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村田次郎「カーリング なぜ曲がるのか」

立教大学 教授 村田 次郎

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物理学の研究をしています、立教大学の村田と申します。本日はカーリングの物理学についてお話します。

私は元々カーリングの研究者ではありませんが、初めてカーリングを見たころから、曲がるのは不思議だな、曲がり方が気持ち悪いな、と思い続けていました。そして最近、詳しく観測をした結果、多くの仮説が提案されている、この疑問に迫る事が出来ました。

カーリングの何が謎かと言いますと、その曲がる向きにあります。

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選手がブラシでこする、つまりスウィープをする事で曲がらせているという誤解がよくありますが、実際にはスウィープしなくても、石は勝手に曲がっていきます。石にわざと自転をかけて投げる事で、曲がっていくのです。この曲がる向きが、本日のテーマです。

カーリングの石が曲がる現象に初めて科学的に着目したのはカナダのハリントンという物理学者でした。ハリントンの論文が1924年に出版されると、それに続いて多くの議論が巻き起こりました。何がそれほど科学者の興味を引き付けたかが、まさに石の曲がる向きだったのです。みな、その曲がる向きが何かおかしい、と思ったのです。

ガリレオ・ガリレイが発見した慣性の法則は現代物理学でもそのまま通用する、非常に重要な法則です。動いている物体はそのまま動き続けるのが自然の本来の姿だ、という考え方です。カーリングの石は投げてもやがて止まってしまいますが、これは摩擦という余分な効果が働くせいだ、と考えます。この慣性の法則によれば、真っすぐに動き続けるはずでもあります。止まるのが氷との摩擦のせいだとすれば、真っすぐではなく曲がる現象も、氷による摩擦が原因だと考えられます。

カーリングの謎はここにあります。これを摩擦力で考えると、どうしても実際とは逆向きに曲がるはずなのです。

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例えば、机の上で空き缶を回しながら投げると、摩擦力の予想通りの向きに曲がります。机とこすれる際に、空き缶が前のめりになる事から、荷重は前側で大きくなります。その結果、前側で横向きに働く摩擦力の向きに空き缶は曲がると考えられます。

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ところがカーリングはこれと逆に曲がるのですから、こんな面白い現象はなかなかない、と多くの科学者がこの謎に挑む事となりました。これが約100年前の事で、日本では大正時代にあたります。

そして様々なアイディアが出たこの時の議論がそのまま、21世紀になっても続きました。ガリレオ・ガリレイは重いものも軽いものも、空気抵抗がなければ同じ速さで落ちると主張しました。この一見、直観に反する主張が受け入れられたのは、それを示す実験データがあったからでしょう。科学的な仮説は尤もらしさではなく、自然現象を矛盾なく説明出来るものだけが生き残ります。カーリングの議論が長引いた原因は、精確なデータがないままにイメージと尤もらしさで議論を延々と続けてしまった事にあると、私は思っています。

さて私自身は、元々はミクロの世界の自然現象での右と左の違い、未来と過去の違いを詳しく調べる素粒子物理学の実験や、私たちの3次元空間を超える、4次元以上の高次元の宇宙を探す重力の実験を行う研究をしています。私たちの宇宙では、右と左の違いは元々はないはずなのですが、例えばネジは左ネジより右ネジが多く使われるのは何故か、などの現実の違いは、何か別の効果が働くせいだと考えます。そんな私にとっては、カーリングも真っすぐ進むのが自然で、曲がるだけでもまずは不思議です。

カーリングを自分自身で調べ始めたのは4年前に立教大学の学生の卒業研究のテーマにした際で、色々な仮説があって実はまだ曲がる理由がわかっていない事を知りました。

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初めて訪れた軽井沢のカーリング場で、学生たちが石に様々なセンサーを取り付けて観測している横で、私自身は手持ち無沙汰になって一人で石を投げて遊んでみたのです。そして、決定的な現象を見ました。

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石は、滑らかに曲がるだけではなく、止まる直前に大きく屈曲して曲がったのです。これはカーリング選手にはよく知られた現象で、よくクルリンパ、などと呼ばれている様です。

この現象は、ただ屈曲するだけではなく、まるで座礁したボートの様に乗り上げた場所が支点となって、その周りに全体が回転している様に見えました。この時私は、カーリングがなんで曲がるかわかったよ、と学生達に言ったので、え、わかったんですか?と、驚かれました。

その直後にコロナ禍が始まり、私は自宅のある長野県内から出られない日々が続きました。研究室の学生たちもそれぞれ自宅での研究をする中で、私自身はあのカーリングのデータをきちんと取って、解析してみようと思ったのです。観測には高次元を探す実験で使用している画像解析の技術をそのまま応用出来たので、短時間で解析が出来ました。そして、クルリンパの他にも、石が片側で歯車の様に氷と噛み合って進んで曲がる様子など、目ではわからなかった様々な特徴が判明し、非常に驚きました。

通常、学術研究は先行研究をよく調べてから新規性がどこにあるかを意識してスタートすべきと言われます。私はカーリングに関しては楽しんでチャレンジする謎ときゲームと位置づけていたので、先行研究はわざと見ない様にしていたのです。謎を自分自身で解くつもりもなく、観測データを公開して少しでも議論に貢献出来ればよい、位にしか考えていませんでした。

ところが得られたデータは自分でも驚くようなもので、そこで初めて結果の重要性と新規性に気づきました。そして先行研究をようやく調べて、これが100年近くも前から議論されてきた世紀の謎である事も初めて知りました。論文を投稿するわずか1か月前の事です。

こうして期せずして世紀の謎を解く機会に恵まれたのは偶然の巡り合わせとしか言いようがありません。

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カーリングがなぜ曲がるかと言えば、石の底は実はザラザラしていて、それが自転のせいで、左右で違う頻度で氷に引っかかります。

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それを回転の支点として振り子の様に振られると考える事が自然である、と私は結論づけました。面白い事に、カーリング選手たちは似たイメージで動きを経験的に捉えている事もあとになってわかりました。

さて話の出発点に戻りますと、果してこれは摩擦の効果なのでしょうか。通常、教科書で学習する摩擦力では、滑らかに減速する効果しか考えていません。支点の回りの回転という現象はむしろ、振り子の運動で捉える方が適切です。現実の摩擦現象は理想的で滑らかな摩擦力だけでは説明出来ず、ザラザラした突起が引っかかる効果などが重ね合わさったものです。カーリングが世紀の謎となった原因は、第一にデータを尊重しなかった事と考えますが、議論が混乱したのは理想的な摩擦力の枠組みだけで考えようとした事にあったと私は思います。

カーリングの謎は摩擦現象に振り子の効果を考える事で解決すると考えます。これ自身は学術的には初歩的な内容であり、物理学としての驚きもありません。ただ、この問題の解決になぜ1世紀もかけてしまったのか、という反省から出来るだけ学ばなければなりません。この100年分の反省会をしっかりやりたいと考えております。

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