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鈴木美緒「自転車ヘルメット 努力義務化」

東海大学 准教授 鈴木 美緒

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 本年4月1日より改正道路交通法が施行されました。3月までは自転車に乗る幼児や児童に対し、保護者がヘルメットを着用させることが努力義務となっていましたが、4月からは同乗する幼児を含め、全ての自転車利用者は「ヘルメットをかぶるよう努める」ことが求められます。

最近では、新型コロナウィルスワクチンの予防接種や、自動車への高齢者マーク貼り付けなどが努力義務とされています。努力義務には法的拘束力がなく、違反しても罰則が科されることはありませんが、この法改正を通し、「自転車はヘルメットを着用して乗るべきもの」という前提を共有することになります。ですから、もし自転車利用者がヘルメットを着用せずに事故に遭った場合、その過失割合や被害額の査定に影響する可能性があります。

長距離のサイクリングならともかく、近所に行くのにヘルメットをかぶらなければならないことを不思議に思う方もいらっしゃるかもしれません。

ではなぜ、罰則がない義務が課せられたのでしょうか。

それは、自転車事故が起きたとき、頭部損傷により、死亡や重傷事故に至るおそれが大きいからです。

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日本での交通事故の件数や死亡者数は減少傾向にありますが、自転車が関連する事故件数はその減少率が低く、状況が良くなっていないことがわかります。警察庁の事故統計によると、現在、全交通事故件数の2割以上が自転車関連事故であり、自転車事故は大きな課題となっています。

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そして、平成30年から令和4年に発生した自転車交通事故による死者の約6割は、頭部損傷が致命傷となっています。これは決して短期的な傾向ではなく、以前より、自転車での死亡事故の損傷主部位の約6割は、頭部損傷となっています。

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さらに、ヘルメットの着用か非着用かを比較したデータによると、非着用時の致死率は非常に高いことがわかります。

自転車や歩行者が交通事故で亡くなる場所は、圧倒的に自宅の近くが多いことがわかっています。決して長距離サイクリングするような場面ではなく、自宅の近くで自転車事故が多く発生しているのです。
日常的に利用されているシティサイクルは重心が後輪側にあり、急ブレーキをかけても前方に飛び出るような事故は起きづらいですが、道路の凹凸、マンホールや舗装、落ち葉などでスリップしたり、踏切の線路の窪み等でハンドルを取られたり、速度が落ちたときにふらついたりしたことがある方は多いのではないでしょうか。
自転車がふらついたとき、とっさに足を地面に付けられれば転倒することはありません。
しかし、荷物を載せている、子供用のいすがあるなど、重心が上にあるほど勢いよく転倒してしまいます。
自転車とは構造的に転倒しやすい乗り物であり、そのような自転車が万が一転倒してしまったとしても利用者の命が守られるために、ヘルメットが必要なのです。

海外でもいまでは自転車利用時のヘルメット着用を求める動きが強いですが、反対意見もありました。
ヨーロッパでは、2012年頃にヘルメット着用義務の悪影響が指摘されていました。ヘルメット着用を強制すると、サイクリングは危険というイメージがついてしまい、自転車を避けることで、多くの人が健康や楽しみを得る機会を損なうとの主張でした。
また、韓国でもヘルメット着用を求めたことで、シェアサイクルの利用者が減少しています。

日本でも、ヘルメットを着用すると髪が乱れる、頭が蒸れる、といった意見や、置き場所に困るという意見もありますが、自身の命に代えることはできません。
そのため、ヘルメットを着用するよう自身で努力する義務が課せられているのです。

そして、ただヘルメットを着用すればいいわけではなく、これを機に、自転車で安全に移動するための方法を考えなくてはなりません。

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転倒での頭部損傷を軽減するためにヘルメットが必要なのですから、極力転倒しないように、ふらつきそうな場面を避けることが重要です。
歩道では、自転車で速く走ることができません。切り下げや植栽で路面が傾いていることもありますし、歩行者の急な動きを避けるハンドル操作を強いられることもあり、転倒するおそれが十分あります。
また、自転車はタイヤの大きさや重さ、形によって転倒しやすさが異なります。
荷物を載せるかどうかも含め、自分の体力に合った自転車に乗ることで、転倒の危険性を減らせます。
現在整備が進んでいる車道の走行空間の中でも、自動車の交通量などを併せて、走りやすい経路を選ぶことで、より安全に走れるでしょう。

自身の自転車だけでなく、いま多くの地域でシェアサイクルのサービスがあり、利用されている方も増えています。
韓国では、シェアサイクルの貸し出し場所の近くにヘルメットを用意し、利用してもらう取り組みがありましたが、ヘルメットを共有することの衛生面の問題が報道されています。
持ち運びの煩雑さはありますが、シェアサイクルを使う時であっても、自身のサイズに合うヘルメットを着用するのが、安全面でも衛生面でも理想です。
いまでは一見ヘルメットに見えないようなデザインのものも販売されています。
頭部を守るためにはサイズ選びが重要ですので、品質を確認し、実際にかぶってみて、気に入るデザインのヘルメットを見つけるのが良いでしょう。

実は、「東京都自転車の安全で適正な利用の促進に関する条例」では、以前より、自転車利用者に反射材やヘルメット、その他の安全に資する用具を使用することを求めていましたが、あまり知られていませんでした。
今回の法改正での努力義務には「意味がない」という意見もありますが、利用者が広くヘルメットの必要性を知る機会となり、ヘルメットの購入費用を援助してくれる自治体も出てきています。

努力義務だったルールが、義務になることもあります。
自動車の後部座席のシートベルト着用も、1971年から努力義務とされていましたが、2008年の道路交通法改正で、義務となっています。
ヘルメットの着用も今後義務になる可能性がありますが、まずはヘルメット着用が重要な安全対策であることを広く知らせ、手に入れやすい環境づくりを進める第一歩が、この法改正なのです。

今後、ヘルメットを自転車にくくりつけるワイヤーや、ヘルメットの置き場所や持ち運び方についての知恵が広まることで、より利用しやすくなるでしょう。
また、ヨーロッパの自転車選手は、子供の頃から自転車での転び方を学んでいます。
日本でも、転倒した時の受け身の取り方や、自転車がどの程度傾けば転倒しやすいのかといった性質、転倒しづらい自転車の乗り方を学ぶイベントを開催する団体があります。
決して大袈裟な話でなく、転び方によって身体や命を守ることができます。
スポーツバイクに乗るような自転車利用者だけでなく、幅広い自転車利用者がこのような知識を得る機会が増えるきっかけになることを期待しています。

ヘルメットをかぶりたいかかぶりたくないか、ではなく、自転車で怪我をしないように、事故を起こさないようにするにはどのように乗ればいいか、利用目的や距離に限らず改めて考える機会とし、ヘルメットとともに自身の身体や命を守る安全な走り方を身につけることが重要です。

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