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山口廣秀「変化の時代の金融政策」

日興リサーチセンター 理事長 山口 廣秀

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◯日興リサーチセンターの山口です。今日は、「変化の時代の金融政策」と題してお話したいと思います。
最初にお話の要旨ですが、まず、この20年の日本経済と金融政策を振り返ります。そのあと、世界経済とともに日本経済にも変化の波が押し寄せてきており、そうした下で金融政策に求められる新しい対応についてお話します。

1.この20年の日本経済

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◯21世紀に入ってからの約20年の日本経済の動きを振り返りますと、「いざなみ景気」や「アベノミクス景気」と呼ばれる長期の景気回復期がありましたが、いずれも力強さに欠ける回復でした。また、ほかの時期もリーマンショック、東日本大震災、コロナ禍などがあり後退色の強いものでした。最近になって回復の動きがみられますが、依然不安定な状況で、結局日本経済は、この20年余り低迷を続けてきたということです。

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◯一方、消費者物価の動きをみますと、景気回復期には高めの上昇を示す時期がありましたが、均してみれば、実勢ベースではほぼ横這いに止まりました。ただ、昨年春以降は高い上昇率となっており、今後の動向が注目されます。

2.この20年の金融政策
◯国内景気が低迷を続け、消費者物価も横這いの推移を辿る中で、日本銀行は、一時的に金融緩和を若干修正することはありましたが、ほぼ一貫して緩和の強化を図ってきました。

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金融緩和の主な動きをみますと、01年には、政策金利の引下げ余地がなくなる下で、量的緩和が導入されました。同時に、消費者物価が安定的にゼロ%以上となるまで量的緩和を続けるといった約束も行われました。また、10年には包括的な緩和として、実質ゼロ金利への利下げと合わせ、消費者物価の上昇率がさらに高めとなるまで実質ゼロ金利政策を継続するといった一段強い約束、さらには資産買入のための基金創設も決定されました。このように進められてきた緩和政策を、量的にも質的にも一気に拡大させたのが、13年に導入された異次元緩和です。この政策は、消費者物価の2%上昇を2年という短期間で実現するとした点、またそのために動員する政策手段の規模が極めて大きかった点で、米欧のインフレ目標政策よりははるかに厳格で大胆なインフレ目標でした。それにも拘らず物価上昇の足取りは鈍く、16年には、マイナス金利政策の導入、10年国債金利をほぼゼロ%に固定化する長短金利操作の開始、2%を上回る物価上昇が安定的に実現するのを確認するまで異次元緩和を継続するとの踏み込んだ約束まで行われました。こうして、緩和政策はますます異次元の度合いを強めていった訳ですが、結局、今日に至るまで消費者物価が安定的に2%を上回る状況は実現できていません。

3.変化の時代の金融政策
〇長期に亘る金融緩和から明らかになったことは、主に2つです。
1つは、大規模な量的緩和や超低金利をもってしても、日本の経済力の引き上げや物価の安定的な上昇を実現することはできなかったということです。この点は、規制の大胆な見直しなどによって産業の新陳代謝を促進し、経済の潜在力を高めるような実効性ある政府の施策が同時に必要だったということです。もともと金融緩和は、将来の需要の前倒しを図るもので、長く続けると将来の需要が減少し、かえって景気を下押しすることになりかねません。こうした金融緩和のマイナス面も景気低迷につながったのではないかと考えています。
2つは、サプライズを伴うような超金融緩和を打ち出しても、人々のインフレ心理を作り出すことはできなかったということです。そもそも人々の物価についての見方は、現実の物価の動きや経済の先行き見通しなどによって形成されるものであり、金融緩和だけで人々の心理を変えることは困難だったという訳です。
〇次に、これからの金融政策について考えたいと思います。現在の金融政策の枠組みは、主として3つから成り立っています。

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1つは、2%インフレの達成を目標に、異次元緩和を継続すること。2つは、インフレ目標の達成は、2%を上回る物価上昇が安定的に実現したかどうかで判断すること。その意味でフォワード・ルッキングな、つまり先行きの経済見通しに基づく政策運営は行わないこと。3つは、金融市場の発するシグナルを重視しない政策であること。10年国債金利を概ねゼロ%に固定化することで、経済に関する金融市場のシグナルを封じています。
〇論点は、こうした政策枠組みを今後とも続けていってよいのかどうかです。
足許、世界情勢は非常に大きな変化に見舞われています。米中対立やロシアのウクライナ侵攻に端を発して世界経済のブロック化は急速に進行しています。さらに先進国の労働力人口は、伸び悩んでいます。これらに伴い世界の供給力は低下し、世界はインフレの時代に変わりつつあるようにみえます。また、最近米国や欧州で起きている金融システム不安は、長期に亘る大規模な金融緩和の副作用による面があります。不動産や株式などの資産バブルが、この先さらにはじけていくとすると、金融システム問題は、グローバルに広がっていく惧れもあります。
このような世界情勢は、日本にも様々な形で影響を及ぼしています。もちろん、現在の異次元緩和の枠組みを直ちに変えるのは、現実的ではありません。ただ、2%のインフレ目標については、長期的な目標として堅持することは必要ですが、金融政策の枠組みとしては、物価だけでなく、景気、資産価格、金融システムなどを総合的に評価しながら運営することが重要です。

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そもそも金融政策は、財政政策とは異なり、経済金融の変化に応じて柔軟かつ機動的に運営するのが持ち味です。これまでの異次元緩和は、厳格なインフレ目標にこだわるあまり、そうした持ち味の発揮を抑制し過ぎた感があります。世界情勢の変化とその波及の可能性を踏まえた弾力的な金融政策運営こそが、変化の時代には相応しいと考えます。
現在の政策枠組みの中で、今一つ気になるのが、インフレ目標の達成については、先行き見通しに基づいて判断はしないという点です。金融政策の効果が実体経済面にあらわれるには相応のタイムラグが必要です。実際の物価が2%を上回ってから緩和の修正に動くとなれば、インフレ率が予想以上に上振れし、それを抑えることがかなり難しくなるかもしれません。世界の物価情勢が構造的に変わりつつあり、日本もその埒外にないとすれば、インフレ率の先行き見通しを踏まえて、早めに政策の手直しに動くことも視野に入れておくべきだと思います。
最後に3点目になりますが、現在は長短金利操作の下で、本来金利に反映されるべき市場参加者の経済に関する見方が封じ込まれています。市場金利の変動は、多様な市場参加者の平均的な経済観のあらわれです。とくに経済の先行きが読みにくくなればなるほど、日銀にとっても貴重な情報源となり得るものです。変化の激しい時代こそ、日銀は市場の知恵を借りるべく、それが発するシグナルに謙虚に耳を傾けるべきではないかと考えます。
◯以上、「変化の時代の金融政策」ということでお話してきました。端的に云えば、金融政策の運営に当っては、3つの点が重要です。1つは、柔軟性と機動性、2つは、フォワード・ルッキングな、つまり先行き経済見通しに基づく対応、3つは、金融市場の発するシグナルへの謙虚な態度です。これら3つのことが、これからの変化の時代には強く求められると思います。その意味で、デフレ克服に邁進してきた中央銀行の政策運営は、いずれ転換を迫られるとみています。

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