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太田治子「司馬文学と男女平等」

作家 太田 治子

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世界各国の男女間の平等の調査によると、日本は今年調査対象となった世界146ヵ国中のなんと125位だったそうです。ただただびっくりするばかりです。
このことを、今年生誕100年を迎えられた作家・司馬遼太郎先生が生きておられたら、どう受け止められたでしょうか。

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生前、数多くの歴史小説、さらには紀行文などを通して、日本人、並びに日本という国について、正しく教えてくださった先生の、「これはあかんわ」という声が空の上から聞こえてくるようです。
晩年の司馬さんから、私は大変に優しくしていただきました。奥様のみどりさんと共に、私のことをそれは親身になって心配してくださったのです。みどりさんが女だから、司馬さんが男だからと特別に意識することは、一切ありませんでした。
「司馬遼太郎は女を描くのが苦手だ」という人もいますが、私は決してそうは思いません。

「男だからとか、女だからだという垣根を取り払って、一人の人間として相手を見なくてはいけません」
お二人は、異口同音にそのように言われていたのです。

『竜馬がゆく』のあとがきの中に、「一人の人間の持っている魅力が、歴史にどのように参加して行くものか。そういうことに興味を持った」とあります。人間の魅力には、男も女も変わりがないということなのでしょう。しかし一方で、このようなことも書いておいでです。

「私は、作家として、一生、男の魅力とはどんなものかを考え続け、私なりに考えた魅力を書き続けようと思っている。」
男の魅力について考える司馬先生は、龍馬に恋する女の気持ちになってこの小説を書いたというようにも話されているのでした。小説の中の龍馬が生き生きと躍動しているのは、先生の中の女の眼が龍馬の姿を熱くみつめているからなのに違いありません。司馬先生は心の中に、男の眼と女の眼を等しく持って小説を書いていたのだと思います。
私は『竜馬がゆく』に登場する龍馬のお姉さんの乙女がとても好きです。

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龍馬の剣術の先生でもあった乙女は、「女と思って、みくびりなさるな」と言って、少年の龍馬に打ち込んでいきます。実際はみくびるどころか、龍馬は庭の池へ突き落とされたりとさんざんな目にあったりした記憶が、彼の心の中に「光り輝ける観音像」を持つことへつながって行ったのでした。

女性の容姿を持ったその輝ける者は、乙女姉さんだったと書かれています。
「・・・・これが、竜馬の監視をするのである。女性の眼で、監視をするのだ。」とあります。
男の中の男と思われている龍馬の心の中に常に観音像ならぬ乙女姉さんの眼が光っていたということは、とても面白いと思います。龍馬独自の冴え冴えとした行動のもといは、女の眼からも発せられていたのでした。ここからも、男の眼、女の眼は、それぞれ対等にひとしく惹かれあっていることを教えられます。
男女平等の問題は、男性が女の眼を持つことが自然なのだとしっかり気付いてこそ、よき方向へ向かうのではないでしょうか。女性の側も、そのことにもっと自信を持っていいと思います。乙女のように堂々と、独立した人間として、どう生きたら良いのか、『竜馬がゆく』を通して、ひしひしと考えさせられます。

長編小説『花神』は、『竜馬がゆく』からおよそ10年が経って刊行されました。
近代の日本の軍隊の創始者と言われる大村益次郎が主人公です。この作品にも明治維新という大きな革命期を目前にして出会った男女の姿がくっきりと描かれています。大村益次郎とシーボルト・イネとの出会いです。
当時、彼は「村田蔵六」という名前でした。長州の村医者の家の出の彼は一心にオランダ医学を勉強、シーボルトの娘イネにオランダ語を教えるまでになります。

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「士族を廃止して平民社会にすること」を念じる蔵六となんとしても医者になりたいというイネは、それぞれに強い意志を持っているところが共通していました。どちらかにそうした意志が欠如していたとしたら、二人の間に恋は芽生えなかったでしょう。私は、そこが素晴らしいと思うのです。シーボルトの弟子たちがイネを医者にしたいと思っていたとしてもイネ自身にそうなろうという強い意志がなければ産婦人科の医者の道は開けなかったと思います。その思いを勉強を教えることによって後押ししたのが蔵六でした。

「ようやく武を持って日本は統一した。これから文がはじまる。」
蔵六は死の直前に言っています。しかし、実のところ「文」への思いはイネに勉強を教えていた頃から芽生えていたものだったのに違いありません。
「このイネばかりが、おれの女だ」
この蔵六の最期の言葉に胸が熱くなります。「竜馬」にとって乙女姉さんがそうであったように、蔵六の心の中にも「イネ」がいつも一緒にいました。男と女は心の中で一緒に生きていくものだということがわかります。

村田蔵六は、毎晩、三丁なければ、酒が終わらないほどの豆腐好きだったといいます。

「石畳に落としても砕けないあの宇和島豆腐の硬さを思い出しイネのことを思った」という下りがあります。
司馬先生も豆腐が大好きでした。東大阪のご自宅で湯豆腐をご馳走になったことがありました。一丁が、とても大きな宇和島のお豆腐でした。
「豆腐は、宇和島のものに限りますな」 先生は、湯豆腐を突っつきながら、にこにこしてそう言われました。
きっとイネも豆腐が好きだったに違いありません。宇和島の大きなお豆腐を囲んで、蔵六とイネが微笑んでいる風景が浮かび上がります。
司馬文学で描かれた、男女の生き生きとした関係を読んでいると、心が解き放され、
どのような時代にあっても、心のままに自分はこうありたいという意志を大切にしたいと改めて思います。

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