NHK 解説委員室

これまでの解説記事

堂畝紘子「今 被爆三世ができること」

写真家 堂畝 紘子

s230927_008.jpg

はじめまして。写真家の堂畝紘子です。
本日は私が行っている「被爆三世の家族写真」撮影・展示プロジェクトと、活動を通して考えるようになった「継承について」、そして「三世の世代が今、できること」について、お話したいと思います。

【1.「被爆三世の家族写真」撮影・展示プロジェクトについて】
「戦争と平和」の問題について、初めて関心を持ったのは、小学生の頃です。広島に生まれ育った私にとって「被爆者」は身近な存在でしたが、学校や地域で行われる平和教育を通して、戦争や核兵器に対する恐怖心と、平和を作るために何かをしたいという気持ちが、具体性もなく育っていきました。
写真を仕事にしてからは、写真家として「平和」を考えるための作品を撮りたいと思うようになりました。しかし、その頃には既に街は復興していて「被爆後のヒロシマ」を撮ることは難しく、また、「被爆者」の撮影を無名な写真家の私が今更行うことにも引け目があり、何を撮ればいいのかわからないまま、時間だけが過ぎていきました。
同世代に焦点を当て、「被爆三世の家族写真」をテーマに撮影を始めたのは、2015年の1月です。この題材で一体何ができるのか、どんな意味を見出すことができるのか、全く見当もつかないまま撮影を続けていく中で、1枚の家族写真に「命の繋がり」を視覚化する意義と重みを実感するようになっていきました。

s230927_001.jpg

戦争、原爆を経験し、生きのびて命を繋いだおじいちゃん・おばあちゃんがいなければ、写真に写っている全員が、今ここには存在しないのだと、初めて気付いた時の気持ちは、言葉ではあらわせません。
同時に、戦争によってうしなわれた命が「繋ぐはずだった家族」の姿を想像して、途方に暮れました。

撮影を始めてまず感じたのは、焦点を当てた被爆三世のほとんどが、おじいちゃん・おばあちゃんの体験に、あまり関心を持っていないということでした。
被爆者高齢化に伴い、「被爆の実相」と「被爆体験の継承」の在り方が問題視されていく中で、「私たちの世代の意識を高めること」が、「次の世代」へ繋いでいくために必要なのではないかと考え、この写真が同世代へのきっかけになればという思いで、撮影した作品を写真展で発表するようになりました。

【2.私にできる継承】
活動を始めて9年、これまでに撮影した家族は約100組、写真展は50回ほど開催しています。
この活動に、私は「継承」という言葉を使ってきましたが、撮影を重ねる度に、考えるようになったことが2つありました。
1つは、「被爆体験の継承」について。
撮影時には、家族の間でお話していただく時間を設けています。この時に、初めて家族の被爆体験を聞く、若い世代の姿を見る機会もありますが、その表情やしぐさから、それまで「他人事」だった問題が、今「我が事」に切り替わったのかもしれない……そう感じる瞬間に立ち会うことが増えていきました。

s230927_002.jpg

どこか遠く感じている話を、ただちに自分の問題として捉えることは簡単ではありませんが、家族の体験は自分が生まれたルーツにも繋がります。

手探りで始めた活動ですが、「被爆三世」を中心とした「被爆者家族」を撮影することに強い意義を感じるようになっていきました。
しかし、「家族だから聞けること」がある反面、「家族だから聞けないこと」もありました。

s230927_003.jpg

「おじいちゃん・おばあちゃんの被爆体験を聞かせて」
そんな孫の声にこたえる被爆者も、口を閉ざす被爆者も、今おなじ時間を生きている、ひとりの人間なのです。

私たちは、家族の実体験を直接聞くことができる、最後の世代だと思います。
では、戦争も戦後も知らない私たちは、家族の体験や抱えた記憶、苦しみに、どう向き合えば良いのでしょう。
そうして、2つ目に視えてきたのが、「命の継承」でした。

s230927_004.jpg

継承の意義に迷う中、とある被爆三世の言葉が印象に残っています。
「今、幸せに生きている僕たちが、笑顔で家族写真に写るのは自然なことで、何より祖父母への感謝の気持ちの表れです。生きてくれてありがとうと思うことから考えていく“平和”があっても、僕は良いと思います」

身近な被爆者と自身の繋がりを、改めて認識することで、変わることもあるかもしれません。
被爆体験を継承することができなくても、同じ時間に「生きた証」を家族写真に記録すること。「命の継承」を後世へ繋いでいくこと。
これが写真家である私にできる、ひとつの「継承」の形だと思っています。

【3.三世の世代が今できること】
次に、被爆三世が今できることについて、私の意見をお話したいと思います。
被爆三世の正確な人数は調査されていないため不明ですが、年齢層は幅広く、生まれたての赤ちゃんから50代くらいまでの人が見受けられます。学生や、働き盛りの社会人、家庭を持っている人も大勢います。
継承問題の一因に、「若い世代の意識の低さ」が挙げられることがありますが、これは生まれ育った環境と、受けてきた教育の結果にすぎないと考えています。
時代が変われば、価値観も変わります。差別に苦しんだ被爆者、被爆二世ほどの、当事者意識を持たない三世は、見方を変えれば、強い先入観を持たず、冷静に物事を捉えられる世代であり、これからの未来を築いていける可能性の世代でもあります。考えるためには「知ること」が必要ですが、知るためには「きっかけ」が必要ではないでしょうか。これまでの方法で伝えられなかったところへアプローチしていくためには、伝える側も価値観のアップデートが必要と考えます。

s230927_006.jpg

三世だけではありません。次の世代である「被爆四世」も続々と誕生し、成長しています。その中には、四世の立場や視点からできることを実践している若者もいます。
戦争や原爆を題材に扱うのは難しいことかもしれませんが、平和を考えたり表現することはいつ、どこで、だれが行っても構わないと思います。

最後に。無関心層に対する分かりやすさと、当事者への自覚を促す意味を込め、あえて「被爆三世」「被爆四世」という言葉を使っていますが、大切なのは被爆者との血縁の有無ではなく、被爆三世・四世の「世代」であると考えています。

s230927_007.jpg

写真展を開催すると、多くの方が「自分の家族」の話をされます。
広島・長崎の被爆者に限らず、同じ時代を生きたおじいちゃん・おばあちゃんは、戦争、戦後を生き抜かれた体験者で、そこから私たちへと「命のバトン」は繋がっています。
「今、なにをしたらいいのだろう?」
ひとりひとりが考え、行動していくことが、未来という結果を作っていくのだと思います。

こちらもオススメ!