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三宅弘「マイナンバーカードと自己情報コントロール権」

弁護士 三宅 弘

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 マイナンバーカードを使ってコンビニで住民票等を受け取るサービスで、本年5月に、他人の住民票などを誤って交付する不祥事が、相次いで起こりました。マイナ保険証の誤登録は、8月8日発表の中間報告では8441件にのぼりました。マイナンバーを付与された人々から、制度そのものへの不信が高まりました。
 それでも政府は、6月にはマイナンバーの利用範囲を拡大する改正関連法を成立させ、法律事項に限らない事務へ拡大する利用を進めています。特に、来年秋には、現行の健康保険証を廃止しマイナ保険証に統一します。その年度末までに運転免許証の機能も持たせる予定です。

 私は、政府がマイナンバー制度を作ること決めた際、個人情報保護をどう図るかを検討したチームの一員でした。本日は、2点について政府が考えるべきことをご説明します。

 1つは、日本に住む人々にマイナンバーを付与して行政効率をあげることと、すべての人にマイナンバーカードを持たせることとは別のことです。
政府は、人々が自己情報をコントロールする権利の主人公であることを自覚し、個人情報の漏えいの危険よりもあえて便利さを求めてマイナンバーカードを持ってもらうことについて、くり返し丁寧な説明をすべきだということです。

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自己情報をコントロールする権利とは、憲法13条に由来するプライバシー権のうち、政府に対し積極的に、自分の情報の開示などを求め、また本人の同意がない限り自己情報の流用を認めない権利です。本日のキーワードです。

2つ目は、現行の健康保険証の廃止を期限を決めて急ぐのではなくて、紙の健康保険証との並行の期間を長くとるなどして、人々の自己情報コントロール権を尊重した品格あるマイナンバー施策をとるべきことです。

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そもそもマイナンバー制度は、消えた年金問題などを解決するために人々にマイナンバーを付与し、漢字カナ文字の複雑さを越えて、数字の番号によって人々を管理し、「税と社会保障の一体改革」を実現するために設けられました。
マイナンバーカードは、顔写真付身分証明証と同時に、税、保険、介護等の分野に分散管理された個人情報について、行政がマイナンバーを用いて情報を紐づける運用に対し、人々が政府の運用を自分でチェックするためのカードとして発案されました。マイナンバーカードを持つことは人々の任意でした。カードに埋め込んだチップに、どんな個人情報を入れるかは、今後の課題とされて、人々の自己情報コントロール権を尊重し、小さく生んで大きく育てるという発想で立ち上げました。
しかし、政権交代を経た第二次安倍政権においては、マイナンバー制度は、匿名化した個人情報を商業ベースでも活用し経済成長につなげようとする制度に変わりました。さらにコロナ禍において、住民基本台帳に記録されている方に1人あたり10万円を給付することが進まないことをきっかけに、デジタル社会形成の基本法を整備し、デジタル大国を目指そうとしました。
基本法案の審議においては、法律に自己情報コントロール権を明記するべきという議論もありましたが、政府はこれを取り入れませんでした。かえって、個人情報保護が曖昧なままで、2万円のポイント付与で、マイナンバーカードの保有人数を急激に増やそうとしました。
マイナンバー法制定の際に、マイナンバーの保護のための特定個人情報保護委員会を設け、その後個人情報保護法を改正して、保護の対象を個人情報保護全般にひろげる個人情報保護委員会を設けました。しかし、この委員会は、各省庁から独立しないで横並びで、各省庁における個人情報保護の運用を監督する権限にとどまりました。
公正取引委員会のような強い組織にし、委員会自体も個人情報にかかる苦情申立てを受ける組織にすべきだという意見も、政府は取り入れませんでした。私たちは、ヨーロッパやカナダにおける、政府から独立したプライバシーコミッショナーには似た制度として、個人情報にかかる人々の不安を生じさせない強い権限を有する組織を求めましたが、実現しませんでした。
かえって、2021年のデジタル社会形成基本法の整備にあっては、内閣総理大臣の指揮命令の下、デジタル庁がすべてのデジタル情報を取り扱い、各省庁を監視監督するということになりました。本年6月にはマイナンバーの改正関連法が成立し、マイナンバーを扱う業務は、法律に規定した個別事務にとどまらず、これに準じて政省令で定める事務に広げました。そして、紙の健康保険証は2024年秋に廃止するというのです。

当初の情報分散管理型のマイナンバー制度では、マイナンバーと健康保険番号は併用され次第に一体化されることを予定しました。しかし、そのペースは、匿名化した個人情報を商業ベースでも活用し経済成長につなげたい人々にとっては、遅すぎるとされたのでしょう。2万円のマイナポイントの魅力をかざして急激にマイナンバーカードの申し込みを増やそうとしたのです。
マイナンバー制度において、税、保険、介護等にとどまらない多くの個人情報が自由に流れることで行政効率はあがります。民間でもビッグデータとして経済にも活用するという便利さがあります。しかし他方で、個人情報の一体集中管理は、一旦漏れると忘れ去られることはありません。闇サイトを含む民間のデータベースにも集約されて、人々のプライバシー権が侵害されるという事態を招きます。人々に自己情報コントロール権があり、どの程度の便利さを受け、他方、不便は残っても個人情報を自分で支配して管理するということ。このことを、マイナンバーを付与されたすべての人が自覚するという、品格ある個人情報保護施策がとられるべきなのです。このことは、憲法が保障する自己情報コントロール権の具体化として、尊重されるべきものなのです。
ポイント付与のマイナカードの作成で多忙な自治体の窓口で入力ミスが生じることは、本年2月にわかっていたということです。しかし、デジタル庁も個人情報保護委員会も、自らの任務としてその対策をとるべきことが遅れました。
その反省もなく、健康保険証をマイナンバーカードに一体化し、カード取得を事実上強制し、これまでの紙の保険証は「資格確認書」に変えるというのです。しかし、マイナンバーを与えられた人々は、皆、マイナンバーカードを持たなければならないのでしょうか。個人情報を分散管理したい人にまで、マイナンバーカード型健康保険証に一元化するというのでは、人々が持つ自己情報コントロール権を尊重するという発想が欠けています。

岸田総理大臣は、8月5日に健康保険証をマイナンバーカードに一体化することにブレーキをかけ、紙の健康保険証の廃止時期の判断をこの秋以降に先送りすることを、国民に説明しました。

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しかし、これに限らず、人々の自己情報コントロール権を尊重し、マイナンバーカードを持つことに個人情報保護を上回る便利さがあることをわかりやすく説明すること、また、個人情報保護委員会の権限を強化して対面の苦情処理窓口を設け迅速適切に個人情報保護措置をとること、この委員会とデジタル庁の担当大臣を分けることなどが必要です。
人権保障に手厚い品格ある個人情報保護施策を強く望みます。

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