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出口真紀子「マイクロアグレッションを考える」

上智大学 教授 出口 真紀子

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上智大学の出口真紀子と申します。私の専門は文化心理学で、差別の心理や、マジョリティ側の人々、すなわち社会や人間関係の中でより強い立場にいる人々の態度・心理・行動・成長に焦点を当てた研究に取り組んでおります。なぜなら、差別の問題は、差別される側の問題ではなく、マジョリティ側の問題だからです。本日はこの観点から、最近広まりつつある「マイクロアグレッション」という概念についてお話ししたいと思います。

さて、みなさんは、「マイクロアグレッション」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
次の例をご覧ください。

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「女の子なんだから、就活そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」
「ハーフですか? 何人ですか?」

今あげた例は、マイクロアグレッションにあたる可能性が高いものです。今後この言葉を聞く機会が増えてくるでしょう。私たちそれぞれが自分らしく生きられる社会を目指すのであれば、マイクロアグレッションにあたる言動を私たち自身が減らしていくことが不可欠なのです。

では、マイクロアグレッションの定義をみていきましょう。

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「マイクロアグレッション」とは、マイノリティの属性をもった人、例えば、女性や民族的マイノリティ、性的マイノリティや、障害のある人などに対して発せられる「尊厳を傷つけたり」、「敵意を示したり」、「排除をしたりする言動」をさします。「あからさまな差別」であれば、多くの人は「それは間違っている。良くない」という評価を下します。しかし、「マイクロアグレッション」は言葉の裏に「隠された攻撃的なメッセージ」があるのですが、表面的には悪意がないように見えることが多く、受け手がネガティブな感情を抱くことに、私たちはなかなか気づきません。また、関係性や状況によっては、マイクロアグレッションではない場合もあり、文脈こそが重要なのです。

さきほどの「マイクロアグレッション」の例はなぜ問題なのでしょうか。
まず最初の「女の子なんだから、就活そんなに頑張らなくてもいいんじゃない?」
これは、女性はいずれ結婚して夫が主な稼ぎ手になるのだから、就活で必死にならなくてもいいんじゃない? もっとリラックスしていこうよ、と相手があまり負担に感じないように励ましているようにも聞こえます。しかし、この発言を受けた側がモヤっとするのは、発言した側に「女性」に対する「決めつけ」があるからです。

女性のなかにも自分の能力を活かす職場で働きたい、経済的に自立したい、という人もいるでしょう。また、そもそも結婚を考えていない人もいるでしょう。一口に「女性」といっても実際は非常に多様であり、「女性」というひとつの属性によって決めつけることは、ステレオタイプを押し付けていることになります。
「ハーフですか? 何人ですか?」
初対面やよく知らない人に、ハーフかどうかなどと尋ねたことのある人は、一度考えてみませんか。人種や民族的ルーツは、個人的な情報です。そのような情報を、相手に開示させることを当然のこととして振る舞えることこそ、実はマジョリティ側の立場上の強さを表しています。見た目が「いわゆる日本人」とみなされない人は、「お父さんは何人? お母さんは?」などと親の人種・民族や馴れ初めなどの開示を求められたりしますが、本当に相手を尊重した対話では、そのような個人情報を軽々しく聞き出したりはしませんよね。

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「マイクロアグレッション」は、マジョリティ側の人からマイノリティ側の人にされる場合が多く、力の非対称性があることを理解するのも大事です。マジョリティ・マイノリティについては図をご覧いただけるとわかりますが、通常、こうした属性――日本人から民族・人種的マイノリティ、男性から女性、異性愛者から同性愛者に対して発せられる言動です。ここでは、ジェンダー、人種といった属性における「マイクロアグレッション」の例を紹介しましたが、他にもLGBTQや障害者といったマイノリティの人々が受けるマイクロアグレッションがたくさんあります。

「こんなことくらい、気にしなければいいのに」と思う人もいるでしょう。でもそれは、言われたことがないからこそ、そう思えるのです。マイクロアグレッションが受け手にとって精神的に苦痛な理由は、何度も同じことを複数の人から言われ続けること、またたとえ1回だけでも隠された攻撃性があるからです。そうした言動を受けたとき、受け手は反応すべきか、どう言い返すか迷ったり、とっさに何も言えず、後でモヤモヤしたりします。言った本人は忘れても、言われた側にはずーっと残ります。

では、マイクロアグレッションを受けた人はどうすれば良いのでしょうか。

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まずは自分の心のケアをしてください。そのモヤモヤを自分の中に溜め込まず、わかってくれる友人などに話して共有するのも良いでしょう。また、相手との関係性や理解度によっては、「こういうところがモヤモヤした」と伝えるのも、相手を教育する上で、いいでしょう。

マイクロアグレッションを言ってしまった人や、それを指摘された人はどうすればいいでしょうか。

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「あ、確かに無意識にやってしまったかも」、という可能性を考えることは大切です。そして傷つける意図はなかったけれど、傷つけた可能性について謝ることも大事です。傷つけた理由として「隠された攻撃性」が何だったかを自分で考えてみる。最初はなかなかわからないとは思いますが、どうしてもわからない場合は本人に聞いてみるのもひとつのやり方です。でも、その人に説明責任はないことを十分理解した上で聞いてくださいね。

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まとめると、
1)マイクロアグレッションは力(パワー)の非対称性が前提にあります。
2)マイクロアグレッションは、言っている側の無自覚・無意識が原因で、褒めたりポジティブだったりしても、言動の裏に攻撃性が隠されています。
3)文脈が重要で、決して言葉狩りではありません。NGワードを暗記するだけでは、別の表現を使って同じことを繰り返してしまいます。
4)マイクロアグレッションは誰もがやってしまうので、素直に次から気をつける心構えが大事です。

「これでは何も言えなくなってしまう」「あれもこれもマイクロアグレッションだと、すごく気を遣ってしまう」 という人には、このように申し上げます。今まで気を遣わずに済んできたことこそが、マジョリティの特権です。そうやって私たちは、マイノリティに「耐えること」を長い間、強いてきたのです。だからこそ、マイノリティから「やめてほしい」と言われていることを、わたしたちマジョリティが尊重することができてこそ、真の多様性を実現するための第一歩だと思います。

「セクハラ」という言葉が、女性が受けるハラスメントを可視化したのと同じように、「マイクロアグレッション」という言葉によって、今までないことにされてきた日常の中のネガティブな体験にリアリティと正当性を持たせたことが、この概念の重要な意義です。

私たちが目指すべきは、「マイクロアグレッション」をなくし、誰もが抑圧されず、自分らしさを発揮できる風通しのいい社会ではないでしょうか。

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