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永瀬伸子「少子化時代の社会保障」

お茶の水女子大学 教授 永瀬 伸子

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 私は日頃、女子大学生や高校生と接していますが、子どもを持つことは簡単にはできない、子どもを持つことはリスクであるという考え方を頻繁に聞くようになりました。それは子どもを持つと女性が低収入になることへの不安と大きくかかわっています。少子化時代の社会保障の在り方について提言したいと思います。

 本日は、次の点についてお話したいと思います。

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1. 子どもをリスクと考える若者の増加
2. 次世代育成がすすんでいない日本
3. 「若者の低賃金」をもたらす「パートの雇用慣行」と「第3号被保険者」問題
4. 社会的保護の大転換の必要性
5. 若者の人的資本形成や子育てを社会全体が助ける必要がある

1.子どもはリスクと考える若者の増加 
社会構造の変化の中で、女性も生涯稼いでいけることが重要になっています。しかし現在の日本では女性の多くが自立できる賃金を得られていません。出産をきっかけに女性は低収入になります。またワンオペ育児といわれますが、女性のみに育児負担がのしかかります。その上離婚リスクも上昇し、貧困が懸念されます。さらに4年制大学に進学する男女の4割は奨学金という名の借金を平均250万円から350万円抱えるようになりました。子どもを簡単に持てない、と若者がいうのももっともです。しかしそれでは私たちの未来社会はしぼんでいきます。

2.次世代育成がすすんでいない日本
次世代育成がすすんでいないことは日本の大きい課題です。第1に子どもを持たない男女が急速に増えています。それだけではありません。第2に、私たち世代が大事に育ててきた20代、30代の若年男女の人的資本形成がすすまず、若い世代の賃金が低いことがおおいに問題です。
つまり若者の経済生活の自立、若者が子どもを持てる環境の整備、この両面から、日本はうまく仕組みを創れていないのです。

3.「若者に低賃金」をもたらす「パートの雇用慣行」と「第3号被保険者」問題
雇用者の4割を占める「パートなどの非正規雇用者」の賃金が「正社員」と比べて大幅に低いことが、若者の働き方や賃金に悪影響を与えています。
なぜ「パート」賃金が低いのか。それは「パート」ならば、家計補助程度の賃金で良い、という考え方が社会の根底にあるからです。この考えの対となりますが、社会保障において、サラリーマンの妻は、年金上は、「低収入」であれば、「第3号被保険者」という資格を持て、社会保険料を免除された上で、基礎年金権を満額もらえるという昭和期に作られた制度が今も続いています。医療保険、介護保険においても同じ主婦への恩典があります。
その結果、妻の多くが一定年収以下になるよう「就業調整」をしています。

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この図は、2002-2012年の厚生労働省の調査をもとに作成したものです。同じ人を追跡調査したものですが、子ども年齢が上がると、母親の年収は増えますが、103万円が年収の壁となり、それ以上増えません。なお最近では103万円を超え130万円の壁での調整が増えています。年収を一定以下にした方が、妻も雇い主も「得」である社会制度が続いているのです。

主婦パートが低賃金で働くことは、非正規雇用者として働く者の賃金水準全体に悪影響を及ぼします。

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こちらの図は、有配偶、無配偶女性の有収入者の年収分布を、正社員をも含めてプールデータとして示したものとなります。

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青い棒グラフは、有業の主婦の年収です。低収入者が多いですが、正社員であれば、無配偶者同様に、200万円以上400万円程度の年収です。一方、無配偶者は、正社員が多いですが、もしパート・アルバイト雇用者であれば、主婦パート同様の賃金です。主婦パートの多くは、年収100万円程度で就業調整をしていますが、シングルの「パート・アルバイト」は、倍の労働時間、フルタイムで働いても、図のように、年収は、150、180、200万円程度までしか得られないのです。
未婚者や離別者の「パート・アルバイト」雇用者が年々増える中、今の賃金水準では、将来を不安に思う女性が多いのも当然でしょう。

こうして日本の主婦は、最低賃金に近い低賃金で働いてきました。優秀で低賃金の主婦労働力に支えられて、わたしたちは、質の高いサービスを安く消費できました。しかし同時に、それが低賃金スパイラルを日本にもたらし、「安い日本」をつくってきたのです。

世の中には、主婦が税金や社会保険料を払わずにもっと長時間働けるようにしたら良いという主張がありますが、これはおおいに間違った方向です。
これからの時代は、主婦なのかシングルなのかにかかわらず、一人前の労働者として自立できる賃金で、仕事の訓練を受け、社会保険への本人として、社会保険に加入する権利と義務とを与えることが重要です。人生100年時代といわれる中で、主婦を含めて、女性が自立できる賃金を得られるよう社会の仕組みをつくり直さなければ、今後の人口減少・高齢社会において、日本は貧しくなっていくでしょう。
一方で、出産、子育てに対しては、社会保障と雇用ルールにおいて社会が手厚く保護し、安心して子どもを持てるようにすべきです。つまり出産しても、雇用者の身分を保ちつつ、子育て時間を持てるよう、この間、社会手当で収入を補填し、そして子どもを持っても女性が長期に自立できる賃金で働けるよう、雇用慣行、社会保障をつくり直すことが、人口減少・高齢社会のこれからの日本には必要なのです。

4.社会的保護の大転換
 少子化への政策として、児童手当や保育園を拡充することは大事なことです。しかし一番大事なのは、社会保障のモデルを大転換し「扶養される妻としての女性」の保護をやめて「出産しても女性の稼ぐ力が落ちない」ことを重点化することです。 
つまり、子どもを持っても女性が自立できる収入を持ち続けられる、また男性が育児に参加できるように「雇用のルール」や「社会保障のルール」を大胆に創り直す政策です。非正規雇用を「主婦」の働き方と見ることをやめるべきなのです。
大きく言えば、長時間労働や転勤をしないと、評価がされないような日本型雇用、逆に妻は低収入を前提とするような性別役割分業的な社会の在り方を変えることが必要です。

5.若者の人的資本形成や子育てを社会全体が助ける必要があるのはなぜか
 次世代育成ができなければ、日本は貧しくなります。子どもは将来への大事な投資であり、育てる個人だけでなく、社会が子ども投資の負担をすることが必要です。
社会保険に子ども支援を上乗せするという案が政府から出ていますが、私は社会保険の仕組みを使うことは現実的だと思います。これまで子ども予算は、税金から出されるため、高いニーズがあっても、予算は抑制され続けてきました。その一方で、医療、介護などは社会保険の仕組で拡大を続けています。しかし実は、医療や介護も税金が4から5割入っており、足りない分は赤字国債でまかなわれ続けています。高齢者と子どもへの社会保障を同じ土俵で考えた上で、無駄を省く再考は必須です。 
子どもを持っていない人も、子どもを育て終わった人も、子育てを現在している者、あるいはこれからする若い世代を支えるのは、当然のことであり、私たち自身の未来にとって重大なことなのです。

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