですが、それは入試問題という必ず答えがある一般解・標準解を解くことにその優秀さが求められましたが、大学生になったこれからは、自ら解く問題見つけて、まさに一人一人異なる個別解を解くというマインドセットに切り替えることが重要であること、入試という一般解を解く、偏差値を上げるという思い・呪縛から解き放たれることを学生に伝えています。

2022年度末(2023年3月末)時点で、東京大学関連ベンチャー企業数は526社にまで及んでいます。先ほどご紹介しました東京大学アントレプレナー道場の修了生・卒業生だけでも、これまで百数十名に及ぶ起業家を輩出しています。今や、周りを見渡せば、起業家、大学発スタートアップと遭遇することは決して珍しいことではなくなっています。
大学発スタートアップ支援やアントレプレナーシップ教育の拡充等、大学内の環境変化を考えれば、学生のキャリア意識も大きく変容するのは、いわば当然なのかもしれません。

多くの学生が、大企業が、かつて高らかに謳ってきた入社後40年に及ぶ終身雇用を、今後とも担保できるような状況にないのではないか、一つの企業に人生の大半の時間を捧げることは非現実になりつつあることを感じ取っています。私から見て優秀な学生は、大企業に自らの運命を託すような生き方こそが最もリスクが高く、むしろ組織規模にかかわらず、例えば世界の最先端にいて社会課題解決にチャレンジしているスタートアップ企業に身を置き、解決すべき問題の本質の解像度を徹底的に高め、自らの五感を駆使して状況を判断し、臨機応変に立ち回ることこそが結果として最もリスクが低いと考えているように見えます。
このキャリア観は、今を生きるZ世代(1997年以降生まれ)の若者・学生と親和性が極めて高いともいえます。Z世代は、デジタル技術とインターネットが普及している環境で育っており、完全にデジタルネイティブであり、環境問題等の社会的課題に対する意識が強く、ソーシャルネイティブでもあり、自らの行動が地球や社会にどのような影響を及ぼすかについてのセンシティビティが極めて高い若者たちです。Z世代は、私のような過去の世代よりも多様性を尊重し、社会的な平等や人権にも敏感であることも特徴的だ。しかも、Z世代の多くが、これまでの伝統的なキャリアパスだけでなく、技術リテラシーが高いことも手伝って自分でビジネスを起こすことに大きな抵抗を持たないように感じます。

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岸田内閣総理大臣は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置づけ、また「新しい資本主義実現会議」が2022年11月に公表した 「スタートアップ育成5か年計画」によれば、「岸田政権が「新しい資本主義」の実現に向けた取組を進めていく中で、スタートアップは、社会的課題を成長のエンジンに転換して、持続可能な経済社会を実現する、まさに「新しい資本主義」の考え方を体現するものであるとしています。
我が国を代表する電機メーカーや自動車メーカーが、戦中から戦後直後にかけて、まさに焼け野原の中、当時の若者が創業したスタートアップとして、その歴史をスタートさせ、その後、日本経済をけん引するグローバル企業となりました。我が国はまぎれもなくベンチャー大国であったのであり、アントレプレナーシップに満ち溢れていたと言えます。

今、我が国は国難ともいえる状況にあり、世界には大きな社会課題が山積しています。問題解決に果敢にチャレンジする優秀な若者の育成が大学に求められていますが、このことは現代を生きるZ世代の学生のキャリア観に直結しているのだと思います。こうしたアントレプレナー人材、起業家の存在なしには日本の未来はあり得ないのでしょう。

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