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兵頭慎治「ロシアのウクライナ侵攻1年」 

防衛研究所 政策研究部長 兵頭 慎治

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昨年2月24日にロシアがウクライナ侵攻に踏み切って、1年が経過しようとしています。残念ながら、停戦に向けた動きはみられず、さらなる戦闘の長期化が懸念されています。ウクライナ戦争に端を発した世界的なインフレや国際社会の分断も、さらに続くと思われます。また、欧米との対立を深めるロシアが、中国に接近する動きも強まるでしょう。

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昨年11月に米軍制服組のトップであるミリー統合参謀本部議長は、ロシア及びウクライナ軍はそれぞれ10万人、ウクライナの民間人は4万人程度死傷したとの見方を明らかにしました。1500キロに及ぶ戦線の広さ、犠牲の大きさからしても、第二次世界大戦以来、最悪の欧州戦争となりました。
 昨年9月のウクライナ軍によるハリキウ州の電撃奪還、11月のへルソン州からのロシア軍撤退以降、東部での局所的な攻防戦は続いているものの、戦況は膠着状態に陥りました。こうした中、ウクライナ全土へのミサイル攻撃に加えて、東部での戦闘を激化させるなど、ロシア軍が攻勢を強めようとしています。
先月、陸海空軍を束ねる制服組のトップであるゲラシモフ参謀総長が軍事侵攻の新たな総司令官に任命されたことから、航空戦力を本格的に投入する戦いに踏み切るのではないかとの見方が強まっています。これまで控えてきたウクライナ領内での空爆など、地上戦力と航空戦力を融合した本格的な統合作戦を行うのではないかとの指摘があります。
これに対して、ウクライナ側は、戦車や長射程のミサイルなどの兵器支援を欧米諸国から受けて、春から夏にかけてロシア占領地域の本格的な奪還を目指すとみられています。既に始まったロシア側による大規模な攻勢、その後に予想されるウクライナ側による奪還作戦、戦況は今後の半年間が大きな山場になると思われます。
クリミア半島を含めてウクライナ領の約2割が未だロシアの支配下に置かれていることから、ウクライナ側は、ロシアが一方的に「併合」を宣言した東部、南部の4州に加えて、2014年に占領されたクリミア半島の奪還まで目指す構えです。他方、ロシア側は、憲法修正により東部、南部の4州を自国領と位置づけ、核使用を含めてあらゆる自衛手段を講じると表明しています。
両者ともに、現状追認で停戦合意に踏み切ることはできないため、どちらかが勝利するまでこの戦争が続くのではないかとの見方も出ています。消耗戦で両軍が疲弊して、一時的に交戦が下火になったとしても、正規軍以外の様々な武装勢力が存在することから、支配地域の境界線をめぐる散発的な戦闘が続いていく可能性があります。侵攻する1カ国の判断で戦争を始めることは容易ですが、当事者である2ヶ国の合意を経て戦争を終わらせるのは容易ではありません。
現在、ロシア軍は、①兵力の不足、②兵器の不足、③指揮統制の混乱という、3つの構造的な課題を抱えており、ロシア軍による攻勢の成否を左右します。兵力不足に関しては30万人の部分動員で、兵器の不足に関しては国内生産の増強とイラン、北朝鮮からの穴埋めで対応しようとしています。指揮統制の立て直しは、制服組のトップのゲラシモフ参謀総長自らが作戦の総指揮をとることで、最高総司令官であるプーチン大統領と戦闘現場をつなぐ「縦の統制」と、民間軍事会社ワグネルなど正規軍以外の武装勢力との「横の連携」を図ろうとしています。これに対して、ウクライナ側は、ロシア領内へのドローン攻撃も含めて、徹底抗戦の構えを崩していません。

ロシアからの攻勢に備えるため、年末年始にゼレンスキー大統領が欧米諸国を電撃訪問して、兵器支援のさらなる強化を訴えました。これを受けて、欧米諸国は、これまで控えていた欧米製の主力戦車や射程150キロのミサイルの供与に踏み切りました。
欧米諸国が方針を転換した理由は、次の2点に集約されます。第一に、このまま戦況が膠着して戦争が長期化すれば、さらなる犠牲と世界への悪影響が拡大されます。早期に戦争を決着させるためには、兵器支援のレベルを上げる必要があります。第二に、これまでプーチン大統領は核使用を示唆する言動を強めてきましたが、現在ロシア軍は通常戦力を用いた攻勢で戦況の改善を図ろうとしており、差し迫った核使用のリスクは大きくないと判断されています。
ゼレンスキー大統領は、戦車に続いて、より射程の長いミサイルや戦闘機の供与を求めていますが、戦争がエスカレートするリスクをはらむことから、欧米諸国は、戦況の行方とロシアの反応を見極めながら慎重に判断する必要に迫られています。
 プーチン大統領が攻勢を仕掛けようとしているのは、ロシア国内の政治スケジュールにも関係しています。来年5月に大統領任期が満了となり、3月には大統領選挙が予定されています。先月ロシア有力紙は、プーチン大統領が立候補に向けて準備を始めたと報じました。その場合、出馬表明は遅くとも年末、9月には選挙モードに入るため、夏頃までには具体的な戦果を国民にアピールする必要があります。
プーチン大統領が最低限の戦果としてこだわっているのが東部2州の完全制圧であり、3月までに未制圧のドネツク州の全域を占領するよう、新たに総司令官に任命したゲラシモフ参謀総長に指示したと言われています。ドネツク州のバフムト周辺の戦闘で、ロシア軍やワグネルの部隊などが人海戦術を行っているのはそのためです。
30万人の部分動員をもってしても戦況を立て直すことができない場合は、さらなる追加動員も予想されます。さらに、戦況が大幅に悪化した場合は、総戒厳令を導入して、大統領選挙を無期延期して超法規的に任期を延長するという奥の手も残されています。ただし、それを行えば国内の動揺や反発がさらに高まり、大統領選挙に悪影響が出るというジレンマがあります。「戦争と選挙の両立」という難題に、プーチン大統領は直面しているのです。

G7の議長国である日本は、今年5月に広島でサミットを主催します。世界唯一の被爆国として、核兵器の使用に断じて反対する姿勢を示す必要があります。未だ戦争の出口は見通せませんが、将来的なウクライナの復興に向けた議論を日本が主導していくことも重要でしょう。戦後の復興、災害や原発事故からの復旧など、日本にはこれまで多くの経験とノウハウを有しています。また、カンボジアでの国際協力の経験から、ウクライナ領土の約3割に埋設された地雷の探知・除去に関しても、日本の貢献が期待されています。

現代でもこれだけの大規模な軍事侵攻が起こり、それにより多くの犠牲が生まれることを、私たちはこの1年間目撃してきました。一日でも早く戦火を収めるにはどうすべきなのか。
こうした惨禍が二度と繰り返されないためにはどうすべきなのか。日本も含めた国際社会に突き付けられた課題は大きいと言えます。すぐに答えを見出すことはできませんが、少なくともこの戦争から目を反らすことなく、考え続けていく必要があるのではないかと思います。

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