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立山良司「オスロ合意と国際監視活動」

防衛大学校 名誉教授 立山 良司

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長い間対立を続けてきたイスラエルとパレスチナが、和平合意を結んでからちょうど30年が経ちました。合意調印から2か月たった1993年11月にガザ地区で見た光景は、今も目に焼き付いています。合意締結までイスラエル国内や占領地で禁止されていたパレスチナの旗が、パレスチナ難民キャンプの、密集する家々の屋根に林立していたのです。「新しい時代が来た」と強く感じました。しかし30年後の現在、残念ながら状況はいっそう悪くなっています。

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イスラエルとPLO(パレスチナ解放機構)は、ノルウェーでの秘密交渉を経て、1993年9月13日にオスロ合意を締結しました。オスロ合意は暫定自治合意とも呼ばれているように、イスラエルが占領しているヨルダン川西岸とガザ地区で、パレスチナ側が5年間、暫定的な自治を行い、その間に交渉でパレスチナ独立国家の樹立を目指すことを主眼としていました。
しかし、オスロ合意に基づいた和平プロセスは行き詰まり、今でも暫定自治が続いています。近い将来、パレスチナ紛争が解決する見通しは、ほとんどありません。和平プロセスが失敗した背景には、多くの要因がありますが、その一つは暴力の連鎖が止まらなかったことです。

1990年代前半は、パレスチナ問題だけでなく、世界各地の紛争が解決に向けて動き出した時代でした。国連を中心とするPKO、平和維持活動も活発になり、カンボジアや旧ユーゴスラビア、ソマリアなどに国連PKO部隊が送られました。しかし、暴力の連鎖が続いた西岸・ガザでは、国際的な平和維持活動は行われていません。「自分たちは自分たちで守る」という基本的な考え方に基づき、イスラエルが西岸、ガザでの国際的な平和維持活動の受け入れを拒んできたからです。
その中で唯一の例外は、西岸南部の都市ヘブロンに展開された国際監視団です。

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ヘブロンには、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の共通の祖とされるアブラハムたちの墓があると信じられています。墓の上にある古い建造物の内部は現在、イスラム教のモスクとユダヤ教のシナゴーグに仕切られています。
イスラエルが占領して以来、ユダヤ人がヘブロンに入植し、そのユダヤ人入植者を守るためにイスラエル軍も常駐しています。このためヘブロンでは緊張が絶えず、多数の対立事件が起きています。最も悲惨だった事件の一つは、オスロ合意調印から5か月後の1994年2月、過激なユダヤ人入植者がモスクで銃を乱射し、祈祷中のパレスチナ人29人を殺害した事件です。
事件直後からPLOも国際社会も、国際的な監視団をヘブロンに展開するようにイスラエルに求め、最初は渋っていたイスラエルも監視団を受け入れました。

こうして展開されたのが、「ヘブロン暫定国際監視団」です。英語名称の頭文字をとってTIPH(ティフ)と略称されています。第1次と第2次TIPHは短期間で撤退しましたが、第3次TIPHは、1997年1月から22年間、ヘブロンの中心部やその周辺に展開しました。

VTR(TIPHの活動)
その基本的なミッションは、イスラエル軍やユダヤ人入植者による暴力や嫌がらせなどから、パレスチナ人住民を守ることでした。しかしイスラエルの強い主張で、TIPHの権限は極めて限られていました。通常の国連PKOなどと違い、TIPHメンバーは目の前で暴力事件や嫌がらせなどが起きても、双方を引き離すために介入することはできません。ただ衝突の現場にいて、写真やビデオなどに記録し、報告書を作るだけの、いわば目撃者としての権限しか与えられていませんでした。
このためTIPHの有効性については、否定的な評価が一般的です。またユダヤ人入植者らはTIPHの存在を快く思っておらず、TIPHを撤退させるようイスラエル政府に迫りました。結局、当時のネタニヤフ首相がTIPHの期限延長を認めず、TIPHは2019年1月にその活動を終えました。
TIPH撤退後にヘブロン市幹部などの話を聞きましたが、多くの人が、TIPHは十分とはいえないものの、パレスチナ人住民の安全を確保する上で大きな役割を果たしていたと話し、同じような国際監視団の展開を強く希望していました。
また、データもTIPHの有効性を実証しています。

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このグラフは、ヘブロン中心部で、イスラエル兵士またはユダヤ人入植者の行動が原因で、負傷したパレスチナ人の数を示しています。これから明らかなように、TIPHが1月に撤退した2019年の負傷者は1300人以上と、前年の5倍に急増しています。TIPHは暴力を減らす上で有効だったのです。

極めて限られた権限しか持っていなかった国際監視団TIPHが、パレスチナ人住民とユダヤ人入植者が混住し、緊張が絶えないヘブロンでなぜ、一定程度、有効な役割を果たせたのでしょうか。
1990年代末にヘブロンに住んでいたアメリカのキリスト教団体の一人は、自らが目にしたTIPHの活動を、次のように記しています。
「イスラエル兵士が若いパレスチナ人の身分証明書を取り上げ、嫌がらせをしていた。そこにTIPHメンバーがやって来て、カメラを手にそばに立った。すると、イスラエル兵士は非常に不満そうにしながらも、身分証明書をパレスチナ人に返しその場を去った。」

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このエピソードが示していることは、TIPHメンバーが目撃者、記録者としてその場に立つこと、つまりプレゼンスを示すことが、イスラエル兵士やユダヤ人入植者のパレスチナ人に対する暴力や嫌がらせを抑止する効果があるということです。事実、パレスチナ人住民もTIPHを信頼し、問題が起こりそうになると、自分たちでTIPHに連絡し、プレゼンスを要請しました。
TIPHはさらに、パレスチナ人の子供たちにサッカーボールを配ったり、人形劇を上演しました。TIPHの責任者を務めたノルウェー警察の幹部は、子供たちのための活動を特に重視したと話していました。イスラエル兵士らに投石するのではなく、他の遊びに子供たちの目を向けさせることが、暴力の抑止に有効だったからです。
TIPHは通学する子供たちがイスラエル軍の検問所をトラブルなしに通れるよう見守ることもしていました。そのためある学校の校長は、TIPHの撤退後、子供たちが不安を感じていると述べています。

国際監視団といっても、通常の国連PKOなどと異なり、TIPHは事態に介入する権限を持っていませんでした。それでもTIPHのプレゼンスは暴力の抑止に役立ちました。
オスロ合意から30年たった現在、イスラエル・パレスチナ間の和平プロセスは完全に停止しています。イスラエルによる占領はこれからも続き、入植活動など事実上の併合はさらに進むでしょう。先行きが見えない中、東エルサレムと西岸ではこのところ、暴力的な事件が頻発し、ガザでも連日のように死者が出ています。
こうした暴力の連鎖を止めることは容易ではありません。しかし、暴力を少しでも減らすことは極めて重要です。日本を含む国際社会はTIPHがヘブロンで果たした役割を改めて評価し、西岸などの占領地に同じような国際監視団が展開することを受け入れるよう、イスラエルに強く求めてはどうでしょうか。暴力が増加している現在、TIPHの役割を継承するような国際監視団を展開させることは、大いに意味があるはずです。

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