NHK 解説委員室

これまでの解説記事

結城康博「仕事と介護が両立する社会」

淑徳大学 教授 結城 康博

s230228_005.jpg

昨今、要介護者が増えていることに伴い「介護」に携わる家族が増えています。その家族の方々の一部には、仕事との両立が大きな課題となっており、親の介護のために仕事を辞めなければならない「介護離職」という問題に直面しています。きょうは仕事と介護が両立する社会にするために、どうすればよいのか考えていきたいと思います。

 厚生労働省(厚労省)データによれば、2022年10月末時点で全国の要介護・要支援者は約700万人に上っています。介護保険第1号被保険者である65歳以上が約3600万人ですから、約2割の高齢者が要介護者となっています。

s230228_002.png

そして、要介護者等から見た主な家族介護者の続柄を見ると同居している人が半数以上となっており、年齢別割合でも50歳~69歳で約半数を占めています。
もっとも、同居していない家族であっても、毎週、身の回りの世話のために実家に戻り通院介助などに同行するなど、「介護」に携わっている者も多くいます。中には「遠距離介護」と言われるように、遠く離れて別居している親の介護のため、往復数時間かけて「介護」に励む、息子や娘なども珍しくはありません。

 超少子化・高齢化に直面している日本社会において、15歳~64歳といった生産年齢人口減少に歯止めがかかっていません。2000年、約6300万人を境に、2021年には約6000万人と減少し続けています。

s230228_004.png

その意味では、65歳以上の就業率を高め、70歳現役社会を目指さなければ、全産業において労働力不足が深刻化し経済活動に大きな支障をきたすことは明白です。現在、65歳~69歳の就業率は半数を超えてきており、さらなる上昇率の向上に努めなければなりません。
 しかし、親の介護という問題が直面することから、70歳現役を目指すには「仕事と介護」の両立が大きな課題となります。今後、団塊世代の全てが85歳となる2035年には、多くの要介護者が出現し、親の介護に直面する50歳以上の息子や娘が増えることでしょう。
なぜなら、要介護認定率では75歳~79歳は約1割弱に対して、85歳~89歳は約5割です。また、75歳~79歳の認知症有病率は約1割に対して、85歳~89歳は約4割弱となっているからです。

そのため、親の介護のために仕事を辞めてしまう「介護離職」といった防止策は、労働政策及び経済政策の視点から重要施策と位置づけられます。「仕事と介護」の両立があたりまえの社会でなければ、70歳現役社会は実現することはできません。
総務省2017年就業構造基本調査によれば、過去1年間「介護・看護」のために前職を離職した者が約10万人となっており、働く現役世代にとって高齢者である親の介護問題は重要な案件となっています。
 私が責任者として2019年6月に公表した調査報告書があります。在宅介護の専門職であるケアマネジャー事業所、約800か所から回答を得て、「介護離職」の実態を明らかにしたものです。それによると「介護離職者がいる(いた)」と回答した事業所のうち、「働き方をかえたら介護離職を防げたと思われる利用者(の家族介護者)がいた」というのが約4割でした。

 なお、同報告書のヒヤリング調査にて、次のような事例がありましたので簡単にご紹介しておきます。
Aさんという女性高齢者のケースです。数年前、夫と死別し1人暮らしとなりましたが、ある日、転倒によって右足を痛め後遺症が残り介護保険を申請して要介護度1という認定となったそうです。そして、デイサービス利用を中心に介護生活が始まりました。
これを機に別居していた長女は、月2回ぐらい泊りがけで母親の受診同行や身の回りの世話のために介護することになったのです。そして、Aさんは徐々に認知症の症状が出はじめ、薬の飲み忘れや「火の始末」などができず、鍋を焦がしてしまうようになったそうです。さらに、Aさんは高額な布団や必要のないサプリメントなどを買ってしまっていることもわかりました。長女もAさんに「気をつけるように」と注意を促していたのですが、独居の介護生活が難しい状況になっていったそうです。
このようにAさんの状況が悪化したため、長女は仕事を辞めて、日々通いの「介護」に専念することを決断したそうです。
なお、長女が仕事をやめる最大の決め手は、何度か鍋を焦がしてしまい、自宅が火事になることを心配し、「周囲に迷惑をかけるくらいなら自分が仕事を辞める」といたったものでした。担当ケアマネジャーは介護保険サービスを増やすなど提案したそうですが、長女の不安感は拭えず、「介護離職」に至ったそうです。

 親族の介護を担うことになれば「介護休業制度」があります。対象家族1人につき3回まで、合計約3か月間休業できる制度です。休業期間中には雇用保険制度から休業前の賃金約6割が保障されます。
 しかし、厚労省データによれば2018年4月1日から2019年3月31日までの間に「介護休業」を取得した者がいた事業所の割合は約2%に過ぎませんでした。介護は期間が長いため、3か月間だけでは短いといったこともあります。また、休業取得に理解が得られない職場環境も少なくありません。
ただし、介護休業の取得率を高めていくだけでは問題の解決にはいたりません。例えば「親の介護が必要となったら、雇用先が出勤時間や退社時間を配慮する」「働き方を多様化させ『テレワーク』など社会全体で取り組む」「職場での理解が得られなければ『介護離職』が減らない」などと、企業や事業所における「働き方」の融通性が不可欠であると、先の私が関わった調査研究でも明らかになっています。

基本的に介護保険制度の支援対象は要介護(支援)者であり、家族介護者を主眼としては想定されてきませんでした。実際、在宅介護におけるヘルパーが担う掃除、洗濯、買い物といった「生活援助」サービスは、同居家族がいる場合、行政通知では利用しにくいシステムとなっています。しかし、「仕事と介護」の両立を実現するために、同居家族が日中働いているのであれば、要介護などの身の回り支援を積極的にできる介護保険の仕組みにすべきではないでしょうか。つまり、要介護者と併せて「ケアラー支援」として、介護負担を軽減させていくことも、介護保険の役割・機能と考えるべきです。

 昨年、出生数が80万人を下回り、政府は人口減少社会の打開策もあって、「子育て支援」策に力点が置かれています。もちろん少子化対策は経済活動にとって喫緊の課題であり、早急に取り組まなければなりません。しかし、「仕事と介護」が両立できる社会システムも構築していかないと、経済活動に大きな支障をきたすことは明らかです。
いわば介護施策の充実は「負担」ではなく、経済活動への「投資」といった発想転換が社会に求められているのではないでしょうか。
団塊世代が全て85歳となる2035年までに残された時間は10年弱です。これまでの踏襲された考えにとらわれず、家族介護者を踏まえた斬新的な介護施策が急がれます。
このような考え方が社会に浸透すれば、介護サービス充実のための財源論も真剣に議論され、働き方も「仕事と介護」の両立できる環境になるに違いないでしょう。

こちらもオススメ!