NHK 解説委員室

これまでの解説記事

内藤裕二「胃腸の役割を考える」

京都府立医科大学 教授 内藤 裕二

s230704_025.jpg

本日は胃腸、英語ではガットと呼びますが、その役割について考え、腸内細菌の重要性、健康維持、老化における役割などについて考えてみたいと思います。

さまざまな生物の中で、脳のない生物はいても腸のない生物はいません。
たとえば、ヒドラという口と肛門が繋がっている動物がいますが、ヒドラは腸管から直接、餌を取るために、手を動かす神経へと刺激が伝達されます。
神経を動かすのは、脳ではなく、腸なのです。

s230704_003.png

さらに、最近解明されましたが、ヒドラは自分を再生できる幹(ミキ)細胞で、自分の体を更新し続けることにより「永久の生命を持つ」ことが明らかになりました。
脳のないヒドラは老化しないようです。

s230704_015_.png

食べ物と栄養素から考えると、胃腸(ガット)には以下のような働きがあります。
①食物を摂取する
②摂取した食物を栄養素に分解する
③栄養素を血液中、リンパ管に吸収する
④消化できない老廃物を体内から排泄する
ことが、基本的な胃腸のはたらきです。

s230704_016_.png

さらには、胃腸には、数多くの働きがあり、さまざまな病気に関与しています。
① 本来胃酸を分泌することは、食べたものの消化に必要なことですが、逆に胃酸が自分自身を攻撃すると逆流性食道炎や胃潰瘍の原因になります
② 肝臓で合成された胆汁酸は、十二指腸に分泌され、その後腸内細菌で代謝され、脂質の吸収に働くだけでなく、腸管運動刺激、脂肪肝の原因にもなります
③ 胃腸からはさまざまな消化管ホルモンが分泌され、糖尿病や肥満を抑制するホルモンもあります
④ 胃腸の上皮細胞のなかには、粘液を分泌する細胞があります。粘液を分泌することによりからだの内と外との物理的なバリアーになり、ウイルスや細菌の侵入を防いでいます。
⑤ 胃腸粘膜上皮のなかには、抗菌ペプチドや免疫グロブリンを分泌する細胞がいます。積極的に細菌やウイルスを排除することにより、感染症を予防しています。よって。インフルエンザの予防においても胃腸の働きは重要なのです。
⑥ また、アレルギーやがん免疫において、免疫細胞の働きが重要ですが、この免疫細胞の働きも胃腸、とくに腸内細菌により制御されています。

医学の父、ヒポクラテスは「すべての病気は腸から始まる」という言葉を残しています。今、まさに、「胃腸」を標的にした、生活習慣病、がん、老化予防に向けた研究が開始されています。

病気と腸の関連を研究するなかで、腸内細菌の重要性が明らかになってきました。
ヒトの腸内細菌は、40兆個、1000種類と計算されていて、ヒトは腸内細菌とともに生命共同体を形成し、腸内細菌のもつ1,000万以上の遺伝子による産物にヒトは助けられています。
さらに、腸内細菌やその腸内細菌が作る代謝物は、ヒトの免疫、代謝、脳機能を制御し、がんの成因にも関与し、最終的には健康寿命、老化に関わっています。

1982年、オーストラリアのMarshallとWarrenにより初めてヒトの胃粘膜から分離培養された菌が、ヘリコバクター・ピロリ菌です。

その後の研究により、日本人の胃がんの99%はピロリ菌感染が関与する胃がんであることが明らかとなり、最近ではピロリ菌に対する抗生物質を使用した除菌療法が開発され、胃がんリスクの低下が期待されています。

食事アレルギーや膠原病などの免疫が関与する慢性炎症疾患が増加しています。
腸内細菌は、炎症、アレルギーを制御する、「制御性T細胞」の誘導に関わることが、日本人の研究者により明らかにされています。

s230704_023_.png

健常人の糞便を無菌のマウスに移植することにより、ヒトの腸内細菌叢をもつマウスが作られました。その結果、17菌種のクロストリジウム属菌が定着します。その結果、酪酸が作られ、制御性T細胞を誘導することが明らかにされました。
私達の免疫応答は腸内細菌によって制御されているのです。

さまざまな疾患と腸内細菌に関する研究が実施されています。
炎症性腸疾患であるクローン病や神経難病である多発性硬化症は、日本において、戦後直線的に増加しています。このような難治性疾患の原因には、免疫の異常、免疫の暴走が関与するとされています。
腸内細菌叢を調べると、2つの疾患で、酪酸産生菌であるフェカリバクテリウムが共通して減少していることが明らかにされました。
さらに、腸管リンパ球の解析により、炎症反応に重要な役割をするTh17リンパ球も2つの疾患で共通して増加していました。つまり、臨床像が全く異なる疾患ですが、腸内細菌からみると共通の変化がみられているのです。

腸内細菌の変化は病気の結果として変化したのではありません。
両親から受け継いだ遺伝子の影響、幼少時の環境の要因、さらには食事・栄養の影響を受け、ストレスなど、多くの環境要因の影響を受け、腸内細菌叢の異常が生じていることが明らかになりつつあります。

こうした腸内細菌叢の乱れが肥満、糖尿病、大腸がん、認知症の発症、進行に関わっていることが明らかになりつつあります。

私達は日本有数の長寿地域として知られる京都府北部にある丹後地域で、長寿の秘密をさぐる研究を2017年から開始しています。
腸内細菌のデータだけでなく、さまざまな健康情報を入手し、健康で長生きできる秘密を探っています。
その結果、長寿に関与する腸内細菌を見つけることに成功しています。

身体的、精神的な脆弱性を意味するフレイルの程度を抑制する可能性がある腸内細菌が見つかっています。ビフィズス菌などの短鎖脂肪酸を産生する腸内細菌叢が多いことが、フレイルに対して抑制的に作用する可能性を見つけています。

s230704_024.png

これまでの京丹後長寿コホート研究からは、健康長寿に重要な腸内細菌の多様性の維持のためには3つのことが大切と考えています。

s230704_016.png

第1に動物性たんぱく質、脂肪を控え、魚や植物由来の多様な食を摂取すること、
日本人は長い歴史の中で魚や豆類をうまく利用できる腸内細菌が定着しています。動物性蛋白、脂肪の摂取を控えることも重要です。さらに、炭水化物も白米ではなく全粒穀類を食べているヒトが多く、食物繊維の豊富な食事がベースにあります。

s230704_017.png

第2に生活のなかで体を動かすこと、畑仕事をしたり漁業をしたりと、毎日の生活の中に運動が組み込まれています。こういった体を動かす生活環境がよい腸内細菌につながっています。

s230704_018.png

第3に体内時計によって制御される概日リズムを維持することも重要のようです。

私達人間は、地球の自転による24時間周期の昼夜変化に同調して体内環境を変化させる「体内時計」を持っています。
このリズムが乱れないように、日々の生活を送ることもよい腸内環境につながります。

こちらもオススメ!