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中村文彦「電動キックボードの課題」

東京大学 特任教授 中村 文彦

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 現在、東京大学に特任教授として勤務している中村文彦と申します。都市交通計画を専門としています。都市の中の移動を支えるいろいろなサービス、道路や駅など、移動を支えるインフラ、それらを利用する人たち、それらに関連する政策や制度、計画などを勉強している研究者です。

電動キックボードの位置づけ

 今日は、電動キックボードの課題をお話しします。あちらこちらで報道されていますが、令和5年7月1日に道路交通法などが改正され、条件付きで歩道が走行できるようになるなど、電動キックボードを利用する際の運転免許の有無や走行のしかたについてルールが変わり、その安全性などについて関心が高まっています。

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 現在、日本で電動キックボードと言われているのは、この写真にあるような道具の総称です。最初に路面を蹴る必要がありますが、そのあとは電動モーターで滑らかに動きます。消費電力が少なくエネルギー効率がよい点が特徴のひとつです。
 今日は、この電動キックボードの安全性のお話を中心に課題を述べていきます。そのために、まず、都市の中の移動手段としてのこの電動キックボードの位置づけをきちんと整理します。

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第一に、使い勝手のよい移動手段だという点です。電車やバスに乗るには、割高感がある、歩くには少し遠い、自転車ならちょうどよいくらい、具体的には数百mから2kmくらいのような距離の移動に適しているといえます。駅で電車をおりてから最終目的地まで、このような距離で使うイメージから、ラストマイルの交通と呼ぶことがあります。小さな交通手段という意味で、マイクロモビリティとも呼びます。なお、利用者が、以前はどのような交通手段を使っていたか、は重要な視点のひとつです。マイカー利用から移る人もいるだろうし、バス利用をやめて電動キックボードに切り替える人もいるかもしれません。
 次に、シェアリングサービスが使える点があります。我が国では、ほとんどがシェアリングサービスです。同じ場所に返す必要なく、いったん登録すれば、安く気軽に使えます。
 そして、ここが最も重要なのですが、道路上を走行するという点です。道路には、歩行者、自転車をはじめ、さまざまな利用者がいます。そして、都市では、道路空間は無尽蔵ではありません。せまい空間の中で、いろいろな交通手段が混在しているのが実態です。その中で、安全を担保する必要があります。道路が広がるわけではないのですから、新しい交通手段が入ってくる分、なにかを減らさない限り収まりはつかないので、道路空間の再配分を考える必要があります。日本の道路で、そもそも歩道と車道が区分されているところは、とても少なく、その歩道も、幅は十分ではない場合が多いようです。車道は、交通量が多く、速度も早く、路上駐停車もある場合には、電動キックボードの走行は容易ではないかもしれません。

安全性の論点
 電動キックボードを車両としてどう認定するか、そして、道路交通としてどのように規制するか、これらは、道路運送車両法や道路交通法といった法律で取り扱われます。電動キックボードについては、これらの法律の見直しや改正が、このコロナ禍の中で、どんどん進んできました。最初に述べたように、この7月にも一部が改正されました。
 利用者の使い方という点からの安全性の課題が多く指摘されているところですが、先ほど述べたように、都市交通としては、電動キックボードが道路を走行するさまざまな交通手段のうちのひとつである、というところにもっと注目すべきだと思います。

 どうしても、シェアリングサービスの普及、運転のルール、そして運転のマナーといった点に関心が行きがちですが、限られた道路空間の中に入ってきた新参者であることを忘れてはいけません。

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 電動キックボードのシェアリングサービスが使いやすいものだとしても、それを、道路のどこに走らせるべきか、先々、他のさまざまな交通手段とどのようにバランスをとっていくべきか、危ない、ルール徹底をいうよりも前に安全に走行できる環境づくりを考えるべきではないかと思います。
 その時に、重要になってくるのが、道路の管理者、そして道路上のさまざまな交通手段についての政策を立案し実行する人、具体的には各自治体です。市区町村において、電動キックボードおよびその派生形、たとえば3輪のものとか座席付きのものも出てくると思いますが、これらは、どういう役割を担って、人々にとってどれほど大切で、道路ではどういうところを走るようにしていくのか、しっかり考える必要があります。もう少し踏み込むと、自転車や電動キックボード等が、他の自動車や歩行者のことをあまり気にせず安心して安全に走行できる空間を、それなりに用意する必要があるということです。新しく道路をつくれない場合、自動車のためのスペースを減らしてでも、歩行者を脅かすことなく、街の中に安全走行可能な空間を用意することが先決で、その上で、そこでの交通法規や、利用に際しての教育活動が入ってくるのだと思います。

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パリは、2007年以降、自転車の普及推進のために、シェアリングサービスの大規模な導入とともに専用の走行空間をものすごい勢いで増やしています。あとからやってきた電動キックボードは、その自転車道を走行することになり、それなりに安全です。ただし、パリでは、シェアリング貸出ステーションでの乱雑な乗り捨てや、乱暴な運転が目立ち、住民投票を経て、市内での電動キックボードのシェアリングサービスの実施が大きく規制されることになりました。なお、個人所有の電動キックボードの利用については、フランス全体でルールの見直しはされていますが、利用を大きく制限するような規制はされていません。パリでの住民投票自体の投票率が低いので、これが民意かどうかは慎重な議論が必要ですが、全員がもろ手を挙げて歓迎しているわけではないことを知っておく必要があります。他の欧米の都市でも、事故の報告等の議論があります。

これからの課題
 まず、今の都市で、そしてこれからの都市で、未来の絵姿を考えたときに、マイクロモビリティと呼ばれるこれらの交通手段が、どんな役割を担うのか、そしてどこを走るのか、どこに停まるのか、誰がどう使うのか、人々の移動やライフスタイルがどこからどのように変わるのか、道路上の他の交通手段、ここには、歩行者である人間もはいりますが、それらとどう共存するのか、大きな方針が必要です。
 その上で、より安全な共存を実現、持続させていくために、車両技術は、管理技術や、サービスの工夫は、利用者への教育は、そして、その土台となる交通法規は、どうあるべきか、バランスのとれた議論、必要な試行錯誤が望まれます。売れればよい、普及すればよいでは済まされないことだと思います。

 歴史を振り返ると、新しいサービスのアイデアが登場したとき、いつも同じような議論をしてきたようにも思います。適材適所に、本来の魅力を十分に発揮できるよう、道路のあり方、都市のあり方、人々の生活のあり方とセットになった安全の議論が必要だと思います。

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