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中井彰人「再生できるか百貨店」

流通アナリスト 中井 彰人

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2023年8月末、61年ぶりの百貨店業界におけるストライキが行われる中、セブン&アイ・ホールディングスは、そごう・西武を外資系ファンドに売却しました。そごう・西武の従業員組合は、雇用の維持、百貨店事業の継続に関する説明を求めていたものの、セブン&アイからの明確な回答がないため、やむなくストに踏み切ったとされています。

協調が既定路線であった労使関係に一石を投じた、として大きな話題にもなりましたが、長きにわたり事業の縮小と人員削減を強いられてきた、そごう・西武の労組とすればこれ以上仲間を失いたくないという強い思いがあったようです。そごう・西武の歴史とは、閉店と縮小均衡の歴史であり、この20年ほどの百貨店業界衰退の縮図ともいうべきものでした。

そごう・西武は、かつては「そごう」と「西武百貨店」という別々の百貨店でしたが、共にバブル期に地方に大量出店することで、大手に名を連ねた新興勢力でした。バブル崩壊後の消費停滞と金融危機が到来すると、2000年にそごう、2003年には西武百貨店が相次いで経営破綻に追い込まれました。その後、再生を成し遂げた、そごうと西武はミレニアムリテイリングとして経営統合しますが、2006年以降はセブン&アイの傘下に入り、再成長を目指すことになりました。しかし、そごう・西武はその後経営不振が続き、外資系ファンドに売却されるという結末となったのですが、市場縮小が著しい地方や郊外の店舗を、他の大手より数多く抱えていたことが最大の要因だったと思われます。

1980年代以降のモータリゼーションの進展やセカンドカー軽自動車の普及により、地方、郊外では買物のための移動手段が公共交通からクルマへと移ったことで、地方、郊外の中心市街地の衰退が急速に進みました。地方での買物の主役は、ロードサイドの駐車場の広いスーパーや大型ショッピングモール等となり、中心市街地に行く機会は減り、そして百貨店の来店客も減っていきました。このため、まず地方、郊外から百貨店はその存在感を失い、いまも地方から百貨店閉店のニュースが続いているのです。

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セブン&アイ傘下に入った時点のそごう・西武は28店舗ありましたが、その過半以上の18店舗を閉鎖せざるを得ず、業容の縮小と、資本の毀損が続いたのです。図表は閉鎖となった18店舗の一覧ですが、これだけ多くの店舗を閉鎖する中で、投資余力を奪われたそごう・西武と他の大手百貨店との実力差は拡大していくばかりでした。

地方とは異なり、大半の消費者が公共交通網で生活する首都圏、京阪神の大都市圏においては、鉄道ターミナル駅の存在感は揺るぎませんでした。しかし、バブル崩壊以降の、消費停滞、デフレ経済への移行によって、百貨店市場は縮小が続くことになりました。百貨店は、この苦境を中高年女性向けアパレル、高級ブランドといった単価の高い商品の強化で乗り切ろうとしました。その結果は、売上減少に歯止めを掛けることは出来ず、百貨店は富裕層への依存度を高め、大衆層が百貨店から離れていきました。2010年代に入ると、外国人観光客によるインバウンド消費が、高級ブランド品などを中心に百貨店を支えるようになりましたが、百貨店の富裕層、インバウンドへの依存と、大衆離れは決定的な方向性となったのです。

都市部の百貨店がその生き残りの道を、「富裕層とインバウンド」に見出したことで、百貨店が、大都市ターミナルに存在している意味が希薄になっていきます。少なくとも、外商というコンシェルジュ部隊がきめ細かくフォローする富裕層取引においては、ターミナルに存在するということは重要な要件ではないでしょう。世界有数の人流が交錯する日本の鉄道ターミナルの商業立地としての価値は、膨大な大衆人流にあるからです。その意味からもターミナルにある商業施設が百貨店である必要はないという経営判断をする企業が増えていきます。それこそが、東京の電鉄系百貨店の閉店ドミノにつながっていくのです。

沿線価値の向上を企業目的とする鉄道会社にとって、駅ターミナルには沿線住民のニーズに応えられる機能をもった商業施設がふさわしく、かつてはその役目を百貨店が果たしていました。しかし、時代を経て、富裕層など特定層向けの店となった百貨店は、ターミナルには必要ないと判断されるようになりました。

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図表は東京の主要ターミナル百貨店の再開発の進捗や計画を抽出したものです。駅前再開発を機に、渋谷から東急百貨店が消え、新宿西口の小田急百貨店が売場を大幅縮小しました。京王百貨店新宿店も東武百貨店池袋店も再開発計画がありますが、その後に再入居する可能性はほとんどありません。再開発後の駅ターミナルには複合テナント施設が、百貨店に替わって聳え立つことになるでしょう。コロナ禍によって、鉄道利用者の減少によって経営の危機に瀕した鉄道会社にとって、ターミナル価値の最大化は大きな課題となり、もはや後戻りすることはありません。ターミナル駅前のランドマークは百貨店、というイメージは、既に過去のものとなったのです。

ただ、考えてみれば、都市の中心市街地に集まる人流を背景に、選び抜かれた商品情報を提供するという、かつての百貨店の機能は今後も必要とされています。再開発によって百貨店というビジネスモデルから複合商業施設に変わったとしても、多くの消費者が情報を求め、余暇を過ごすために集う場所という機能については引き継がれていくのです。その意味では、百貨店というモデルが時代にあわせて形を変えていくということは当然のことなのかもしれません。

事実、三越伊勢丹、高島屋、Jフロント、H2O、といった百貨店大手グループは過去最高の売上となる店舗もあるなど、好調な業績となっていることが報じられています。コロナ禍の間に、DX投資によるマーケティング強化を背景に、富裕層への対応体制を整えた業界大手グループは、再開発期に入りつつある電鉄系百貨店のシェアを着実に取り込みつつあると言われています。「百貨店」という店は、富裕層などの特定顧客層向けとなった大手百貨店によって引き継がれていきますが、昭和の時代に大衆が集っていた商業施設とは大きく様変わりしていくことになりそうです。

ただ、事業モデルが変わる時には、雇用の問題は避けて通れません。その意味でそごう・西武労組がストライキをもって問題提起したことは、大きな意義があると思います。これからも百貨店業界においては、業態の転換と雇用移動の激変緩和措置が課題となり続けるでしょう。

しかし、中心市街地が衰退しつつある地方においては、百貨店機能の存続可能性さえ危ぶまれる状況にある街も少なくありません。

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図表は国土交通省が作成した地方都市のまちづくりのイメージ図です。クルマ社会では居住地域は広域化、希薄化しているため、都市機能も分散しがちであり、旧市街地のハブ機能が著しく低下しています。この図では、周辺部に域外から稼ぐ産業の集積を促進することで、中心部に関連する産業を呼び込み、地域全体での経済力向上を実現すること、そして周辺部と公共交通で結ぶことで中心市街地のハブ機能を活性化することを目指すべき、と提言しています。

そもそも、百貨店があるから街の中心なのではなく、中心市街地の求心力を背景として百貨店は成立していたのです。
地方百貨店の未来とは、地域の中心機能の維持そのものに依存するものであり、地域未来図の描き方に大きく左右されます。地域のハブ機能がどうあるべきなのか、地域全体の課題として議論していく必要があるのです。

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