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柴田悠「こども政策と日本の未来」

京都大学 教授 柴田 悠 

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今回は、「子ども政策と日本の未来」というテーマで、お話しいたします。
私たちの日本社会の未来を担っているのは、子どもたちです。
では、日本の未来を幸せな社会にするためには、どのような子ども政策が必要なのでしょうか。
今回は、それを考えたいと思います。

まずは、「子どもの健全な発達」、そしてそれを支える「成育環境」について、考えます。
発達科学の知見によれば、乳幼児期には、「特定の誰か」との安定的な愛情関係、つまり「愛着」の形成が、その後の人間関係の基盤として必要不可欠です。実証研究によれば、母親との愛着「だけ」よりも、母親・父親・そして保育士など地域の大人との愛着の「全体」のほうが、子どものその後の健全な発達につながります。
したがって、子どもにとって良い成育環境は、母親だけが育児をする「孤立育児」ではなく、親などの保護者や保育士など地域の大人が協力して育児を行う「共同養育」なのです。
そもそも、人類の長い歴史を見ると、人はつねに「共同養育」によって育ってきました。チンパンジーなどの他の類人猿と比べると、人は、脳をより大きく発達させるために、脳が柔軟で手のかかる「子ども期」が、より長くなっています。母親だけでは到底育てられない存在として、人は生まれてくるのです。したがって、人を育てるには「共同養育」がそもそも不可欠なのです。
しかし20世紀後半以降、都市化と核家族化が進み、母親による「孤立育児」が広まりました。「孤立育児」が続くと、身体的・心理的な負担が増え、「産後うつ」や「自殺」、そして育児放棄や暴力などの「虐待」の、リスクが高まってしまいます。
国立成育医療研究センターの調査によれば、産後2カ月までは「うつ」がとくに多く、そして、「妊娠中から産後1年までの母親の死因」の第1位は「自殺」でした。また別の調査研究によれば、母親が身体的・心理的・経済的に余裕のない場合には、母親による「虐待」が生じやすいことも分かっています。さらに、厚生労働省が過去の「虐待死」の事例を調査したところ、加害者はやはり「母親」が最多でした。
虐待は、子どもの遺伝子の働き方にも影響を与えながら、子どもの将来に大きく影響する傾向があります。日本での調査研究によれば、子ども期に親から虐待を受けると、将来、人間関係に困難を抱えたり、雇用や収入が不安定になったりして、幸福感が低くなったり、抑うつや自殺念慮のリスクが倍以上になってしまう、という傾向があります。
したがって「孤立育児」は、母親の「うつ」や「自殺」のリスクを高めてしまうとともに、子どもの「虐待被害」や将来の「うつ」「自殺」のリスクも高めてしまいます。「孤立育児」は、親と子の両方にとってハイリスクなのです。

それでは、母親に「孤立育児」を強いないためには、そして「虐待」を予防するためには、どのような「支援」が有効なのでしょうか。
これまでの実証研究によると、「伴走型支援」と「保育」が有効です。

まず、「伴走型支援」について。
「伴走型支援」とは、担当の支援者が妊娠期から親に継続して寄り添い続ける支援です。ただし支援者は、親に信頼されるだけでなく、うつや虐待のリスクを察知できる「専門性」も、備えている必要があります。

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実際にアメリカでは、「伴走型支援が虐待を予防した」という実証研究があります。社会経済的に不利な妊婦に対して、妊娠期から生後2年まで看護師がほぼ毎月家庭訪問をしたところ、虐待の確率が46%減少しました。とくに10代の、低所得で未婚の妊婦の場合では、虐待の確率が80%も減少しました。
なぜ、妊娠期からの伴走型支援は、虐待を減らすのでしょうか。それは、伴走型支援が、さまざまな支援に親をつなげることで、親の負担を軽減するのはもちろんのこと、さらには、「親の脳の発達、つまり、親としての脳機能の発達」も、サポートしているからだと考えられます。
近年の脳科学によれば、「親としての脳機能」つまり「親性脳」の発達は、じつに妊娠期から始まります。しかも男性でも、「自分の子どもがこれから生まれてくる」という認識が深ければ、女性と同様に親性脳が発達します。親性脳の発達に、「性差」はないのです。
したがって、妊娠期からの伴走型支援によって、親になることへの準備がサポートされると、妊婦はもちろん、そのパートナーにおいても、親性脳が発達しやすくなり、適切な養育行動をしやすくなり、虐待が予防されると、考えられるのです。
日本でも、子育て家庭を訪問する「乳児家庭・全戸訪問事業」や「養育支援・訪問事業」があります。しかし、訪問回数や人員確保などに、いまだ課題があります。
他方でデンマークでは、各子ども専属の保健師による無料の全戸訪問を、出生から小学校入学まで実施しているとの報告があります。子ども1人あたり15回ほど訪問し、生後1か月間はほぼ毎週訪問するとのことです。
日本での伴走型支援のさらなる充実に、期待したいと思います。

虐待を予防する支援として、もう1つ、「保育」が挙げられます。
良質な保育は、親の身体的・心理的負担を減らすとともに、親に対して育児のアドバイスをしたり、「集団生活の経験」や「保育士との愛着形成」を子どもに提供したりして、親子の発達を支援できるからです。
実際に、日本での調査研究によると、社会経済的に不利な状況の母親が、子どもが2歳のときに保育を利用すると、ストレスが減り、幸福感が高まり、虐待が減りました。さらに、子どもの攻撃性が減り、言語発達も良くなりました。また、社会経済的に不利では「ない」母親の場合でも、子どもが2歳のときに保育を利用すると、子どもの言語発達が良くなりました。そして、いずれの場合でも、子どもや親への悪影響は見つかりませんでした。
このように、「保育」には、虐待を予防し、子どもの発達を促す効果があります。したがって、たとえ親が働いていなくても、またたとえ子どもに障害があっても、すべての親子が保育を利用できるようにすべきでしょう。そのためには、より多くの保育士を確保するために、保育士の賃金と配置基準の改善も必要です。

最後に、外国にルーツをもつ親子への支援も挙げたいと思います。
これからの日本は、少子高齢化によって、人手がますます不足していきます。そのため、外国から移住してきてくれる人々が、いれば、大いに歓迎し、彼らやその子どもたちも幸せに生きていける社会を、作っていく必要があるでしょう。外国にルーツをもつ子どもたちが、日本で幸せに生きていけるためには、「伴走型支援」や「保育」や「教育」の場で、十分に手厚く、彼ら親子をサポートしていく必要があります。

以上のポイントをふまえて、今後の政府の子ども政策に注目していきたいと思います。みなさんも、日本の未来を築く子ども政策について、ぜひ注目していただけましたら、幸いです。

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