NHK 解説委員室

これまでの解説記事

山田康成「フリーランス支援の今後」

弁護士 山田 康成

s230705_012.jpg

今年4月、フリーランスとして働く人が安定的に働ける環境を整備するための法律が成立しました。今日はフリーランスの方が働く環境や、法律が出来て変わること、これからの課題についてお話しします。

特定の会社や組織などに所属せず、自らの知識や経験、スキルを活用して収入を得る働き方をフリーランスといいます。2020年に内閣官房が行った調査では、その数は462万人に上るとされています。この働き方が増えるのに伴って、フリーランスの仕事上のトラブルも増えています。第二東京弁護士会が厚生労働省から委託を受けた法律相談窓口であるフリーランス・トラブル110番は、開設した2020年の11月からこれまでの間、1万件を超える相談に対応してきました。私は、フリーランス・トラブル110番の立ち上げに携わり、現在も相談に応じています。
フリーランス・トラブル110番に寄せられた相談の中で最も多いのは、発注者が約束した報酬を支払ってくれないという相談です。例えば、ポスターのデザインを作って欲しいという依頼を受けて、デザイナーが多くの時間と労力をかけてデザインを作成したとします。ところが、発注者は、完成したデザインのイメージが違ったという理由で、一方的に報酬を引き下げたり、ひどいときには、納品を断って報酬が支払われなかったりすることもあります。頼んだけどいらなくなったというような単なる発注者の都合だけで一方的にキャンセルされたという相談もあります。会社に雇用されて働く労働者の場合には、会社が突然、今月の給料を引き下げたり、支払いを止めたりすることはできません。労働基準法で、賃金は決まった金額全額を、決まった日に支払わないといけないということが定められているからです。一方、フリーランスには、労働基準法は適用されません。
もう一つ違う例を挙げてみましょう。スポーツクラブとインストラクターの間で、1回のレッスンに対する報酬を定めて働いている場合です。レッスンが終わった後に、スタジオの掃除や、色々な雑用まで求められたという相談もあります。このような場合でも、1回のレッスンに対する報酬しか支払われないと、時間当たりの単価は、大きく下がることになります。フリーランスに対し求める仕事の範囲が不明確になってトラブルになることもあるのです。
このように発注者に比べ弱い立場に立たされることが多いフリーランスに対し業務委託する取引の適正化とフリーランスの就業環境の整備を図ることを目的とする法律ができました。「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」です。

s230705_014.png

s230705_015.png

この法律は、フリーランスを「特定受託事業者」と定義したうえで、全ての発注者に対し、受託事業者であるフリーランスが行う給付の内容、報酬の額、支払い期日などの事項を、予め、書面やメールなどで明示することが義務付けられました。
この他、報酬の支払い期限の規制も出来ました。一定期間継続してフリーランスと取引をしている発注者に対しては、一方的に報酬額を減らしたり、成果物の受け取りを拒否したりする行為などが禁止されました。このほか、取引を解約するには少なくとも30日前に予告しなければならないこと、フリーランスに対するハラスメント行為について発注者が必要な措置をとること、フリーランスが仕事と育児や介護を両立できるよう発注者が必要な配慮をすることが求められました。これらの違反行為には罰則も用意されています。
新しい法律が出来たことにより、フリーランスに求める仕事の内容や報酬の額を予め明確にすることが発注者に義務付けられたので、フリーランスと発注者の間のトラブルを未然に防ぐことが期待されます。また、発注者に求められる様々な遵守事項が定められ、違反行為には罰則も適用されますので、発注者とフリーランスとの間の取引が適正化されることが期待されます。
一方、新しい法律が出来たというだけで全てが解決するわけではありません。まず、この法律は労働基準法のように、法律が定める基準に達しない契約の規準を法律の規準にまで引き上げる効力を持つものではありません。フリーランスと発注者が、この法律を十分に理解し、適切に活用していくことが必要となります。
発注者の違反行為に対しては罰則も適用されることになっていますが、違反行為を適切に拾い上げ、是正するための国の体制を整える必要もあります。この法律は、法律制定から1年6ヶ月以内に施行されることになっていますので、来年の秋までには国の体制も整える必要があります。
この法律は、フリーランスを労働者ではなく事業者と位置付けています。しかし、発注者から業務委託を受けて働いている人たちの中には、実質的には労働者としての働き方と変わりがないような働き方を強いられている人が一定数含まれていることも指摘しておかねばなりません。一例をあげると、私たちが買い物した商品を家庭に運ぶ配送の現場があります。発注者から指定された荷物を朝早くから夜遅くまで家庭に運んでくれる配送員には、発注者と業務委託契約を結んで働いている方が多くいます。配送の現場で働く人たちは、一つの発注者の指示のもとで、指定された配達時間を守るために働いています。色々な発注者の仕事をうけ、自由に時間と場所を選んで働くというフリーランスのイメージとは程遠い働き方であり、その実態は、労働者とほとんど変わりのないものといえる場合があるのです。労働基準法が適用される労働者か否かについての判断基準は、昭和60年に、当時の労働省に設けられた労働基準法研究会の報告書の基準に従って現在もなお判断されています。しかし、令和となった現在では、世の中の仕組みも、労働者としての働き方も大きく変わってきました。スマートフォンのボタン一つで明日、荷物が家庭に届けられるという社会を昭和60年当時、想定していたでしょうか?労働者の働き方も、テレワークが普及し、会社に出勤せず自宅などで働いたり、働く時間の裁量も広がったりしています。会社員であっても、兼業や副業も認められる時代になっています。私は、この新しい法律が出来た今こそ、この労働者性の判断基準自体の見直しを検討するか、少なくとも、現在の判断基準で適切に労働者性の判断がなされているのか検証する時期がきているのではないかと思っています。新しい法律は、あくまでもフリーランスを事業者として位置付けている以上、働き方の実態が、フリーランスとしての働き方ではなく労働者としての働き方となっているのであれば、労働基準法などの労働法が適用されるべきだからです。
フリーランスという働き方は、自らが培った知識や経験、スキルを一つの組織に限られず、様々な現場で発揮することができる働き方です。発注者もフリーランスが発揮する専門性を尊重し、その専門性の高い働き方を自らの事業運営に効果的に活用するようになれば、より活力のある働く現場を作ることができるのではないかと感じています。そのために、フリーランス・トラブル110番が、その過程で発生する当事者のトラブルを解決することに少しでもお役に立てればと思っています。

こちらもオススメ!