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平田麻莉「免税事業者のインボイス不安は払拭できるか」

フリーランス協会 代表理事 平田 麻莉

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10月1日からインボイス制度が始まりました。インボイス制度は、仕入れや販売において混在する10%と8%の消費税を正確に把握し、事業者が納付する消費税額を計算するために必要なものです。2016年に軽減税率制度と併せて導入が決定しました。

そこから施行まで、実に7年もの準備期間が用意されていたわけですが、制度の難解さや政府広報の遅れから、認知や理解が進まず、今なお混乱が続いています。特に、年間の売上が1000万円以下で消費税納税を免除されている免税事業者にとっては、影響があるため、免税事業者が大半を占めるフリーランスや小規模事業者の中には、不安を抱える人も少なくありません。

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10月1日以降、買い手の事業者が仕入れ税額控除を受けるためには、10%と8%の税率ごとに売上対価の額を区分して、それぞれの適用税率・税額を明記した「適格請求書」、通称「インボイス」を仕入れ先から受け取らなければなりません。そして、適用税率ごとに仕入れ額を集計し、消費税納税額を計算します。この煩雑な経理負担を緩和するため、電子インボイスの導入が推進されています。

一方、売り手の事業者にとっては、その立場によってインボイス制度の影響は大きく異なります。インボイス発行事業者登録は、課税事業者しか申請できないため、自身が免税事業者の場合はまず、課税事業者登録をするか、免税事業者のままでいるかという決断を迫られます。決断するためには、①納税負担と②自身の事業状況の2つを考慮する必要があります。

まず、納税負担についてですが、実は免税事業者がインボイス発行のために課税事業者に転換すると、必要となる新たな納税負担は10%ではなく、当面はおよそ2%になります。

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なぜおよそ2%かというと、2026年10月までの3年間は、「2割特例」という小規模事業者向けの負担軽減措置があるからです。2割特例の適用期間は、売上税額の2割、つまり、売上全体のおよそ2%が、免税事業者にとっての新たな納税負担になります。
2026年10月以降は特例がなくなるため、売上税額から仕入れ税額を控除した差額を納付する「本則課税」方式か、仕入れ税額をみなしで計算する「簡易課税」方式かのいずれかを選択します。フリーランスなど、飲食以外のサービス業の場合は、簡易課税方式を採用すると、売上全体のおよそ5%を消費税として納めることになります。

直近3年間については、この新たに発生するおよそ2%の納税額を買い手に価格転嫁していけるのかどうかが、免税事業者がインボイス登録をする上で気になるポイントと言えます。

一方、納税負担を避けたいからといって、免税事業者のままでいれば良いとは限りません。インボイスを発行できない売り手事業者については、今後は仕入れ税額を控除できなくなるため、買い手から取引を敬遠される可能性があります。実際に取引を敬遠されるかどうかは、自身の事業状況、具体的には事業の独自性や、取引先との関係性によって異なります。

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買い手も、いきなり100%の仕入れ税額控除ができなくなるわけではなく、今後3年間は経過措置のおかげで80%の控除ができるので、免税事業者との取引で増える税負担は仕入れ価格のおよそ2%です。

つまり、免税事業者が検討すべきは、自身の市場価値と2%の税負担増とを天秤にかけられた場合に、買い手がどう判断するかということです。エンジニアやデザイナー、アーティストや翻訳家など、業務内容に専門性があり、名指しで仕事を受けている場合は、2%のコストアップのために他者に取って代わられる可能性は低いかもしれません。しかし、一部のWebライターやクラウドワーカーのように、多数の同業者と価格競争でしのぎを削っているような場合には、課税事業者転換してインボイス発行できるようにならないと、競争で不利になり仕事が減る可能性があります。

なお、小規模事業者である免税事業者が安心してインボイス登録を行うためには、消費税相当額を買いたたかれることなく、しっかり買い手に価格転嫁できることが何より重要です。しかし、フリーランス協会の調査によると、全体の4分の一が、免税事業者であることを理由に消費税の請求や支払を拒否された経験がありました。また、インボイス登録で新たに発生する納税負担を誰が担うのかの議論において、免税事業者と、税理士や発注者との間では、大きな認識のズレが見え隠れしています。

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買い手や税理士の視点からすれば、税込1万円の請求書を受け取った場合、実際の報酬は9,090円で、910円は預り消費税という認識で支払っていると思います。これは税法上、しごく真っ当な認識です。しかし、だからといって、免税事業者は預かった消費税を「益税」として懐に入れていたのだから、インボイス施行により本来払うべきものを払うことになっただけだと考えるのは少し違います。

免税事業者は、消費税納付が免除されており、税負担がない前提で値付けをしています。「この仕事を税込1万円でやってほしい」と頼まれ、「1万円が手に入る仕事だったら受けよう」という判断をして引き受けているのです。預り消費税をまるで特別ボーナスのように溜め込んできたわけではありません。逆に言えば、消費税を納めなくて済む代わりにディスカウントできていたので、免税事業者制度の恩恵を受けていたのは、売り手ではなく買い手であるとも言えます。

こうした背景を理解せぬまま、相手が免税事業者であることを理由に消費税相当額を値下げする行為は、「買いたたき」として下請法違反となるおそれがあります。

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また、取引先の免税事業者に対してインボイス登録するよう要請し、「課税事業者にならなければ取引を打ち切る」または「取引価格を引き下げる」などと一方的に通告することや、相手が課税事業者になったにもかかわらず、免税事業者時代に取り決めていた価格からの値上げ交渉に応じず一方的に価格を据え置くことは、独占禁止法上問題となるおそれがあります。

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実際、制度がスタートする前に、取引先の免税事業者に一方的に値下げを要求するなどしたとみられる18の事業者に対して、公正取引委員会が独禁法違反につながるおそれがあるとして注意を行いました。
公正取引委員会は相談窓口を設けるとともに、こうした行為に対して厳正に対処する方針を示しています。

政府は制度の施行を目前にしてインボイス閣僚会議を開くなど、対応が後手になっている感は否めませんが、この複雑な税制について、専門用語に頼らず、多少の正確性を犠牲にしてでも一般市民がざっくり概要をつかめる平易な言葉で伝えていくことが、インボイス制度に対する人々の不安を払しょくする一番の処方箋だと考えます。そして、インボイス制度のしわ寄せでフリーランスや小規模事業者が買いたたかれたり、仕事を失ったりすることを防ぐため、法令違反に対する厳正な対処と、免税事業者が課税転換した場合の価格転嫁のサポートを強く望んでいます。

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