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大山利男「有機食品市場と日本農業の可能性」

立教大学 准教授 大山 利男

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SDGs時代の農業モデル:有機農業への期待
近年、オーガニック、ナチュラルといった有機食品専門の店舗が、大都市圏を中心に目立っています。宅配システムや、通販、産直サイトも増えており、これまでとも少し違ったかたちで、有機食品に対する関心が高まっていると感じます。これが一過性のブームなのか、それとも日本で有機農業が定着し普及拡大する契機となるのか、今はその重要な分岐点にあると考えています。さまざまな局面はありますが、ここではとくに経済面から、大局的な視点で可能性を述べてみたいと思います。

さて、食料農業分野においても、国連の持続可能な開発目標、いわゆるSDGsに沿った取り組みが増えています。ヨーロッパ諸国では、気候変動対応や生物多様性保全といった課題に応えるべく、低投入で持続可能な食料システムの具体的なモデルとして、「有機農業」を位置づけ、推進しています。欧州委員会(EU)は、「有機農地面積の割合を2030年までに25%にする」という数値目標も示しています。その方向性は明確です。
日本では、農林水産省が、2021年5月に公表した「みどりの食料システム戦略」において、「2050年までに、有機農業の取組面積の割合を25% (100万ha) に拡大する」という目標を示しました。日本の有機農地は、現時点で全体の0.5%ですので、ハードルはかなり高いと思いますが、政府がメッセージを発した意義は大きいと言えます。
ただ、留意すべきこともあります。
有機農業がどれだけ望ましい農業モデルで、推進すべき農業であるとしても、実際には、民間における取り組みの如何に掛かっている、ということです。EUでも日本でも、政策支援は必要と考えますが、やはり有機農業が民間の経済事業として成り立つことが基本だと思います。そのためには、有機農業を支持する消費者が増えること、有機食品の購入量も増えること、すなわち有機食品市場の成長、需要の創出が、今日では重要なカギであろう、と考えています。

有機農業と有機食品市場の均衡ある成長
有機食品市場の成長がなぜ重要なのか、その理由を、ヨーロッパの経験から説明したいと思います。

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この図は、ヨーロッパ/EU加盟国における有機農地面積と有機食品市場(小売額)の累積の成長量を示しています。ヨーロッパは、有機農業の面積シェア、有機食品の市場シェアが高く、有機農業がもっとも普及展開している地域ですが、この図のポイントは、有機食品市場の伸びに対して、有機農地面積の伸びが追いついていない、むしろその差が拡大している、ということです。つまり、ヨーロッパ域内での供給が追いついていないのではないか、という訳です。そこで、たとえばドイツ政府は、このような状況を、まだ有機農業に転換していない多くの農業者にとって大きなビジネスチャンスである、と説明しています。有機農業を推進する大義は「持続可能性」ですが、有機食品市場という需要側の拡大を推進力にして、有機農業への転換を促そうとしているのです。

日本の有機食品市場の現状
翻って、日本の有機食品市場は、現在、1、800億円〜2、000億円規模と見込まれています。食品全体の市場規模が約56兆円ですので、有機食品の市場シェアはおよそ0.3%となります。残念ながら、日本の有機食品市場は、現時点できわめて限定的と言わざるを得ません。
では、今後についてはどうでしょうか?

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つぎの図は、農林水産省が2020年に作成した有機食品市場規模の趨勢予測です。同様の手法による推計結果、すなわち2009年の1、300億円、2017年の1、850億円という市場規模を前提にすると、8年間で550億円、年率4.51%で拡大したことになります。もし今後も同じ成長率が持続するとすれば、2025年には2、633億円、2030年には3、283億円規模に達する、という予測です。日本の有機食品市場は、現状維持でも、2025年には2017年の1.4倍、2030年には1.8倍の規模に成長する、ということです。有機農業では、有利な経営環境が期待できる、ということになります。

日本の有機農業の現状と今後の課題:新しいステージに向けて
では、有機農業の現状はどうなっているでしょうか。

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この図は、有機農産物の生産量の推移を示しています。ここでは、有機JAS制度に基づき、農場検査・認証を受けた有機農産物に限定していますが、まず分かることは、2001年から2020年までの20年間に、2倍以上増加したことです。また、日本の有機農業が、圧倒的に「野菜」を中心に発展してきた、ということもわかります。
野菜は、最も一般的に購入される食品であり、直売市・マルシェや、ロットの小さな宅配便出荷にも馴染みやすく、その点で、多くの生産者にとって取り組みやすいと言えます。今後とも有機農業における有力な品目、生産部門であり続けると考えられます。
 ただ、今後のポイントは「野菜」以外にある、と考えることもできます。有機の「米」は、全体の11%にとどまっています。図には示されていませんが、小麦、大豆はそれぞれ1千トンを少し超える程度です。基幹的な食材であるにもかかわらず、実は十分に生産されているとは言えないのです。その要因として、米はともかく、小麦、大豆では、製粉業界や、味噌、醤油などの食品加工業界との結びつきが重要ですが、これまで、その取扱量が限定的だった、ということがあります。食品加工業者と、個別の有機生産者では、価格面だけでなく、取り扱うロットの大きさといった諸々の条件面で折り合うことが難しかったのだと言えます。
しかし現在、日本の有機食品市場においても、一次産品としての農産品より、加工食品の市場規模がはるかに大きく成長しています。民間の調査会社によれば、有機加工食品の市場規模は農産品の2倍以上である、という推計もあります。つまり、有機加工食品の市場規模と、小麦・大豆を含む、有機の加工原材料用農産物の供給量との間には、需要・供給の大きなギャップが生まれているのです。最近、一部の食品加工業者や卸業者から、「有機であれば、国産であれば、もっと調達したい。ただ、まとまった数量で供給できる産地がなかなか見つからない」といった話をよく聞きます。まさに実需者と生産側との間で、需要・供給のギャップが表面化していると言えます。有機農業者だけでなく、一般の農業生産者による有機農業への転換も大いに期待されるところです。
生産から加工、流通、消費へとつなぎ、一連のフードチェーン全体で「有機」の価値を高める、そんな新たなフードシステムの構築を目指す気運が見られます。有機農業者・農業団体にくわえて、小売・卸売業者、食品加工業者、物流業者、産直サイト等の運営事業者など、多くの関連事業者が関わるようになっています。有機加工食品ではとくにそうですが、有機畜産・酪農の部門もまったく同じことが言えます。生産者を支える、処理・加工プラント等の関連事業者がつながっていなければ成り立たないからです。
このように有機食品市場が成長し、質的にも充実していくことは、日本の有機農業を新しいステージに移行させ、また、その結果として日本の有機農業が広く普及展開することにつながるのではないでしょうか。

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