NHK 解説委員室

これまでの解説記事

武石恵美子「変動する時代のキャリアデザイン」

法政大学 教授 武石 恵美子

s230725_013.jpg

私は「キャリアデザイン学部」というところで教鞭をとっていますが、現代はキャリアをデザインすることがとても難しい状況にあると感じています。これからの時代、私たちはキャリアをどのように考えたらよいでしょうか。

キャリアというと職業との関連においてとらえられることが多いのですが、キャリア研究で有名なエドガー・シャインは、「キャリアとは生涯を通しての人間の生き方・表現である」と言っています。キャリアという言葉は、馬車が通った後にできる轍が語源と言われており、職業以外にも様々な生活上の役割を担う中でそれぞれの人生の軌道が決まっていくと考えます。

キャリアデザインは、キャリアのゴールイメージを持って、それに向かって努力をする、そのための行程表を作ると考えることができるでしょう。しかし、皆さんもご自身の人生を振り返ってみてください。思い描いた通りになっていないことの方が、圧倒的に多いのではないでしょうか。「努力すれば夢は叶う」という言葉を聞きますが、むしろ実現しなかった夢の方が多いのが現実です。キャリアをデザインしてもその通りにならない、そして、これからは、ますます予期しないキャリアの展開がある時代になっていくということを理解する必要があります。

キャリアのとらえ方は、時代とともに変化しています。伝統的なキャリアの考え方と新しいキャリアの考え方を比較してみましょう。

s230725_017.png

大きく変わったのがキャリアが形成される環境です。
伝統的な状況においては、社会の変動がそれほど大きなものではなく、安定的な状況の中でキャリアを見通すことがある程度可能でした。重要なのは、仕事を選ぶ時に、自身の適性や関心に合う仕事を選択することでした。1つの組織で長期的に働くことを前提に、その組織の中で効果的な育成の仕組みに乗ってキャリアを形成すれば、組織にとっても個人にとっても望ましいキャリア形成ができると考えられたわけです。キャリアの方向性としては、梯子を上に登っていくイメージで、キャリア・ラダーという言葉が使われました。

しかし、これからの時代において、「安定」を前提にすることはできません。不確実に変動していくことが確実で、安定を期待することこそが最も不安定になるような環境になっています。自分が適職だと思った仕事でも、仕事そのものの構造が変化したり、新しい能力が求められるような状況に直面することは避けられません。これまで効果をあげてきた人材育成の仕組みが通用しなくなり、個人が自分のキャリア形成に主体的に取り組むことが求められているのです。

s230725_018.png

キャリアの方向性は、上や下だけでなく、様々な方向に選択できるという意味で、キャリア・ラダーに代わり、キャリア・ラティスという言葉が使われるようになっています。

その意味では、個人のキャリアデザインの力がより問われる時代になったといえます。しかし変動が大きく将来が見通せない時代、加えて、職業人生が長期化することを考えると、これからのキャリアをデザインしていくことがとても難しいのも事実です。

では、私たちは自分のキャリアにどのように向き合えばよいのでしょうか。

まず第1に、キャリアは個人に帰属するものであり、キャリアを自分が決めるということに自覚的になることが重要です。キャリアオーナーシップという言い方がありますが、自分のキャリアに主体的に向き合う「自律的なキャリア」ということが近年強調されてきました。

日本の組織では、個人の自律的なキャリア形成には重きが置かれず、キャリア形成を組織主導で行う傾向が強かったといえます。たとえば、転勤命令には従うべきという暗黙の了解があるわけですが、組織の人事異動に個人が従うというのは欧米では一般的ではありません。欧米ではポストが空くと社内公募という制度を使って従業員自身が仕事を選ぶというのが一般的です。

組織主導のキャリア形成を疑念なく受け入れてきた人たちが、キャリアは自分のものと意識するためには、そのための対応も重要になります。近年「キャリア研修」と冠して、従業員に今後のキャリアを考える機会を提供する企業が増えているのは、意識の転換を促すという意図が背景にあります。

s230725_019.png

その上で、第2に、個人がキャリアを自律的に考え、今後の方向性を決める上で、自己理解の重要性を指摘したいと思います。自己理解に当たって、たとえば、やりたいこと(will)、できること(can)、意義や価値を感じること(value)という観点から、自分のキャリアを考えてみることも有効です。

第3に、変化する環境の中で、それに柔軟に適応していくことが求められます。先ほど申し上げた自己理解は、変化する環境に適応していく時に、周りに流されて自分を見失うことがないように、自分らしさ、アイデンティティを維持する上でも重要です。変化をポジティブに受け止めて、新しい状況にオープンな姿勢で前向きに取り組むチャレンジ精神は、変動する社会では重要な資質となります。チャレンジを、新奇なものに次々と挑戦することと考えるとハードルが高いですが、普段の生活の中で出会ったことをきっかけに何か行動に移してみるというようにとらえてみましょう。新しいことに踏み出す時にはリスクも伴いますが、それを恐れずに自分の選択を信じる姿勢も大切です。

変化への対応に関連して、近年「リスキリング」、学び直しの必要性が強調されています。自分の能力やスキルをアップデートしていくこと、学びを楽しむことが必要です。学びの機会は、日常的に様々なところにあるのですが、漫然と過ごしているとそれに気付かず、自分にとって重要なチャンスを見逃すことになりかねません。例えば、育児や介護など仕事とは異なる生活シーンにおいても、学びや新しい経験の機会はたくさんあります。たまたま出会う偶然の中で、意味ある偶然に気づくために、自身の将来について緩やかな展望を持つことも必要なことです。

ここで「キャリアデザイン」ということをあらためて考えてみましょう。

変動が大きく将来が見通せない時代に、キャリアの目標を決めて行程表を作るのはほとんど意味がなくなっています。自分自身の「今」を理解して将来を緩やかに見据え、社会変動の中にいる自分を意識しながら、様々な経験の中で重要な「出会い」に気づき、変化に柔軟に対応していくことが必要になっているのではないでしょうか。
そのためには、今やろうとしていることがどのような結果につながるのかを予測して行動に移すよりも、自身の選択を信じてオープンマインドにチャレンジしていくことが結果として自分らしいキャリアにつながると考えてはどうでしょうか。スティーブジョブズの有名なスピーチに「将来に向かってドットをつなげることはできない。過去を振り返ってドットがつながる」という言葉があります。ばらばらになっているドット、つまり経験をつないで自分のキャリアを振り返る行動も、自分らしいキャリアを確認する上では重要なプロセスです。

将来が見えない時代、不安なこともたくさんありますが、可能性が拡がる好機ととらえて、目の前のことに前向きに取り組みながら、自分らしい生き方をしていきたいと思います。

こちらもオススメ!