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礒﨑敦仁「ロ朝急接近 日本がすべきこと」

慶應義塾大学 教授 礒﨑 敦仁

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北朝鮮は、対話の窓を閉ざして兵器開発に邁進しています。ミサイル発射実験のほか、潜水艦の建造、軍事偵察衛星の打ち上げなどにも余念がありません。
新型コロナウイルスの流入を防ぐため、世界で最も厳格な国境封鎖を続けてきた北朝鮮ですが、この夏からようやくウィズコロナに移行しています。そのようななか、キム・ジョンウン国務委員長は4年5か月ぶりの外遊先として、同盟国の中国よりも先にロシアを選びました。

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ロシア極東の宇宙基地で開催されたプーチン大統領との首脳会談では、「反帝国主義」、すなわち反米で一致したことが高らかに謳われました。
北朝鮮とロシアの急接近は、両国が互いを必要とした、戦術的な接近と言えます。ロシアは、ウクライナ戦争が長期化するなか、不足する砲弾などを調達する先として北朝鮮の存在を重視するようになりました。一方の北朝鮮は、米韓同盟、さらには日米韓の連携強化に対抗するため、後ろ盾になりうるロシアと協力関係を深め始めたわけです。
北朝鮮側はロシアとの関係を、「百年大計の戦略的関係」と持ち上げました。しかし、ソ連が崩壊して既に30年以上が経過しており、ロシアはもはや社会主義国ではありません。両国関係がずっと良好だったはずがなく、冷戦後は長らくギクシャクした関係が続きました。2019年にキム・ジョンウン国務委員長が訪露した際には、プーチン大統領から冷遇されたため、予定されていた視察をキャンセルして1日早く帰国したことが明らかになっているほどです。
現在の蜜月関係は、なによりも反米で一致したこと、つまり「敵の敵は味方」という至極単純な論理による急接近ですので、今後、ウクライナ情勢の動向やアメリカ大統領選挙の行方によっては大きく変化する可能性もあります。北朝鮮とロシアの関係が長続きするかどうかには疑問が残るということです。
日米韓は、北朝鮮がロシアへ接近していることに対して、防衛体制の強化を議論するのみならず、外交的努力も模索しなくてはなりません。北朝鮮は、中国やロシアのような大国と異なり、自給自足が難しい国家であるため、わずかかもしれませんが対話の余地はあると言えましょう。実際に、キム・ジョンウン国務委員長が、シンガポールやハノイでトランプ大統領と向き合った頃、北朝鮮は弾道ミサイルの発射実験を自制していました。2018年には一発のミサイルも撃たれていません。
わが国と北朝鮮の間には、核・ミサイル問題のほか、拉致問題を含めて課題は山積みであり、国交正常化からはほど遠い状況にあります。

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しかし、2002年9月には小泉純一郎総理がピョンヤンを訪問し、キム・ジョンイル国防委員長との首脳会談で、日本人拉致の事実を認めさせ、謝罪に追い込みました。安倍政権以降、キム・ジョンウン国務委員長との「無条件対話」を掲げながらも全く首脳会談を実現できてない現状に鑑みますと、わずか5人とはいえ拉致被害者を奪還したのは、「独自外交」の大きな成果だったと言えます。
いまや地球上に社会主義を標榜する国家は5つしかありません。北朝鮮のほか、中国、ベトナム、ラオス、そしてキューバの5カ国です。日本は、北朝鮮以外の全ての社会主義国と国交を樹立して久しいわけですし、そもそも193もある国連加盟国の中で、わが国が国交を正常化していないのは北朝鮮だけです。
社会主義国家として最も長い歴史を持つベトナムとは、日本が国交を樹立してから、先月で50年という節目を迎えました。日本政府は、南北ベトナムが統一するより3年も前に、すなわちベトナム戦争が完全に終結する前に、当時の北ベトナムと国交を正常化したのであります。これも日本の「独自外交」によるものと評価されています。
ベトナムは依然として共産党による一党独裁国家であり、日越関係には紆余曲折もありました。しかし近年は、日本と安全保障分野、警察分野でも協力関係を深めるほどに至っています。中国の脅威に備えて利害が一致しており、政治体制の違いを乗り越えることができていると言えます。ベトナムは重要な親日国であり、在日ベトナム人の数もいまや在日コリアンの数を上回っています。その基礎を作ったのが日越国交樹立という、半世紀前の勇断でありました。
ベトナムは、熾烈な戦争を戦ったアメリカとも友好な関係を築いています。

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先月、バイデン大統領はハノイを訪問し、グエン・フー・チョン・ベトナム共産党総書記との間で、両国関係をこれまでの「包括的パートナーシップ」から「包括的戦略パートナーシップ」に格上げすることで合意しました。ベトナムにとって、この「包括的戦略パートナーシップ」を結んだ国は、ロシアと中国などに限られ、今回の動きは、かつての「アメリカ帝国主義」をロシアや中国と同列にしたことを意味しています。ドイモイ政策による著しい経済発展とともに、ベトナムの「全方位外交」には目を見張るものがあります。
ベトナムは、アメリカと北朝鮮の双方から信頼を獲得していたからこそ、第2回米朝首脳会談の開催地にも選ばれました。2019年2月、キム・ジョンウン国務委員長は、経済制裁の解除、さらにはアメリカとの国交正常化を見据えてハノイに赴きました。水面下では、連絡事務所の設置などにも合意していたことが明らかになっていますが、結局は米朝首脳の双方が譲ろうとしなかったために、交渉は決裂してしまいました。
今となっては、その代償はあまりに大きかったと言わざるを得ません。現在、北朝鮮は「非核化」交渉の可能性を完全に否定しています。核開発の継続を憲法条文にまで明文化して、韓国に対する戦術核の使用、先制攻撃の可能性すら否定していません。

朝鮮半島情勢が迷走するなか、各国はそれぞれの、いわば「ハノイの教訓」を思い出すべきではないでしょうか。
北朝鮮は、ハノイで少しでもアメリカに譲歩していれば、一部であれ経済制裁が解除されて、場合によっては急速な経済発展の道に入れていたかもしれません。米韓との間に軍事的緊張がなければ、兵器開発に回してきた莫大な資金を民生に投資することもできるからであります。
アメリカも同様です。トランプ大統領がハノイ滞在中に、かつての腹心だったマイケル・コーエン氏による暴露問題が突如浮上しました。トランプ大統領は、そのことばかりに気を遣ってしまい、キム・ジョンウン国務委員長に対して歩み寄りをするよりも、席を蹴飛ばすことで強いリーダー像を誇示することを選んでしまったと言われています。その結果、いま平壌はワシントンとの和解を諦め、反米姿勢を明確にし、ロシアによるウクライナ侵略を全面的に支持するまでに至っています。
半世紀前、ベトナム戦争からアメリカが撤退したばかりの時期に、日本は北ベトナムと国交を樹立しました。一方、現在の日朝関係は、極度の相互不信に陥っており、とても国交正常化を議論する段階にはありません。
だからといって、圧力・制裁だけで事態を打開できるものでもありません。拉致問題を抱える日本政府は、思い切った政治的決断による外交的解決の可能性も模索しなくてはなりませんし、そのことに対して国民世論の理解を得る努力も必要であるように思います。

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