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間野義之「スポーツの成長産業化」

早稲田大学 教授 間野 義之

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スポーツを成長産業化するための話し合いが、現在、スポーツ庁を中心に進められています。7月上旬には中間報告がまとまり、今後さらに議論を進めます。今日はスポーツ産業の活性化に向けた動きとともに今後の課題についてお話しします。まず、スポーツ産業の成長力を生かし基幹産業に育むことを推進し始めたその背景からお話します。

1.ゴールデン・スポーツ・イヤーズ
 2013年9月8日未明にブエノスアイレスで開催されたIOC総会にて、2020年のオリンピック開催地が東京に決定しました。招致委員会のメンバーの狂喜乱舞の姿を多くの国民のみなさんがテレビで目にしたことと思います。オリンピックは男子FIFAサッカーワールドカップに次ぐ、スポーツビジネス世界第二位のイベントです。1964年以来の二度目の東京開催に向けて、競技場や選手村の整備、全国各地でのホストタウン・キャンプ地などに大きく動き始めました。
他方で、2009年にはラグビーワールドカップが2019年に日本で開催されることが決定していました。当時の日本では知られていませんでしたが、4年に一度開催されるラグビーワールドカップはオリンピックに次ぐ世界第三位のスポーツイベントです。夏のオリンピックの前年が開催年ですが、同一国で連続して開催されるのは世界で初めてでした。
このような背景のもと、2015年に新設されたスポーツ庁は、2016年に経済産業省と共催で「スポーツ未来開拓会議」を立ち上げ、スポーツ産業の有する成⻑⼒を⽣かし、我が国の基幹産業に育むことを推進し始めました。

2.「スポーツ未来開拓会議」

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 スポーツ産業の活性化に向けた基本的な考え方は、スポーツで収益を上げ、その収益をスポーツへ再投資することです。このような⾃律的な好循環モデルを形成するために、これまでのコストセンターから、欧米のようにプロフィットセンターへと転換するとともに、新たなスポーツ市場を創出し、スポーツをコアとした周辺産業との融合とスポーツ⼈⼝の裾野拡大を目指しています。

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 政策の方向性は5つであり、①収益の上がるスタジアム・アリーナの在り方、②競技団体等のコンテンツホルダーの経営⼒強化・新ビジネスの創出の促進、③スポーツ⼈材の育成・活用、④他産業との融合等による新たなビジネスの創出、そして⑤⼀億総スポーツ社会の実現つまりスポーツ参加⼈⼝の拡⼤としました。

①収益の上がるスタジアム・アリーナの在り方では、様々な機能を有し、観戦において高付加価値を提供できる収益性の高い施設の在り⽅をガイドラインとして策定し、PFIなど⺠間資⾦を活⽤した公⺠連携の促進や、スタジアム・アリーナを核とした街づくり、すなわちスマート・ベニューの考え⽅を取り入れた多機能複合型施設の先進事例を形成することとしました。本年3月に開業した北海道北広島市のプロ野球スタジアムもこの先進事例にあたります。

②競技団体等のコンテンツホルダーの経営⼒強化・新ビジネスの創出の促進では、アマチュアスポーツ団体等の経営⼒強化、さらには⾼校・⼤学スポーツの資源の有効活⽤を図ることを目的に、アメリカの大学スポーツ団体NCAAを参考とした大学連携によるUNIVASを形成しました。

③スポーツ⼈材の育成・活用では、実践的スポーツ経営人材育成を目的とした手引き書の作成や経営人材育成カリキュラムを開発しました。

④他産業との融合等による新たなビジネスの創出では、スポーツとVR(バーチャルリアリティー)・センシング技術等の融合による新たなビジネスを創出し、他分野である健康、⾷、医療、観光、ファッション等との融合によるスポーツサービス業の拡大を目指しています。

⑤⼀億総スポーツ社会の実現では、⾼齢者の健康寿命の延伸に向け、運動・スポーツを取り入れた介護予防プログラムを推進するとともに、障害者のスポーツ参加促進、地域・学校における障害者のスポーツ環境の充実を目指しています。

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これらの政策を実現していくことで、2012年時点で5.5兆円だった日本のスポーツビジネス市場を2025年に15兆円に拡大させる目標を掲げています。

3.第二期「スポーツ未来開拓会議」
しかし、大きな期待をもって日本のスポーツ産業の成長ドライブとして位置付けていた2つのイベントが終了し、当時は想定もしていなかった新型コロナウイルス感染症の感染拡大、急激なデジタル化の進展、急速な少子化に伴う若年スポーツ人口の減少など、様々な環境の変化が生じたことから、改めてスポーツ未来開拓会議を再開し、本年2月から8回に亘って議論を行ってきました。
 前回のスポーツ未来開拓会議が開催された 2016 年にはバスケットボールリーグ(B リーグ)が誕生し、その後も卓球(Tリーグ)、ラグビー(リーグワン)等、多くの競技で新リーグの立ち上げが続きました。
不要不急の外出自粛が求められていたコロナ禍においては、多くのスポーツ団体が積極
的に配信サービスの活用に取り組み、公式試合はもとより選手個人のプライベートを含めた様々な動画や情報を配信するようになりました。

さらに、意欲的な団体はデジタル技術を活用して既存サービスを高度化したり、NFT (ノン・ファンジブル・トークン)や暗号資産の発行などWeb3.0を活用した全く新しいサービスを開始するような動きも出てきています。コロナ禍が DX (デジタルトランスフォーメーション)を加速させ、スポーツ団体は自らの戦略に基づいた多様な活動をこれまでより容易に行うことができるようになったとも言えます。  
また、ビックデータや AI(人工知能) の活用が進むなか、スタッツデータと呼ばれる試合データの活用が進み、メディアやゲーム会社など様々な主体がそれぞれの目的で活用する動きも拡大してきています。競技レベルの向上に役立つ動画解析ツールなども開発され、比較的安価に提供されるようになったことから、個人や学校等での利用も進んでいます。
これらスポーツ界を取り巻く動向を踏まえ、第二期スポーツ未来開拓会議では、『「みる
スポーツの更なる拡大」』、「みる」スポーツと「する」スポーツの観点から『地域スポーツの発展』、「する」スポーツの観点から『Well-being の向上』を主なテーマとして議論を行い、今月上旬に中間報告書を公表しました。
 「みる」スポーツの更なる拡大については、観戦体験の高度化等によるスポーツコンテンツの魅力向上や、我が国スポーツの海外展開促進、ホスピタリティによる観戦体験の高付加価値化、付加価値の高いスタジアム・アリーナの整備に向けた民間活力の活用促進や社会的価値の定量化、スポーツDXの推進による収益拡大などに関して議論されました。
 「地域スポーツ」については、国内外の需要を一層取り込むためのスポーツツーリズムの推進や、各種データの分析・活用による人々のスポーツへの動機付け、地域スポーツに多様な運営主体の参入を促すための学校体育施設等の開放や財源等の環境整備などに関して議論されました。

4.これから
ただし、この中間報告はまだ途中経過であり、今後も議論を継続し、取組の具体化に向け、論点を掘り下げて検討していきます。本報告書での問題提起を契機として多くの人々におけるスポーツの成長産業化についての議論が活発に行われることも大いに期待しています。
2030 年代も見据えたこれからのスポーツ産業の在り方を仮称「スポーツ産業ビジョン-人材と資金の好循環システムの実現-」として、今年度中を目処に取りまとめる予定です。

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