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清水諭「"髪形多様化"甲子園 新たな時代へ」

筑波大学 教授 清水 諭

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1.趣旨・概要の説明
今年6月、日本高等学校野球連盟と朝日新聞による全国調査で高校球児の頭髪について、「丸刈り」が5年前の76.8%から26.4%に減少したという結果が注目されました。

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実際、この夏の全国高校野球選手権大会に出場した「49チーム中7チーム、ベスト8のうちの3チーム、そして準決勝のうちの1試合は両チームが髪形を自由にしていた」ことから、「高校球児=丸刈り」のイメージが変わる時期に来ているのか、つまり伝統や慣習が変わってきているのかどうかをめぐって、高校野球ファンのみならず注目を集めました。

ではなぜ、注目を集めたのか。そもそも髪形の統制とスポーツの技術向上や勝利とを関連づけられるものでないはずですが、部員が髪を短くそろえることが「一体感」や「連帯意識」あるいは「自己反省」や「連帯責任」といった意味を歴史的に持ってきており、日本の文化的状況を捉え直す機会と考えられるからだと思います。

本日は、高校における課外教育としての部活動、特に野球が歴史的に作ってきた文化について考え、そのあとでコーチングのあり方についてお話しします。そして、指導者養成制度について考えたいと思います。

2.高校野球文化としての歴史的な特徴、高校部の活動であることの意味について
高校における課外教育として部活動があり、視聴されている方々それぞれにとって部活動の経験は様々だと思います。私は本来、学生の主体性と自主性によってクラブが運営され、そのことによって様々な学びがもたらされると考えています。

そして、スポーツ集団における伝統や慣習に対して、学生個々人が、あるいはその集団が、それらの意味を考え、自分たちのことを自分たちで決めていくことができるかどうか。また、指導者がその伝統や慣習のメリットとデメリットをどのように判断し、改革できるかどうかが問われているのだと思います。

1915年、大正4年以来、全国高校野球選手権大会、「夏の甲子園大会」において、選手の身なり、身ぶり、プレーぶりは、歴史的につくられてきた「高校生らしさ」や「青春」の物語として認識され、記憶化されてきました。それらはメディアの影響が強くあります。かつてのNHKの番組でもこうした解説がなされています。

VTR・音あり(野球道)

確かに、武道として野球がとらえられてきたことも含め、「忍耐」、耐え忍ぶという要素をもつ修行的要素が歴史的には存在しました。また、外部から遮断されたスポーツ集団において、監督・コーチからの一方的な指示に従順に従うという集団的特徴が作り上げられてきたということも確かでしょう。

3.コーチング学の進展
監督やコーチなどによるこれまでの伝統的なリーダーシップの特徴は、指導者がアスリートを鼓舞する変革型リーダーシップや、指導者がアスリートに賞を与えたり、罰を与える交換型とか取引型リーダーシップと言われるものでした。どちらも、指導者主体のコーチングスタイルです。
これらに代わって提唱されるようになったのがサーバント型リーダーシップと言われるタイプです。これは、指導し牽引するというよりも、アスリートに奉仕し、その主体性や自主性を引き出し、組織の目的を達成しようとするものです。
サーバント型リーダーシップには、6つの特徴があります。

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一つ目は、コーチからアスリートへの権限の委譲と育成です。リーダーはアスリートに対して権限を与えることで自信をもたせ、能力があることを自覚させます。内発的な価値観を尊重し、個人の能力とともに何を学びたいと欲しているのかを認識し、それを承認する点です。
二つ目は、サポートに徹する謙虚さ。リーダーは、アスリートの貢献を積極的に求め、課題達成に成功した時でも、前面に出ず、後ろに下がっていることで謙虚さを示す点です。
三つ目は、自分に正直である誠実さ。約束を守り、正直かつ人の痛みが分かる人であることによって、誠実さを示すという特徴。
四つ目は、ミスや失敗を受け入れられる寛容さ。リーダーは、アスリートが安心し、ミスを犯しても受け入れられるというような信頼が持てる環境を作りだす点です。
五つ目は、リーダーがアスリートに適度な責任を与えつつ方向を調整する。課題を達成するための新たな方法を許容し、状況に適した新しい方法を創造する点です。
最後の六つ目は、リーダーは喜んで組織としての全責任を引き受け、自分の利益よりも組織の利益を大切に考える。リーダーは模範を示すと同時に世話役でもあり、執事のような役割を担うという点です。

4.スポーツ界における指導者養成制度の確立と普及
こうしたコーチングの変革は喫緊の課題です。というのも、2010年代に指導者のハラスメント、暴力の問題が大きく取り上げられました。2012年に女子柔道ナショナルチーム選手による指導者のハラスメントに対する告発があり、高校男子バスケットボール部主将が指導者からの暴言や暴力などによって自殺してしまった問題が生起しました。これらの事案を受けて、当時の文部科学大臣は2013年2月に「日本のスポーツ史上最大の危機」と述べ、暴力の根絶を呼びかけるメッセージを発表し、その年の4月には日本体育協会(現在の日本スポーツ協会)、日本オリンピック委員会、日本障害者スポーツ協会(現在の日本パラスポーツ協会)、そして全国高等学校体育連盟と日本中学校体育連盟の5団体が連名で『スポーツ界における暴力行為根絶宣言』を出すに至りました。

こうした事態に対し、文部科学省は、2014年度から16年度まで「コーチング・イノベーション推進事業」を展開し、日本スポーツ協会公認スポーツ指導者制度において「プレーヤーズセンタードの思想」を基本にした改革をはかり、「モデル・コア・カリキュラム」の作成がなされ、今日に至っています。

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さらに、「アスリート・アントラージュの連携協力推進事業」として、コーチング環境のオープン化と、コーチング環境に関わって競技・チームを支える関係者、すなわちコーチ、家族、マネージャー、トレーナー、医師、教員、関係団体など、アスリートのアントラージュと言われる関係者の連携協力を推進するための研修プログラムなどができました。それにより(1) アスリートとしてのキャリアおよび人としてのキャリアを守ること、(2) アスリートをハラスメント、違法な賭博や買収、ドーピングなど倫理的問題から守ることを徹底するものです。

5.野球界における指導者養成制度を確立させることの重要性
野球のみならずスポーツの指導者に対して、コーチングの科学を基盤とし、指導者養成制度による研修によって、絶えず新しいコーチング学を学び、理解してもらい、実践の現場に立っていただける環境を整備することが重要です。

本日は高校野球の髪形に関する文化のことから、コーチング、そして指導者養成について、解説しました。皆さんが体験してきた、あるいは目の前で展開されているスポーツにおいて、本当にアスリートファーストの文化が成り立っているのか、民主的で開かれた組織運営がなされているのかどうかを考えていただきたいと思います。そして、スポーツの事案から社会における様々な組織におけるリーダーシップと組織運営について問い直す契機にして欲しいと思います。

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