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青木賢人「モロッコ地震に遭遇して」

金沢大学 地域創造学類 准教授 青木 賢人

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この番組を収録している9月21日時点で,死者2900人を超え、5万棟の住宅が被害を受けたモロッコ地震が発生したのは,現地時間9月8日の午後11時10分,日本時間9月9日の午前7時10分でした。その時,私は世界ジオパークの代表団の一人として国際大会に参加するために,震源から70kmほど離れたマラケシュの街に滞在していました。

今日はこの地震に遭遇して私が感じた,この地震から学びたいことについてお話ししたいと思います。

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地震が起きた時,私はホテルのベッドで就寝していました。
マラケシュは,11世紀ごろに建設され,古い建造物が多く残る世界文化遺産に指定されている旧市街と,その外側に広がる,フランスによる植民地支配時代以降に建設が進んだ新市街とに分かれています。私が宿泊していたホテルは新市街にあり,フランス資本による鉄筋コンクリート造の大型建造物でした。

揺れを感じて目を覚ました時,正直なところ恐怖は感じませんでした。私は東京出身で,最近,石川県では群発地震が続いていることなどから地震に対する経験が比較的豊富ということもあるかと思います。体感震度は4程度。5弱には届いていないように感じました。揺れの継続時間は20秒から30秒,周期の短いガタガタとした揺れで,大きくユサユサと揺らされる感じはありませんでした。

揺れが収まった後,アメリカ地質調査所のサイトでマラケシュ付近の震度が日本の基準で震度4~5弱程度,震源地付近では6弱程度に達していたことを速報として確認しました。この間,火災警報のようなブザーが鳴っていましたが,ホテルからの避難誘導や情報提供は一切ありませんでした。

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ベランダから外を見ると,多くの観光客がホテル前の道路や近くの広場に,布団や椅子を持ち出して避難している様子が確認できました。歴史都市であるマラケシュには多くのヨーロッパ人観光客が訪れていました。彼らにとっては,強い有感地震は極めてまれな現象であり,恐怖を感じることも当然のことだろうと思います。
旧市街地のホテルに宿泊していた同僚からメッセージがはいってきました。旧市街地では建物被害が大きく,広場に逃げてきたとのことでした。新市街地とは違い、旧市街地では大きな被害がでていることを知りました。

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同僚から送られてきた写真には,旧市街地の被害の様子が写っていました。
翌々日、我々は大きな被害のでたマラケシュ旧市街地を訪れました。

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目立った被害のない新市街地から旧市街地に入ると,倒壊や崩落などの様子が目に飛び込んできました。
倒壊している建物をみると,旧市街地の建築方法がわかります。日干しレンガを積み上げ,その間に粘土などを詰めているだけの構造になっていて,鉄筋などは入っていません。乾燥地域に良く見られる伝統的な工法で,耐震性が極めて劣っていることが知られています。

<VTR マラケシュ崩れた旧市街>
2005年のパキスタン地震や今年の2月、トルコシリア地震でもこのタイプの建造物が多数倒壊しました。マラケシュは日本の震度で4から5弱程度です。日本であれば,家屋の倒壊はおろか瓦の落下も起きない程度です。マラケシュにおいても,新しく耐震性の高い建造物から構成される新市街地では倒壊に至る被害が生じていないことも,旧市街地における建物被害が建造物の耐震性の低さによって生じていることを示しています。

モロッコにおいて,日本と同様の耐震基準を適用することは社会経済的な事情から簡単ではありませんが,日本の耐震技術が復興に役立つことを期待したいと思います。

また,建物の構造による被害の違いは,日本にとっても大きな教訓となります。日本では建築基準法の改正によって,1981年5月までに建築された木造家屋は,耐震基準の低い旧耐震基準のもとで建築されており,震度6弱で倒壊する恐れがあります。これに対し,1981年6月以降のいわゆる新耐震基準では震度6強~7で倒壊しないことが求められています。2016年の熊本地震をはじめ,新耐震の家屋は倒壊せず,旧耐震の家屋に倒壊が生じた例は数多くあります。自治体は補助金の交付などを通して旧耐震家屋の耐震性向上を進めようとしていますが,建物所有者の意識が進まない限り,耐震性の向上は進みません。今回のモロッコ地震で見られた建造物の耐震性よる被害の違いは大きな教訓となります。

もう一点,日本にとって教訓にしたい点は,地震の発生に対する危機感の問題です。
<VTRニュース動画 大被害のあった震源地>
今回,アメリカ地質調査所の記録が残る1900年以降,モロッコ国内で最大規模の地震となりました。被災地を案内してくれたマラケシュ近郊出身の現地ガイドも,「これまでこんな地震は体験したことないし,ここは地震が少ない所なんだ」ということを話してくれました。

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しかし、モロッコを走るアトラス山脈は,2000万年前から活断層が数多くの地震を起こすことによって少しずつ隆起してきた山脈です。地質学的な時間スケールの中では,アトラス山脈周辺は地震が繰り返し起きてきた地域であり,今回のモロッコ地震もその一連の活動の中にあると考えられます。しかし、この地質学的な時間スケールで見ると活発な地震活動が,人間の時間スケールでは「発生しない」と捉えられてしまい,防災意識が低下してしまうのです。

日本列島では,太平洋側では比較的短い間隔で大地震が繰り返し発生するため,語り部活動や言い伝えなどの「経験」に基づいて防災活動を行うことができます。一方,内陸や日本海側など,活動周期が1000年を超える活断層によって被害がもたらされる地域では,経験に基づいた防災を行うことはできません。

私が住む石川県もそうした地域です。金沢の街の下には国内有数の地震発生確率を有する活断層が存在しています。しかし,最後の地震が約2000年前であり,前田利家が16世紀に金沢の街を作り上げて以降,大きな地震は経験していません。金沢の人は「金沢は地震がない街だ」としばしば口にします。状況としてはマラケシュと全く同じです。金沢だけでなく,青森や富山,松江なども同じような状況にあるといえそうです。こうした街では,経験ではなく,学習と想像力で防災を進めていく必要があります。モロッコの地震を他山の石として,日本においても活断層地震に対する知識と意識を高めていく必要があると考えています。

モロッコ地震から,私たち日本が学ぶことはたくさんあります。ぜひ,今後の防災活動に役立てていただきたいと思います。

最後に,海外旅行先で災害に遭遇することが皆さんにもあるかもしれません。今回の地震でも,旧市街では観光客の多くがアラビア語を理解できず,混乱をきたしていたと聞いています。翻訳機などを使って適切に現地の指示を聞くこと,パスポートなどの携行品の管理など,海外ならではの災害対応もあります。ただ,災害に対する行動原則は日本でも海外でも共通です。日ごろからの防災訓練や防災学習が海外でも有効なので,積極的に地域の防災訓練などに参加していただければと思います。

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