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森信茂樹「子ども政策と税を考える」

東京財団政策研究所 研究主幹 森信 茂樹

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 政府は3月31日、少子化対策のたたき台を公表しました。今後3年間を「集中取り組み期間」として、児童手当の所得制限撤廃や支給対象年齢の高校卒業までの延長など広範囲な内容となっていますが、それを裏付ける財源については触れられていません。本日は、この問題と税制の関連を考えてみたいと思います。

最初に、税制で少子化対策を行うという論点です。

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フランスでは、第2次世界大戦後の少子化対策として、世帯単位税制の一つであるN分N乗税制が導入されています。世帯の所得を合算し、子どもを含めた人数『N』で割り、その数字をもとに1人当たりの税額を計算し、人数『N』を再びかけて所得税の納付額を算出する税制です。家族除数Nは、夫や妻は1(つまり夫婦は2)、第2子までの子どもは0.5(つまり夫婦子2人の場合は3)、第3子以降は1(つまり夫婦子ども3人の場合は4)となっており、「N分N乗方式」といます。

この方式では、家族の数が多いほど所得が分割され適用税率が低くなるので税負担が軽減され、子どもを持つインセンティブが働くといわれています。現にフランスの合計特殊出生率は2020年には1.83と高くなっていますが、この税制が導入された1946年以後今日まで一貫して高かったわけではなく、90年代初めには1.6程度でした。その後出生率回復の理由としては、家族給付や育児休暇の充実など多様な子育て家庭支援策や、事実婚が法律的に認められることなど税制以外の要因が指摘されています。

さて、世界の税制の潮流は、家族単位から個人単位に移っています。家族で共働作業する農業や個人事業者が多かった時代には、個人に所得を帰属させることが難しいので、世帯を課税単位とすることが望ましいわけです。しかし経済発展しサラリーマンなどの被雇用者が多くなり、女性の社会進出も増えた70年代に多くの欧州諸国は、公平で簡素な個人単位課税に移っていきました。
わが国では、所得税創設時には明治民法の家族制度の下で、家族内の所得分割による租税回避を防止する意味もあり、家族の所得を合算して累進税率を適用する世帯合算非分割制度が採られてきました。しかし戦後、家制度が廃止され夫婦別産制となり、わが国所得税の基礎となったシャウプ勧告により個人単位課税とされ今日まで維持されています。所得を稼ぎ帰属する個人ごとに税を計算する個人単位課税が公平だ、という考え方で、結婚しても税負担が変わらずで結婚に中立的だと言われています。
ここで重要なのはプライバシーへの配慮です。世帯単位にするには、配偶者の収入も把握しなければならず夫婦間のプライバシーの侵害にもなりかねず、英国では1990年に個人単位課税に変わりました。わが国でも、結婚後共稼ぎで財産は別管理、お互いの給与は見せず、家賃や子育て費用などは共益費として出し合うケースが増えてきています。

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またN分N乗方式に移行すると、最も減税効果の大きいのは専業主婦世帯となり、女性の社会進出と逆行します。共稼ぎ世帯で、配偶者間に所得差がない場合には減税効果はありません。さらに、日本の所得税制では、納税者の6割に適用される税率は 最低税率の5%で、この人たちは、「N分N乗方式」で計算しても、多くの場合適用税率が5%のままかわりません。それどころか、「N分N乗方式」の下では配偶者控除や扶養控除がなくなるので、場合によっては減税どころか負担が増えることもあるのです。

図は、「N分N乗方式」に移行した場合の税負担の変化を見た財務省の試算です。横は世帯の給与収入、縦は世帯の累計です。これを見ると、世帯の給与収入が1500万円を超えると減税額が多くなりますが、500万円の場合や1000万円で夫婦が半々で稼いでいる場合には税負担が増えています。
個人のライフスタイルが多様化している今日、公平、中立、簡素の観点から合理性のある個人単位課税を変更する理由はないのではないかと考えます。

次は、少子化対策の財源としての税制の問題です。岸田首相は、「こども未来戦略会議」を設置し、6月までにその大枠を示す方針を示しました。今回のたたき台を見ると、必要な恒久財源は数兆円規模になるとも言われており、今後大きな議論になるでしょう。

ではどのような財源が考えられるのでしょうか。

自民党の一部では、社会保険で対応するという考え方が議論されています。医療・介護・年金などの保険料に上乗せして財源を求めるという考え方です。保険は、給付と負担の関係が明確なので、国民から受け入れやすいというのがその理由だと思われます。
一方兆単位の社会保障財源を賄うのは、広く国民全員に負担を求める消費税の役目であるとも考えられます。そこで、社会保険料と消費税のメリット・デメリットを比較してみたいと思います。

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こちらの表は、社会保険料と消費税を比較したものです。

社会保険料の機能はリスクのシェアで、人生の様々なリスク(保険事故)に備えてあらかじめ保険料を出し合い、リスクに遭遇した人に必要なお金やサービスを支給する仕組みです。少子化対策となると、子供が生まれ費用がかかることがリスクになります。一方で、子育てを終えた人や子供を持ちたくないという人などリスクの生じない人もおられるので、その人たちに負担を受け入れてもらうべく説得する必要がでてきます。
また、年金や雇用保険は勤労世代のみ負担しますので、高齢者も含めて国民全員が負担する消費税と比べて、勤労者への実質課税だという批判も生じます。さらに低所得者ほど負担が重いという逆進性の問題があります。事業者や非正規雇用者が加入する国民年金保険料は、所得にかかわらず定額負担なので、非正規の低所得者ほど負担が大きくなります。負担の上限のある厚生年金と比べるとアンバランスはさらに拡大します。一方消費税は、逆進性はありますがそれほど大きくはありません。

次に、社会保険料の半分を負担する企業について考えてみたいと思います。社会保険料は価格転嫁が難しく企業のコスト増になり賃上げの機運をそぎかねません。また正規雇用者から非正規雇用へのシフトを加速させる可能性もあります。この点消費税は、仕入れ税額控除という仕組みを通じて、消費者に価格転嫁をするメカニズムが組み込まれており、企業負担にはなりにくいといえます。また消費税は輸出時に還付されるので、企業の国際競争力を損なわないという利点があります。最後に、税金なので未納も少ないといえます。

このように、負担の在り方としては消費税の方が優れています。しかし消費増税は、政治的に封印されており、短期間でコンセンサスを得るのは困難でしょう。消費税以外の税財源としては、配偶者控除の廃止、公的年金等控除の適正化、金融所得課税の強化などが考えられます。

重要なことは、現役世代をささえる次世代の人々を「歓迎する」わけですから、次世代に負担を先送りする赤字国債ではなく、現役世代が負担するということです。
この機会に「給付」と「負担」の国民的な議論をはじめて、「明るい未来のための負担増」とはなにかを皆で考えていくことが重要でしょう。

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