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山口真美「マスクの影響」

中央大学 教授 山口 真美

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マスク生活が続いています。2020年以来、コロナ下の3年間、日本では欠かさずにマスク生活を続けてきました。政府は、今年5月に、新型コロナを季節性インフルエンザなどと同じ「5類」に移行する方針を正式に決めました。海外でも感染予防につながったと評価される一方で、そろそろマスクについて考える段階になってまいりました。

コロナが収束したあともマスクを外したくないという、依存症のような人もいます。特に若い人に多く見られるようです。
その理由のひとつとして、マスク越しにしか会ったことのない人達の間で起こる現象があります。マスクを外した他人の顔を見てちょっとガッカリした、あるいはマスクを外した自分の顔を他人に見られてガッカリされたみたい、といったものです。
心理学の実験からも、マスクの顔は魅力的に見られることが示されています。マスクで隠された顔の一部は、私たちの頭の中に作り出された平均的な顔で補われているためといわれます。
一般にも「マスクをした方が美人に見える」という信念は広く行きわたっているようです。それがためにマスクを外せない、また、「マスクを外して、自分がイケてると思い込んでいるとされたらどうしよう」という人までいるようです。

そんな日本のマスクをめぐる特徴についてお話します。

日本人にとってマスクとは、コロナ以前から、なじみの深いものでした。メイクが間に合わない人たちは、ノーメイクの顔をマスクで隠すと言われていました。その一方で、欧米では、マスク顔への拒否感が強いようです。
こうした違いには、文化的背景があります。

欧米では、人前で顔を隠すことを違法とする「覆面禁止法」があります。これは1845年のニューヨーク州から始まり、欧州の各国で成立しています。つまり、不審者として扱われないためには、しっかりと顔を見せることが必要なのです。さらにいえば、日本語と比べ、口元を見ないと聞き取りにくい言語もあります。

心理学実験からの知見を説明しましょう。

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表情を見る際に顔のどこに注目しているか、視線を計測するアイトラッカーと呼ばれる機械を使った実験があります。それによれば、日本人を含む東アジアの人と欧米の人とで、表情を見る際に注目する顔の部分が違うことがわかりました。
図に示した実験の結果のように、東アジアの人が目元に注目するのに対し、欧米の人は口元にも注目するのです。

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さらに私の研究室では、生後7か月の日本とイギリスの赤ちゃんに同じような実験を行いました。表情を見せて視線の動きを調べたところ、日本人の赤ちゃんが目元に注目するのに対し、イギリス人の赤ちゃんは目元だけではなく口元にも注目することを示したのです。
つまり、日本人は表情を読み取るときに目元に注目し、欧米の人は口元に注目する、その文化差は1歳未満の赤ちゃんにまでさかのぼることができるのです。

マスクの話に戻ってみましょう。表情を読み取るときに目元に注目する日本人にとって、口元を隠すマスク顔でも表情をよみとることができます。一方、口元で表情を読み取る欧米の人は、マスクで口元を隠されると、表情が読み取りにくくなるのです。
たとえていえば目元が重要な日本人にとって、目元を隠されたサングラス姿を目にすると、相手の表情が読み取れずに不安に思うことはないでしょうか。欧米の人にとって、マスク顔はそんな印象なのだと思います。

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こうした文化差は、日本と欧米の顔文字にもみることができます。
日本発祥の顔文字では目で表情を伝えているのに対し、欧米の顔文字では口元で表情を伝えています。

さて日本ではマスクを続ける状況が続いてきましたが、それにより困ることはないのでしょうか。

日本人にとっては、マスク顔でも表情がよみとれたら、不便は感じないともいえます。
ですが、そもそも顔は、目鼻口があることが重要なのです。

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図に示したように、目二つと口が並んでいる様々な物体に、私たちは顔を見つけて喜ぶことができます。これはシミュラクラ・あるいはパレイドリアと呼ばれます。

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この目鼻口の配置の特徴は、トップヘビーとよばれる、赤ちゃんが顔を探し出す特徴ともつながっています。最近の研究から、新生児も、そして生まれる前の胎児でさえも、上の方に目らしきものが並び下に口があるような配置の図形に反応することが知られています。これがお父さんやお母さんやたくさんの人の顔を覚えることにつながっているといわれるのです。

顔認知の学習からすると、マスクを続けることについて、特に子ども達への影響については考えるべきと思います。
たとえば心理学では、先天性の白内障児の研究があります。これらの子たちは生後10ヶ月で手術を受けて目が見えるようになったのですが、その後6歳から9歳になった時点の顔認識能力にわずかながら問題が生じました。生まれた直後に顔を見ない経験が、その後の顔を識別する能力に影響を与えるのです。さらに動物を対象に、人工的に顔を見る経験をうばうという実験が行われています。同じような結果が生じました。

さらに重要なことに、顔を見ることの発達は、30歳まで続くといわれています。
コロナ前にじゅうぶん顔を見てきた大人では、個人的な知り合いで平均362人、有名人では平均290人という非常に多くの顔を思い出せることがわかっています(Jenkins et al, 2018)。さらに有名人の顔を見せて知っているかを聞いたところ、なんと平均4240人の有名人の顔を「知っている」と認識できることがわかっています。驚くほどの量の顔を覚えることがわかります。別の研究では、今の顔写真から、25年前の高校時代のクラスメートを見つけ出せるということもわかっています(Bruck et al, 1991)。こうした顔認識能力が、それぞれの人間関係の広がりに役立っている可能性があるのです。

一方で、イスラム社会などでは、伝統的に女性はベールをかぶり髪や顔を部分的に隠す文化もあります。そのような文化と比べると、マスクはたいしたものでないと、考えることもできます。しかし今の日本のように、外に出るとほぼ全員がマスク姿というのは、これまでにない状況です。家族やごく親しい友人などの身近な人はノーマスクで、その他大勢はマスク顔しか見ていないのです。テレビやインターネットではノーマスク顔を見れるからいいではないか、とも思うかもしれません。ですが、それは観察する顔であり、積極的にかかわりあう人とはマスク顔なのです。

すべての人にマスクを外せということではありません。これまでも日本では、花粉症シーズンはマスクが多くなり、ノーメイクを隠すためにもマスクを利用されていたわけです。一方で、すべての人があらゆる環境でマスクをし続けるということはなかったのです。
マスク好きの若い人達でも、老人になってもマスクをしている自分の姿を想像する人は少ないのではないでしょうか。これからの未来の自分と社会とを想像して、マスクとどうつきあえばいいのか、そんなことを考えることも大切と思います。

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